第五話 誰か俺のこの口を止めてくれないか? でござる
はい。今日から自由人の神森武です。
……………………。
ひそかに自由人を選びたかったけど、セーブ&ロードのない世界じゃ、さすがの俺でも無茶すぎた。
まあ当然、英雄への道を選びましたよ。
ちゃちゃっと話を進めるために伝七郎は姫さんの元に行かせたし、これでこの後、姫さんに会ってくれと言う流れに乗るだけだろう。そこまではいい。いいんだが……。
とりあえずは、俺を絶賛警戒中な咲という娘の方が問題だ。
伝七郎は俺を一人にする訳にもいかず、今までずっと黙って俺たちの話を聞いていた彼女を置いていった訳だが……。小動物が固まってこちらの一挙手一投足をじっと見ているようなそんな状態な訳であり……。
「あー。ちょい。お嬢さん?」
ちょっと声を掛ける。と、とたんにそれはもう良いバネ使ってんなぁとしみじみ感じる程ビクゥッと反応する。で、半歩後ろに下がる訳だ。
面白いっちゃあ面白いんだが、まともに話が出来ねー。
「な、なんでしょうか? 神森様?」
「いや、様つきで呼ばれるほど上等な人間でもないわけだが……ちょっと、いいかな?」
もうこの娘に関しては諦めざるをえない事がほぼ決定しているので、俺のライフワークはなしだ。
イレブンナイン以上の確率であのイケメンとデキてる。間違いない。さっき俺が横にいなかったら、あいつの腕の中にダイビングしそうな勢いだった。
まあ、ぶっちゃけ、ここの状況聞いた後では分からなくもないがな。今生の別れぐらいの気持ちで逢瀬を終えて、戦場に向かっただろうしな。あのイケメン。
それは置いといて、だ。
「先程伝七郎はほとんどの兵を領主弟……えー、水島継直だっけ、こいつにとられたと言ってたよな? で、君ら姫様の侍女たちまで戦場で戦っていると」
「はい。継直さ、継直はお館様や奥方様を姦計にかけて命を奪いました。その折、もうすでに家臣のうち、主だったものは継直の幕下についておりましたので、それに掌握される形で兵のほとんども……」
なるほど。先程奴は大半といったが、かなり控えめだったか。実際は、ほぼすべてに近いのね……。やべーよ。マジでやべー。こりゃ、いきなり鋼鉄の死亡フラグがそびえ立っているよ。
「で、そのうち今こっちに来てる実際の数字は分かる? あいつ、俺にそれを言わずに姫様とやらの元に行っちまったからなあ。具体的に分からないと対策も考えようがない。時間ももったいないしな」
騙すのはちょっと気が引けたが、さりげなくそう聞いてみた。伝七郎はわざと具体的な数字を避けたに違いなかった。それを知る前に俺を姫様とやらに会わせて、なし崩しで仲間に引き入れた後に言うつもりだった筈である。
俺の能力がどうとかこうとか考えているのではなく、おそらくそんな俺一人ですら戦力として欲しいのだろう。
「確か……継直は八島道永を大将に足軽三百、騎馬二十の兵を出しているそうです。伝七郎様がそう報告を受けているのをを聞きました。対して私たちは、足軽五十騎馬十、他に猟師たちが二十、弓兵としています。そして、私たち姫様つきの侍女が七人……です」
……なんという無理ゲー。こりゃ、農民や自由人ルートの方がマシだったか? いや、待ちなさい俺。想像したよりはマシだったでしょ?
俺はちょっとばかし声を失いかけるが可愛い娘の前である。無様な動揺だけはするまいぞ。たかが四倍じゃないか、はっはっはっ。
腕を組み右の親指を顎先に当てて、ニヤリと笑ってみせる。
だって、俺は男だぞ? 見栄を張りたいんだ。たとえ、攻略対象に入ってない女の子の前でもだ。
しばらく待っていると伝七郎の奴が戻ってくる。どうやら話がついたようだな。さて、問題はどういう方向についたのか……だが。
「お待たせしました。武殿。姫様がお会いしたいとの事です。よろしいでしょうか?」
ん。ふつールートか。「いらぬ! 疾く去ぬがよいっ」とか、いきなり言われなくてよかった。言われたら有無を言わさず、即自由人ルートだもんな。
農民は無理。そもそもどこの農民やるんだ? 種籾ないぞ。いきなり最下層モードからか? 乞食以上に死ねるわ。
「ああ。いいぞ。お会いしよう」
チートもない、美女の召還者もいねぇと言ったがこれは風向きは良くなってきたと思っていいのだろうか? きっとお姫さんは美女にちがいまい。しかしなあ、それでもかなりきっついよなー。
「妾が千賀であるぞっ」
どーん。と効果音の付きそうな勢いで姫様が現れた。胸を張っていて、なかなかに凛々しいな?
