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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第二十八話 亀の甲より年の功 でござる

「いったいどうなさるおつもりで?」


 総大将たる伝七郎が声を上げるかと思っていたが、そう尋ねてきたのは信吾だった。伝七郎はむしろ考え込んでいる。俺の言葉の意図を探ろうとしているようだ。


「んー。それは今ここで言う訳にはいかんな。さっきも言ったように、俺達は選べるほど余裕のある状況ではない。そして、おそらく永倉平八郎はすべてを承知で腹を括ってやっている。だから、こちらも迷いを捨てて対応する必要があると思う」


「は、はあ。しかし、我々だけならともかく、それで全軍を動かすと言うのもいかがなものかと」


 信吾は更に食い下がる。言ってる事は俺よりもむしろ正論だ。何がどうなっているのかも、何をどうするのかもわからぬ状態で、軍を動かすからそれを認めろと言われても困るのが普通だろう。困らないのは何も考えてない奴くらいである。


 しかし、伝七郎は思考の海に沈んだまま動かない。


 残る二人は、信吾同様何をするのか不安そうに見えた。


 ふむ。よし。


 俺は信吾に向かって手を挙げ、ちょっと待つように身振りで合図を送り、伝七郎を見やる。


 伝七郎は眉根を寄せた顔の前で再び手を合わせ、地面に厳しい視線を注ぎながら考え込んでいた。


 構わず語りかけていく。


「伝七郎。俺はここですべてを喋るべきだろうか。普通なら、お前らにこの腹の内を話す事くらいは何の問題もない。お前らからもらっている信頼を足蹴にする程、俺も腐ってはいないつもりだ」


 ただし、その言葉は伝七郎にのみに向けたものではない。


「だがしかし、今回俺がやろうとしている事は、お前らにとっては絶対に抵抗がある。迷いが出る。忌避感が募る。計としての良し悪し以外に感情が混じり邪魔をするだろう。頭と心が常に一緒である事が望ましいとは誰もが分かっていても、常にそうあるのは難しいのが人の常、人間ってもんだ。しかし、それを許容できる程、俺たち自身の力量も物資も時間も余裕がない。俺は今、ここですべてを話し、皆で最良の方法を模索するべきか? お前が決めてくれ」


 そして、最後に大将としての伝七郎に判断を託す。


 これは俺の信頼だ。


 今ここで足踏みをする訳にはいかない。お前らは事が始まるまで知らない方がいい。その方が諦めもつくだろう。何もここまでしなくともと文句を言いたくなるだろうが、それは甘んじて受けよう。


 それでも、今ここで軍の頭脳が迷走するよりは遥かにマシな筈だ。


 伝七郎は俯き気味だった顔を上げると、腹の底まで見通そうとするような視線を俺に向けたまま止まり、ただただそれだけの時間が過ぎていく。


 幕内を薄暗く照らす油皿の炎が揺らぎ、それに合わせるように伝七郎の影が揺れていた。その様が、俺には奴の心境そのもののように感じられてならなかった。


 そして、如何ほどその時間が続いたか。伝七郎は静かに目を閉じると括目し俺に問うた。


「なるほど。私たちがほぼ間違いなく反対する方法を武殿は取られるつもりだと。だが、仮にそれが最善ではなくとも次善ではあると武殿は確信している。そう理解してもよろしいですか?」


「いかにも」


 事ここに至って多言は不要。僅かばかりの迷いもなく、そう一言だけ口にする。


 仮にもこの軍を率いてきたのはやはり伊達ではないらしい。始めから終わりまで、俺の言葉に血を上らせずに冷静なものだった。そして、よく見ていた。


 これは端的に言うなら、黙って俺を信じろと言い、皆がそれを信じるかという話だ。しかも、個人ではなく、将としてのそれぞれにそれを問うている。


 こんな論法をとったのは俺がこいつらを信じているからだが、こんな言い草をする以上、俺もこいつらを信頼して当然だった。暴論は暴論としつつも、それでもこいつらは俺のその暴論を認めてくれるだろう。そう信じたからこそだったが、正直自分でも無茶をしたものだと思わずにはおれなかった。


