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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第三十九話 論戦 でござる その四

 何を隠す事もなく、そのまま言葉を重ね続ける。


「ただ、永倉殿。貴殿の思いは尊いが、貴殿のやろうとしている事はただの造反です。貴殿には、この町の所有権はない。貴殿は代官。貴殿の持っているすべてが、所詮は水島家の借り物なのですよ。そういう意味では、まだ継直の方に理があるくらいです」


 ここが正念場だ。これを認めさせねば、最後まで持って行けない。爺さんの目を見据え、その正義を囲い込む。


「私が言っている事の意味がわからぬ貴殿ではありますまい。こういった話において、情で動くのは民心のみ。実際の権利は理あるいは力で動く。このような事は、貴殿のように長くこの世界で戦ってきた方のほうが、私のような若輩よりもよほど身に染みておりましょう。頭以上に血肉で理解できているのではございませんか?」


 永倉平八郎は静かに目を閉じたまま動かない。もう試しがてらに激昂してみせるような事もなく、ただ黙してそこに座したまま、話に耳を傾けていた。


「……であるとして、主ならこれにどう決着をつける?」


 瞑目して話を聞いていた平八郎は静かに目を開き、俺の目を見て問うた。


 その目は言い逃れやごまかしは許さぬと語っていた。


 ……なるほど。ここの回答次第ですべてが決まる、と。ならば、応じる言葉など一つだ。


 今度はこちらが静かに目を瞑る。そして、その緊迫を存分に味わい、呑み込んでゆく。


 部屋は完全に黙していた。しわぶき一つなく、誰かが身じろぎする音すらない。ともすれば庭で秋風にさざめく梢の音すらも聞き取れた。


 しばらくその時間を堪能し、そっと目を見開く。そして、平八郎に告げる。微かな笑みを添え物にして。



「────理は説きました。ならば、次に我々が示すは力にございましょう」



 端から退く気など毛頭ない。逃げも隠れもせぬ。


 そして、右手を高々と振り上げ、力強く拳を握ってみせた。


「今貴殿が見たい物はただ一つ。刮目してご覧あれ。貴殿のあきらめたものを、我々が成してご覧に入れるっ」


 静かな、とても静かな時間が広間に流れた。


 そして、しばらくして平八郎は口を開いた。


「如何にして、それをなす?」


 内容の正誤にも、可能不可能にも一切触れない。嘲笑う事も激する事もない。平八郎は低く落ち着いた声で、唯々どのようにしてを問うた。


「生き残らせて。姫様に仕える我々が、水島を生き残らせてご覧に入れましょう」


 千賀を、この藤ヶ崎の民と地を、そして、すでに亡き先主の願いを、そのすべてを背負わせて、俺は『水島』と言った。その正確な意味が平八郎に伝わるかどうかは定かではない。だが、思いだけでも届けよと願った。


 そして、言う。


「爺さん。あんたの後継者を信じろ。奴は千賀を守り通して、ここまで来たぞ。先の戦いではただ一人の犠牲者も出さずに、継直の討伐隊を退けたぞ」


 平八郎は目を大きく開いた。


「天運にも恵まれはしただろう。だが、あんたですら、これ以上の成果は望めはしない。それこそが事をなしえる可能性を示すものだ」


 俺の言葉が終わっても、平八郎は口を開かない。ただひたすらに目を丸くして俺の顔をまじまじと見ていた。


「それが主の地か?」


「さて、ね」


 肩を竦めて戯けてみせた。


 それを見た平八郎は呵々大笑した。


「ふ、ふふ、ふはは、あっはっはっは。なるほどのう。姫様をここまで連れてきたのは主かよ」


「いや、伝七郎だよ」


「そうか?」


「そうだよ。俺を使ったのは伝七郎だ。水島の宿将たるあんたに問うが、どこの馬の骨ともわからん俺を、あんたなら使ったか?」


「使わぬな」


「だろうよ。つまり伝七郎だから、千賀も皆も無事に連れてこられたんだよ。あんたなら、あるいは別の手段で連れてこられたかもしれん。でも、俺たちは一人の犠牲も出してないぜ? その結果だけは最良のものだ。いくらあんたが名将でも、同等の成果は出せてもこれに勝る成果は出せない。なぜなら、俺たちの出した結果に、それより上はないからだ」


 話の出汁にされた伝七郎に、平八郎は視線を向けた。その伝七郎は何も語らず、静かに深く頭だけを下げる。


「ところで神森とか言ったな。主が話をどこに落としたいのかは分かった。だが、具体的にどうするつもりなのだ?」


「武でいい。落としどころがわかっているのなら、それも当然見当がついているのだろう? ほんとに食えん爺さんだな」


「さて、何の事かのう」


「はんっ。調子の良い時だけ惚けやがって。言わせたいなら、言ってやる。あんたが手こずっている北の砦。あれを俺たちが落として、俺たちがこの町を守るに足ると証明してやる。俺たちの力とは即ち、千賀の力だ。それをなしえるならば、それ即ち千賀に町を守る力があるという事。あんたの誓いも守られ、あんたの守りたいものも守られる。そして、それを俺たちがなした暁には、あんたは潔く千賀の軍門に降れ。あんたは、俺たちではなく千賀に負けるんだ。それで千賀は、爺さん、あんたを失わない」


 俺の言葉を聞いて、爺さんは相も変わらず凶暴な顔つきをしながらも、口元を上げてからかうように笑んだ。


「できるのかの?」


「やるんだよ。ただ、ここ藤ヶ崎の力は使うぞ? それを千賀の力じゃないというなら、あんたもあんた一人の力で事を成すべきという事になる。潔く一人で北の砦に単騎突撃してこい。それで結果を出せるなら、自分のみの力でこの町を守れると豪語するがいい。その時はあんたの言い分を認め、俺たちも己の未熟を恥じようじゃないか」


 それを聞いた爺さんはさも愉快と言わんばかりに、大口を開けて肩を振るわせ笑った。笑い続けた。


 そして、しばらく笑い続けた後に、目の端に涙を浮かべながら言った。


「かっかっか。なんという口の悪い小僧よ。……よかろう。必要なものは可能な限りそろえてやろう。そして、証明して見せよ。それをなしたならば、我が名に誓って、姫様に降ろうではないか。ただし、この町を取り巻く状況はよくない。してやれる事には限りがあるぞ?」


「承知しているさ。砦を落すのに躍起になって、町を落させるような真似はせんよ。俺たちが爺さんに見せるのは町を守り通せる力だ。それを証明する為に町をとられるような真似をしたら、本末転倒も甚だしい」


 その言葉に爺さんは頷いた。


 そして、それを見た上で、俺は爺さんの顔を真顔でまっすぐ見つめて宣した。


「それと、北の砦を攻めるに当たり、千賀や侍女たちはここに置いていく。丁重に預かってくれ。わかっているとは思うが、あんたに誓いがあったように、俺達にも誓いがある。もし彼女らに何かあったら、どんな手段を用いてもあんたの首を貰い受ける。そのつもりでいてくれ」


 普通の口調で雑談でもするかのように、そう告げた。ただし、それは紛うことなく本気だった。千賀を頂いて命を張った、伝七郎はじめ八十の兵の気持ちを考えれば当然の事だろう。


 それに対し爺さんは、顎髭を触りながら短く「承知した」と答えた。俺は脅迫したつもりであったのだが、そう答えた爺さんはやけに満足そうに見えた。

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