大変美しく、御髪もさらさら、更に愛らしい。うん。確かにヒロインとして申し分ないよ?
……最低あと十年欲しいがなっ。
なんなんだよ、これはっ。ビューティーにプリティーが混ざってるのはお約束だが、プリティー側にメーター振り切ってんじゃねぇかっ!
俺は漲る気持ちが扱ける音を聞いた。いや、マジで派手にすっ転びそうになった。
「……おい。伝七郎。貴様俺をおちょくってるのか?」
「は?」
「いいかっ! よく聞けっ!! 普通トリップのお約束として、必ず美女がくっついてくるもんだ。しかるにっ! なぜ、俺だけ槍なおっさんだわ、姫がやっと出てきたと思ったら美女じゃなくて美幼女なんだ? 俺をロリ……いやペドにしたいのか?」
大荒れに荒れる俺だが、誰も俺を責める事などできないだろう。こんな旨みのない欠陥トリップなぞ、リコールされても文句は言えん筈である。
「ろ、ろり? ぺど? よくはわかりませぬが、武殿落ち着いてくだされ。姫様の御前です。無礼はなりません」
ハッ。い、いかん。あまりの不条理に、つい暴発してしまった。
見れば、幼女は彼女を守るようにして立つ侍女の後ろに隠れてしまっていた。その姫の元に教育係か? 白髪でミニマムな婆さんが駆け寄っていくのが見える。あ、幼女ぷるぷる震えて、涙目になってこっち見てるぞ。これはまずい。
あ、あれ? 薙刀構えて幼女を守るようにして立つあの侍女……。すごーく、美人くね? まさに俺が思い描くヒロイン像そのものじゃね? 烏の濡れ羽のような艶のある黒髪。目元もキリリと引き締まって、それに似合う意思の強そうな瞳。すっと通った鼻筋。美しいとしか言いようがない見事な顔だ。……ただ、今その綺麗な柳眉は吊り上がってるし、美しい瞳ははっきりとした敵意を浮かべて、こっちを睨んでいるけどなー。なんてこった。
陣の最奥に仕切りがある。そこから幼女が出てきた所から見て、あそこが姫様専用区なのだろう。戦場で女は兵たちにも毒だから、おそらく通常は侍女たちもそこのはずだ。
そこの前に敷物と椅子が一つ用意されていて、俺はその椅子の前にいる。
さて、現実逃避し続ける訳にもいかないのだが……空気が、空気が重すぎる……。
美人な侍女と婆さんに睨まれて、幼女に怯えた目で見られ、実に身の置き所に困る状況だ。伝七郎は隣で顔を覆い、咲ちゃんも侍女たちが並ぶ列で口を覆って目を見開いて固まっていた。おおう、まさに四面楚歌。
「あ、あー。コホンッ。ちょっと俺自身もさっきから予想外の出来事の連続で忍耐力の限界だったんだ。悪気はない。すまなかった」
まずは頭を下げる。幼女を怯えさせてしまっては、さすがに俺理論的にも弁解の余地がなかった。ここは、ごめんなさいの一手しかない。
「そ、そうですよね。武殿も世界を跳ぶなどという奇天烈な経験直後。少し疲れがたまっていたのでしょう。姫様? ここは一つ不問にされて、話をお続けになってはいかがでしょうか?」
ナイス。伝七郎。必死のフォローだな。スマンカッタ。多分自分でも無理矢理だなーと思っているのだろう。奴は冷や汗かきかき強引に話を修正しようとしていた。
「う、うむ? でんしちろーがそういうなら、そうするぞ、よ?」
ああ、幼女は伝七郎に良く調教されているようだ。なんか奴に全幅の信頼置いてる気がする。
「……わかりました。伝七郎殿がそう言われるのなら。しかし、二度目はありませんよ? 姫様への無礼は許しません」
あー、声も鈴を転がすような素敵な声ですね? でも、もう少し出会い方を選ばせていただけてもよかったのではないでしょうか。先程から、巡り合わせの悪さが尋常ではございません。