 そして、奴の言葉を聞く限り、少なくとも俺がそう思っている所くらいまでは読まれているようだ。


「……わかりました。武殿を信じましょう。明朝全軍で出発できるように準備をして下さい」


 そして、予想に違う事なく応えてくれる。迷いを振り切り、意を決するように伝七郎はそう令を発した。


「「「はっ」」」


 三人もその決定にそれ以上の否を唱えない。静かに頭を下げてその令を受ける。


 ありがとう、感謝する。俺も一つ頭を下げた。いや、いつの間にか下がっていたというのが正しかった。


 後は俺が皆の信頼に応えるだけだ。何が何でもしくじる訳にはいかない。


「助かる。じゃあ、伝七郎。千賀の所に行くぞ」


「姫様の所ですか? ええ、それは構いませんが」


 伝七郎を誘うと、奴は小首を傾げつつこちらを見やる。


「……幼子に辛い思いをさせるのは気にくわないが、あれも永倉平八郎を失わずに済む。我慢してもらうさ」


 俺はそうとだけ答えて、本部の陣幕を後にする。


 そんな俺の背中にそれ以上の言葉が掛けられることはなかった。その代わりに、後ろで床几を引く音がした。




 千賀の幕の外まで行き、声をかけると中に入るようにと婆さんの声がする。


 俺達が中に入ると千賀はお日様のような笑顔で迎えてくれた。


「おおっ、たける。でんしちろーも。妾とあそんでくれるのかや?」


 幕内で、千賀は咲ちゃんと一緒にお手玉などを楽しんでいた。中に入るようにと答えた婆さんは二人から少し離れて座っている。遊んでいる千賀と咲ちゃんを眺めていたようだ。


 こちらを見てにぱっと笑んでいる千賀を見て思う。


 本当に罪深いよな、俺。これをだしに使おうってんだから大概だよ。こんな事続けてたら絶対に碌な死に方できんぞ。


「ん。また今度な。今回はちょっと千賀に話があってな」


「なんじゃ?」


 きょとんとした顔でこちらを見上げてくる千賀。それに苦笑いを浮かべる俺。そして、伝七郎は俺の後に続いて付いては来たものの、当たり障りのない挨拶を交わしただけで後は口を開かずに黙ったままだった。


 俺たちの出す空気を読んだのだろう。咲ちゃんは部屋を下がる。そして、婆さんは俺らの方に駆け寄っていた千賀を連れて上座に向かい千賀を座らせると、一歩下がって手前に腰を落ち着けた。


 俺達もそれに合わせて対面するように、下座につき胡坐をかく。


「それで姫様に話とは?」


 すべての形が整うと、前に座る千賀の代わりに婆さんが俺に尋ねてきた。その目は常とは異なり、睨むでも軽んずるでもなく只静かに俺を見据えている。


 婆さんは婆さんなりに、こうして千賀を守ってきたのだろうな。それを容易に想像させる振る舞いだった。


 さて、どう話を着けたものか。


 会いに来たのだから当然ではあるが、この場には千賀がいる。現段階で迂闊な事は言えない。でも、婆さんの心意気に泥ぶちまける真似をする訳にもいかない。


 すべてを話す訳にはいかない。さりとて話さぬ訳にもいかない。ジレンマに陥りそうになる。そうならなかったのは、幸か不幸か悩んでいられる余裕が俺たちになかったからだろうな。


「ん。千賀をな。藤ヶ崎に連れて行こうと思ってる。永倉平八郎と会い、あるべきところに奴を戻す為に」


 身を楽にしたまま、視線だけは婆さんを見据えてそう答えた。


「姫様を?」


「ああ」


 俺の心の底を見通そうとするような視線が注がれ続ける。しかし、互いにその目に込める力に比べて言葉は極めて少ない。それは余人に言葉の意味が伝わる事を避ける様な会話だった。


「しかし、それは……」


 婆さんの呟く言葉の尻がかすれて消える。


 ああ、この反応。当然全部ではないだろうが、やはり婆さんは薄々感づいている。いや、そんなレベルではなく、わかっているのだろう。軍部の情報を得ている俺と違って、こちらには大した情報は流れていない筈なのに。


 その白髪と皺の数はただの見せかけではないという事らしい。俺とはまた違う道を通り、同じ想定に辿り着いているようだった。こういうのを人生経験の差とか人間観察の妙とかって言うんだろうな。正直恐れ入ったよ。だから……。


「その通りだよ」


 余分な装飾は一切施さず、その一言のみを婆さんに告げた。

13/2/1 伝七郎のセリフをわかりやすいように若干変更

全軍出発の用意を→明朝全軍で出発できるように準備をして下さい

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