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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第四十五話 爺さんや 任せろと言ったくせに何やってんの? でござる

 しばらくして、部屋に朝食が運ばれてきた。藤ヶ崎つきの侍女さんが運んできてくれたのだ。


 当然、部屋の中はしっかりと片付けられており、先ほどまでの戦いの痕跡は微塵も残ってはいない。俺の大傑作も、すでに押し入れの襖の裏に移動してあった。


 ちなみに襖一枚丸々使ってやった。大満足である。


 そして、肝心の食事なのだが……、感動ものだった。ここの所、鳥の餌と区別のつかない食生活を送っていただけに、人間らしい食事に感動もひとしおである。おそらくは、この世界の基準からすると本当に大ご馳走であるのに違いないのだろうが、白米、味噌汁に漬け物、更には川魚の焼き物までついていた。歯の具合から見て、多分岩魚(いわな)、あるいはそれに類するものだと思う。大きさも前に伝七郎らが気を利かせてつけてくれたものと違って、尺とはいかずともおよそ二十五センチ程はあった。天然物としては相当な大きさである。


 それに、豪勢にもそんな魚がついたという事もそうなのだが、何より白米と味噌汁であった。


 爺さんは気を利かせてくれたのか、玄米ではなく白米を出してきた。若干精米が甘いような気もするが、間違いなく白米だった。この世界のイメージ的に米といっても玄米が出てくるものだとばかり思っていたが、白米もあるようだ。


 ますますもって戦国時代っぽい。だが、もし同じというならば、士分といえど普段食べているのは玄米の筈なので、これは爺さんのもてなしという事になる。あるいは、まだ戦時中だという爺さんの喝であるのかもしれない。――なぜなら、戦国時代における白米とは、そのエネルギー変換の早さから戦闘食の位置づけでもあったからだ。確かに贅沢品という側面もあるが、それだけではないのである。


 そして、香ばしい味噌の匂いが立ち上る熱々の味噌汁だ。菜っ葉と豆腐を具材に、おそらくは米味噌の味噌汁であった。向こうの世界だと越中というと越中味噌という味噌があったはずである。同じ米味噌だけに、もしかすると地理関係上かぎりなく同じ物なのかもしれない。というか、小難しい事を抜きにしても、先ほどから激しく胃袋を刺激してやまないこのスメルが、「これは旨いものである」と言っていた。


 それに、なんのかんのでこの味噌の香りというものは、日本人にとって、なくてはならないものである。海外旅行などをすると、それがよくわかる。はじめの数日は現地の料理ばかりに目が行くが、往々にして味噌や醤油味の味を挟みたくなってくるもので、やはり日本人のDNAには「汝、味噌を求めよ」との記述がされているのに違いないのだ。そう思えるほどに、この久しぶりの香りは俺を感動させ、そして、安堵させた。


 さあ、お食事タイムだ――。




 配膳されたそれらを存分に味わい堪能する。そして、迎える食後のティータイム。これもここのところ飲んでいた湯ではなく、ちゃんとお茶であった。


 久しぶりの日本茶。やはり現代人てのは贅沢に出来ている。それは、この贅沢品の数々に、感動よりも安心を憶えた事で痛感した。


 そして満足した所で、霧雨のように細かい雨が降りしきる庭を眺めながら、本日しておくべき事を考えるのであった。


 とりあえず、この後には伝七郎らとの北の砦攻略に関する会議がある。


 軍備の手筈などの相談や分担などももちろんではあるが、今回独断に近い形で話を進めてしまった為、皆に具体的な説明と、そのプランの共通認識を持ってもらう必要があった。


 本来は先に意見の摺り合せをした上で話を進めるべきであったのだが、それが許されるようなのんびりとした状況ではなかった事もあり、まずそれを説明せねばならなかった。


 それに、やむを得なかったとはいえ、有無を言わさず戦いに巻き込んだ引け目もある。これは、正直申し訳なく思ってもいた。だから、必要云々以前に最低限の誠意を見せたいという思いもあった。


 ただ、少しだけ救いがあるとすれば、今回の戦はこの前の道永との戦いよりも絶望的ではない、という点である。少なくとも現時点では、俺はそう考えていた。


 現段階では確実にとは言えないが、もし俺の見当が当たっていれば、この前の劇的な大勝利に匹敵する楽勝をする目算である。当てが全くなかった訳ではないのだ。ただ、まだ確証があるわけではないので、確実にと言えないだけであった。


