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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第三十三話 同じようで異なる町 でござる

 軍は町の正門に向かって進む。


 ───藤ヶ崎の町。


 その町は先ごろ遠目に見た時には、向こうの世界で言って戦国から江戸時代あたりの大都市のように見えた。その印象はこうして近くで見ても基本的には変わらないと言える。しかし、どこか違和感も覚えた。それが何故かはよくわからない。まるで間違い探しをしている時のような感覚だった。いかにも本物然とした物の中に俄かな誤差を感じているような、そんな微妙とも呼べない違いに戸惑いを覚えている。言うなれば、そんな感覚だった。


 変な話だよな。俺は戦国の町も江戸の町も”本物”に関してはほとんど何も知らないのに。でも、こうして違和感だけはしっかり覚える。


 そんな事を考えていると、カーン、カーンと力強く警鐘を打つ音が鳴り響いた。


 どうやらあちらでも出迎えの準備に忙しそうだ。こんな所もそれっぽい。そこで生活した事などないのに、どうにも本物っぽく感じてしまう。


 思わず苦笑が漏れる。


 そして、イメージというものの強さを改めて認識しながら、近づく正門を視野に収めつつ、その外観に目を移した。


 町を囲むように延々と続く木柵と所々にある平積みされた石の壁。ここから見える限り人の出入りに常用されていると思われる出入り口は正門のみ。その正門は大都市の正門だけあって相当立派な作りをしている。瓦ぶきの屋根に太い柱と厚い両開きの扉。ぱっと見の感想は城の門みたいといった所か。


 それでも、だんだんと近づいてくる門の大きさに心を擽られ、躍ってくるのは男の(さが)というものだろう。もしかすると厨二の虫の方が騒いでいるのかもしれないが、正直どちらがそう思わせているのかは自分でもわからない。もしかすると両方かもしれないしな。


 そんな風に自分を嗤っていると、やや雲のある風の強い空から一羽の鳶が下りてきて、木柵にとまる。よくよく見ると柵の前に何か黒い塊が横たわっていた。


 それは野犬の死骸のようだった。まだ比較的新しそうではあるが、ここからでははっきりとはわからない。ただ、鳶はそれを狙っているのであろう。そう何気なく思考を流そうとした時、頭の中で何かが繋がる音がした。


 ああ、そうか。そうなんだ。これが違和感の正体か。


 この町は作りがちぐはぐなんだ。外見はまるで時代劇のような町。でも、その町を囲む木柵……。なんで柵があるよ。これでは稚拙な作りながらも城塞都市だ。


 そして、そんな作りをしていながら、内から外に攻撃するものが殆どない。


 正門もそうだ。周りがこんな状態なら普通はそれなりの規模の弓櫓の一つも建てるだろう。でも、それがない。確かにそれらしい物があるにはある。だが、どうみても軍対軍の戦いで使い物になるようなレベルではない。素人の俺が見ても、想定されている相手が小規模すぎた。先程警鐘を鳴らした物見櫓のようなものもそうだ。どう見ても建っている位置が軍事目的専用ではない。外周からやや町の内側に入っている。もしかすると、俺が勝手にそう思っただけで火の見櫓である可能性すらある物だった。


 俺が弓櫓だと思ったものが、物見櫓を兼ねていると考えた方がよほど得心が行く程だ。鐘がそこで鳴っていたらの話だが。


 それに、だ。通常、城塞都市は外敵から町を守る為に作られる。だが、この構造で一体何から町を守れるんだ? そこで骸を晒している野犬のような野生動物? あるいは賊? 賊相手でもどれ程もつか。まして、それ以上の相手となるととてもではないが一時の足止め、あるいは時間稼ぎ程度の役割を果たせるかどうかも怪しい。


 となると、この不可思議な構造の理由で一番可能性が高いのは、『戦において籠るという概念がない』だろう。前にもチラリと思ったがその可能性が濃厚になってきた。


 そして、もう一つ。確か戦国時代、改修など労働の見返りとしてではあったが、緊急時は領民も城の外郭に入れた筈。しかし、伝七郎たちはここにあるのは、城じゃなく、館だと言った。そして、この町の人口は多分一万前後。いったいどこに領民逃げさせるんだ? 館って、そんな馬鹿でかい館でもあるのか? それとも、こちらにはその仕組みはないのだろうか。そうでもなければ、この城塞都市もどきのような稚拙な防衛構造にはならないんじゃないのか。縄文や弥生時代の村落じゃあないんだぞ?


 となると、一つの可能性として、戦争で町を落すという意味も俺達の世界とは微妙に違うのかもしれないというのが考えられる。


 賊は町を襲っても、軍は町そのものを襲わない、とか。


 出てこいと言われたら出ていって戦うのがこちらの戦であって、そこで出ていかなければそれだけで名を汚し、民にも見捨てられるのではなかろうか。統治者が統治者でいられなくなるような世界なのではないのか。そうであれば、軍が町を襲う必要がなくなってくる。そして、町が襲われないのなら、町を守る機構も民を守る仕組みも大規模なものは不要になってくる。


 全軍並んで兵力をぶつけあうとかいう慣習のある世界だ。その可能性は笑い話ではなく、現実味のあるレベルで検討できるだろう。それに、だ。そうとでも考えなければ、この構造はありえない。