「まったく、こんな無頼の輩を姫様に目通りさせるなど、なんたる嘆かわしい事じゃ」
うっせ。こちとら、あんたの部下でもなければ、飯一杯もらってもねぇよ。むしろ、おまえらの敵一匹始末してやったぞ、コラ。感謝しろよ? ……偶然だけど。
「で、目通りはいいが伝七郎? どういう方向に話を持っていきたいんだ? ぶっちゃけ、ここを去るにしろ、おまえらに協力するにしろ、時間が惜しい。そして、ともすればそれが致命傷になりかねん さっさと方針決めるのがお互いの為だと思うが?」
いや、ぶっちゃけてやりました。つか、マジで今は時は金なりですから。どのくらいかっていうと、機を逃すとその場でゲームオーバーになりそうなくらいだと思います。
幼女はきょとんとした顔をしてるし、侍女たちは顔を顰めている、婆さんは頭から湯気噴きそうだ。だけど伝七郎だけは、怒っていなかった。それどころか笑ってすらいなかった。やっぱりこいつはできる。
「話が早くて助かります。では、武殿には協力願いたいと私は考えております」
「姫様、かの御仁の出自は先程申し上げた通りです。また先ほど、敵将三島盛吉を一蹴して討ち取り、我が軍を助勢してくださりました。さほど長く話せた訳ではありませんが、先見の明を合わせ持つ智謀の人でもあろうと感じてもおります。この切所を乗り切るには今は一人でも姫様を守る、力ある者が必要です。ご決断いただけますか?」
伝七郎が俺の言葉を全肯定し話す事に、そして、俺がそれを当然だと言わんばかりの態度でいる事に、侍女たちは驚きを見せている。
いやだってなあ、この状況じゃ、次の手をどう打つかが大事なわけで、手を打つには時間が要るのだよ。つーか、負けたと知らせが届けば、すぐに追加の兵出してくるだろうし。ちょっと先遣部隊を一つ追い払えたからって、それで安全じゃあない。むしろ、直近で再び兵がぶつかる確率は上がっている。
もしかして、いや、もしかしなくてもこっちは脳筋な世界なのか? いや、さすがにそれはどうなんだろうな?
おっといかん。幼女がなんかしゃべっとる。
「んー、む? よくは分からんが、かみも、り? は妾を、たえやでんしちろーやきくを、みんなを助けてくれるのかや?」
「……はっ。きっと姫様を守る力となってくれましょう」
「あー、武でいい。た・け・るだ。」
「うむ。たけるは妾たちを助けてくれるのかえ? かかさまのところまでつれてってくれるのかや?」
……そういう事か。
横で、伝七郎がしまったという顔をしている。侍女たちも顔を強張らせていた。
安心しろよ。俺はそこまで空気読めなくも、鬼畜でもないわ。
「ん。俺は部下にはならん。俺の育った環境もあって、今更誰かに奉公する事はできないだろう。だけど協力はしようじゃないか」
「妾はむずかしい事言われてもよくわからんのじゃ~。つまり、助けてくれるのかや?」
おおう、幼女が癇癪起こしとる。こっちに走ってきてじっと俺の目を見上げている。むう、こやつ俺の急所をビッシビシ突いてきおるな。そんな事をがきんちょに言われて逃げられる程、俺の病気は軽くなかったりするんだ、これがまた。
「……いいだろう。助けてみせようじゃないかっ!」
ああ、言っちまった。不幸な美幼女に不安げな視線で見上げられ、美人な侍女を見殺しにもできず、駄目な俺。こうも舞台を整えられると、すぐ良いカッコしたくなる。誰か助けて。この口が、このダマシイがあかんのやー。俺のせいやないんやー。
と、まあ、お巫山戯はこの程度にしておくとして、マジでどうしたらいいんだ? 勢いで言っちまったものの、それを可能にする能力もスキルも俺にはない訳だが。
13/1/22 菊の容姿の描写加筆