『圧倒的な大勝利』と、『大苦戦』、そして、考えたくはないが『敗北』。俺たちの未来はこの三択だと思う。まずまずの戦果という物を出すのが一番難しいだろうというのが俺の推測だった。


 このように会議に向けて考えを纏めていたのだが、思考に没頭しすぎて時間の感覚がなくなってきた頃、俺のいる部屋に伝七郎の使いの者がやってきた。


 曰く、そろそろ打ち合わせを開始したいので、こちらに来て欲しいとの事であった。


 陽が出ていないので確認はできないが、どうやら朝食後けっこうな時間が経過していたようだ。考えもこの時点で大体纏まっていたので、このまま使いの者について伝七郎の待つ部屋に向かう事にする。


 その旨を使者に告げて、俺は腰を上げたのだった。




 案内されて部屋に着く。


 その部屋は十畳ほどのややこぢんまりとした和室であり、俺の部屋同様に家具と呼べそうな物は一切置かれていなかった。いや、もっと味気ないかもしれない。なにせ収納スペースすらない。四方を襖に囲まれ、畳が敷かれているだけの部屋だった。


「おはようございます、武殿。久々の床の上でしたが、よく眠れましたか?」


 襖を開けて中に入ろうとすると、すでに中にいた伝七郎が、そう声を掛けてきた。湯飲みで茶を飲みながら待っていたようで、その手には湯飲みを持っている。


 つーか、あれだね。朝飯の時も少し思ったんだけどさ、向こうの世界では戦国時代というと佗茶(わびちゃ)の大成が見られる時期だが、こっちでは茶の湯じゃなくて普通に俺らがイメージする『お茶』なのな。


「おう。おはよう……って!?」


 伝七郎に朝の挨拶を返しながら、俺の目は伝七郎から外れ、部屋の中を広く映した。その時に気がついたのだ。中にいるのは伝七郎一人ではない、と。


 三人衆もすでに集まっていたのである。つまり――、いま目の前には裏切り者がのほほんと座っていたのであった。


 部屋に入って左手側に手前から与平、源太、信吾と座っており、その対面には伝七郎が座っていた。そんな見晴らしの良い部屋に入れば、件の裏切り者を発見する事など、千賀を騙くらかすよりも容易な事である。


「信吾ぉぉっ!!」


 俺は力の限り吠えた。奴の面を見てすぐに。


「は、はいっ?! どうかされましたか、武殿?」


「あ、熱っ。い、一体何事ですっ?!」


 俺の視線が直接突き刺さった信吾は、糸のような細目を目一杯見開いて、やや逃げ腰になった。伝七郎も突然の俺の激しい反応に驚き、手に持っている湯飲みでお手玉をしている。ちなみに源太と与平は、突然の俺の咆哮に口を開いたまま固まってしまった。


 つか爺さん、何やってんだっ!? こんなに易々と下手人を逃がしてしまうなど、なっとらんぞっ!


「ふ……、ふふっ……。信吾よ、もう逃げられんぞ? 観念しろ。お前の命運は、今このとき尽き果てた」


 俺は湧き起こる使命感と闘争心をぐっと堪え、厳かに信吾へとびしっと指差す。そして、雄々しく勇ましく、宣言したのだった。


 部屋に集いし四人の男は、罪人含めてその皆が、俺の迫力に大いに痺れたようだ。その証拠に、こちらを向いたまま全員固まっていた。


 カーストは飛び越えられぬ。その厳しさを、俺が手ずから教えてくれよう。分不相応な真似しやがってっ。俺たちには俺たちの正義というものがあった筈だろうがっ。それを汚した罪は重い。これは決して、うらやましいとか妬ましいとか、そういう低レベルな問題ではない。断じてないのである。


 すべての仲間達になりかわって、この神森武がその罪を裁いてやる。天意は我にあり。我が断罪の剣を受け入れるがよいわっ!


 さあ、信吾。審判の時だ。覚悟は出来たか?

2013/5/13 味噌の名前の所で越中が越前になっていたところを修正

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