 これの意味するところはつまり、君や将の戦において『攻城戦は存在しない』。例外はあるだろうが、それはあくまでも例外。駄領主の場合の話となるだろう。その末路は容易に想像がつく。まず碌なもんじゃないだろうな。……うん、この可能性もかなり高そうだ。記憶の隅とどめておくべきだろう。


 様々な可能性に気をとられて、やや散漫になっていた意識を目前の正門とそこを守る門番たちの方に向ける。考え事をしている間に向こうも準備が整ってきたようだ。兵の数も先程より増えている。そろそろ、永倉平八郎の元へも早馬が着いてるかもしれない。


 それにつれて俄かに正門前が騒がしくなってきていた。商人たちは少数とは言え突然現れた軍隊に驚き、這う這うの体で町の中に逃げ込んでいる。門を守る守衛たちの更に向こうあたりに、正門の内に逃げ込んだ商人たちの列の末尾が見えていた。


 歩きつつ、両頬を軽くぱちりと張る。さあ、ここからだ。


 北西から南東に貫く大街道を通り、陣を畳んでから町の正門の手前まで、全く速度を変える事無くただただ普通に歩いてきた俺たちは、その足を一切緩める事なく集まりだした守衛たちの待つ正門前に堂々と胸を張って突き進む。


 兵たちには俺の指示がない限り、その歩みを止めるな、躊躇うなと厳命してある。だから、その通りに突き進んでいるのだ。


「そろそろ、正門前だな……って、千賀。どうしたんだ?」


「た、たける。なんかいっぱい人がいるぞ? 大丈夫なのかや? 行ったら、怒られるんじゃないのかや?」


 少し気を周りに取られているうちに、幼女は怯えてぷるぷるしていた。どおりで静かだった訳だ。いや、そういう話じゃないな。すまんかった。


 怯える千賀の頭の上に手を置いて、静かに一つ笑う。


「大丈夫。まかせとけって。だから、千賀。もうちょっとしたらあそこに行くぞ? ちょっとだけ、怖いかもしれんが大丈夫。俺も伝七郎も必ず横にいるから。我慢して頑張ってくれな?」


 そう言って、守衛集まる正門の中心を指さしてやる。


「し、しょぉおお。た、たける。本気かや?」


「おお、本気も本気。大本気だぞ。――――伝七郎もだ。抜かるなよ。正門前に着いたら、千賀の左に立て、俺は右に付く。胸を張って堂々と行くぞ」


「……ええ。承認した以上、死なば諸共ですよ。ここから先は迷いません。もう十分迷いましたので、すでに満腹です」


「ははっ、伝七郎も言うねぇ」


 腹を括ったいい顔をする伝七郎。両手を頬に当て、目を見開き驚き怯える千賀。あはは、そんなに怯えるなって。絶対何とかしてやるから、な?


 俺は千賀の頭の上に手を置き、ポンポンと軽く叩いて笑いかけてやる。そんな俺を見て少し落ち着きを取り戻したようだ。目を見開いたままではあるが、暴れる事なくこちらを見上げていた。


 こんなのぐらいで驚いてちゃあ、本丸の永倉平八郎とは戦えん。お前も辛いだろうが、我慢して戦ってくれ。


 そんな思いを乗せて千賀の頭を撫で続ける。


 千賀は自分の頭の上で未だポンポンと跳ねている俺の手の平を見上げ続け、しばらくしてからようやく「わかったのじゃ」と納得するのだった。


 そんな千賀の様子を確認し終えると、彼女を挟むようにして守っている信吾と源太に向かって一つ頷く。すると信吾が前に出てきた。


 奴が以降の俺らの護衛の長となる。源太は残る部隊の統括だ。また、与平は最後尾で待機している。こちらは後方の警戒が主要任務だ。これらは事前の打ち合わせにより決まっていた。


 俺らのそのやり取りを見ていたのだろう。考え事をしていて遅れがちだったお菊さんも右手で胸元を抑えるような仕草をしながら、歩みを速めてこちらにやってきた。


 朝のあれからも一向にお菊さんの顔が晴れる事はなく、ずっと思いつめていた。少なくとも俺にはそう見えた。


 絶対何とかするからそこまで思いつめるなと言ってやりたいが、今の彼女にその言葉が届くとは思えない。もし、それで解決するなら朝の段階で解決しているだろう。


 彼女はこの後どうなるかは知っている。俺が何を思い、何をするのかも知っている。それでもなお、心配なのだ。千賀への態度でもわかるが、本当に情の深い娘だと思う。千賀の為、お菊さんの為、伝七郎やみんなの為何としてでもなんとかしなくてはならんのは今更だが、こんな彼女を見ていると一刻も早く何とかしてやりたい。そう思わずにはおれなかった。


 よし、始めるか。


 千賀の右に移動し、片手をあげて源太にあとよろしくと頼む。そして、伝七郎と信吾に目線を走らすと合図を送り、「じゃあ、行こうか」と短く口にする。


 千賀は俺らの雰囲気を感じ取りだしたのか、どこかそわそわと落ち着きなさそうだ。ただ、皆が周りにいるので何とか耐えてはいた。


 手を差し出し、小さな手を握る。見れば伝七郎も反対側の手を握ってやっている。千賀はそんな俺たちを見上げて笑顔を見せてはいるが、その小さな手は少し汗で湿っていた。

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