第四話 詰むのもここまでいってりゃ清々しさを感じる でござる
あまりの仕打ちにだいぶ凹んでいる俺がいる。
先ほど走ってきたかわゆい娘っこと腐れイケメンがこちらを心配そうに見ている。いかん、ここで弱気は後々の俺の立場に影響してしまうだろう。千回のトリップ経験が俺にそう言っている。
「あー、あー、心配ない。それで伝七郎とかいったよな? まずはこの状況の説明。主にこの戦の背景と戦況についてを優先的に。そして、なぜ戦場に女がこんなにいる? その辺りから順に頼むわ。あと、おじょーさんはお名前をぜひ教えてくれっ!」
とりあえず頭の中でモヤモヤしてるものを全部振り払って、想像なしの現状確認から。これ間違えるといきなり大ピンチ間違いなし。
そして、最後のは今後の為にも大変重要な情報だと思いますので、絶対に教えてもらいたい所でありますっ。
さりげなーく、ススッと伝七郎の後ろへ移動するお嬢さん。あー、もう関係は決定的に理解できました。嫌な予感はしてたがな。やはりイケメンは俺の敵だ。
「は、はぁ。いや、分かりました。お話しましょう。ただ神森殿も説明してください。先程私たちの部隊に敵将が突撃しようとした際、突然彼奴の前で二、三度強烈に閃光が走り、神森殿が現れると彼奴を仕留められた」
ほー、こっちからはそう見えたんだな。
「私どもが神森殿についてわかる事はそれだけです。あなたが何者なのかを先に教えてはもらえませんか? その後、先程神森殿が尋ねられた件は必ずお答えします」
イケメンが下手に出ながらも、まずこちらを計ろうとしてる。あの状況から飛び出してきた俺に対して大した柔軟性だ。結構やる奴かも知れん。
それにあの時、自爆したおっさん。やっぱ将だったのか。これは伝七郎側から見た武功としては大金星だな。
んーむ。腕を組んで顎をなでる。朝剃った髭がやや伸びてきている。
「おーけー。わかった。じゃあ、俺からいこう。さっきも言ったが、俺は神森武だ。神森とでも武とでも好きに呼んでくれていい。で、俺が何者かという事だが……怪しい者だ」
はっきりとバシッと言ってやる。だって、どう考えても怪しい奴以外の何者でもないからな。はっはっはっ。
「あ、怪しい者ですか?」
イケメンが予想外の回答に少しコケテる。ざまーみろ。
「ああ、そうだ。おまえらから見るとそうとしか言えない。あの登場の仕方を見ていたおまえに聞くが、俺が怪しい術をつかう道士かなんかに見えただろ? で、敵の将の首を挙げてしまったから、とりあえず敵なのか味方なのか、使える者なのか使えないのか、そして、利用できるのかできない者なのか、それが知りたい。そんな所では?」
「……」
おお、表情は動かずか。でも、気配が尖ってんぞ?
「警戒するなとは言わんが、そうピリピリすんな。特別な考察じゃないだろ? 誰だって得体のしれない者に出会えば考える事は同じだ。まして戦場ならな。むしろ面倒だからって、いきなり切り掛かってこられなくてよかったよ」
そう言って笑ってやる。次の言葉のために少し警戒心をとりたいからな。
「は、はい」
あれ? 少し顔色が悪いな。別にそのぐらい考えてたからってどうこういうつもりはねーし、この程度の推察は誰だってできる。つか、当たり前の思考回路を披露しただけだ。問題はなかったよな? よ、よし、なんか変な雰囲気だが俺も気持ち切り替えよ。
「で、だ。実際はそんな怪しげな道士よりももっと怪しい存在だ。ちなみに俺の頭は狂ってない事を先に言っておく。伝七郎。おまえ、ここ以外に世界があるって言ったら信じるか?」
ここは勝負どころである。嘘を言ってないと言葉で証明できない以上、目力で説得するしかない。
「ここではない世界……ですか?」
「そうだ。陸続きや海の向こうの世界の事じゃないぞ? まったく別の世界、異世界だ。そこから不慮の事故でこっちに跳んできたのが俺だ。さあ、どうする?」
俺がそう言ったのを最後に俺と伝七郎は口を噤む。互いに目だけは相手の視線だけを捉えて放さない。俺は口の端をあげてやる。さあ、これでどうだ?
どのくらい経っただろうか? 数秒? 数分? 俺たちは気迫の相撲をとっていたようなもんだった。がっぷり組んで、ひたすらはっけよいのこったである。
どちらがではなく俺たちは笑った。そりゃそうだろ。男同士で熱い視線を交わし続けたんだぜ? アッー! かよっ。……いや待て。奴がイケメンなだけに洒落にならんな。今のなしはにしよう、うん。
「まあ、そういうこった。だから、怪しい奴だと思っとけ」
「くっくっ。わかりました。そうしましょう」
奴はそう言うと、約束通り、いろいろな事を話し出した。
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…………………。
…………。
なげーよ。三行とは言わんがもうちょっと端的に言え。細かい背景、関係に理由も分かったのでありがたいっちゃありがたいが、今は関係ない。ようは簡潔に要約するとこういう事だろ?
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まず、伝七郎たちはここの地方領主に仕える武士である。
ところがある日、その領主の弟が内乱を起こす。おまけにお家の家臣たち根回しされてて、ほとんどその弟についてしまった。そのせいで兵も大半が向こう側に。
で、最悪な事に領主夫妻は捕縛され、その弟に殺されてしまった。
だけど、一人娘が侍女の手によって逃がされた。その姫を守って、伝七郎たちは戦っている。
現在、その最中で伝七郎軍(仮)に本拠地なし。
拠点となりうる施設に向かって移動中。
しかし、目下その弟の手による苛烈な追撃を凌ぐ為、防衛しやすい場所に陣を構え交戦中。
ちなみにこの領の周りの領主との同盟関係はなく、早いところ何とかしなければ、むしろ攻め込んでくる。
まじやばい。
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これでいいだろ。これでも長いって向こうの掲示板じゃ言われるよ?
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つか、それどころじゃねぇな。いくらなんでもヤバすぎね? 完全に詰んでるだろ。
槍なおっさんイベントが終了した後はトリップわっほいと密かに喜んでいたのだが、スペシャルにデンジャラスでスーパーハードモードすぎるわっ。
早い話、これってトリップ物のお約束的に、窮地を自力で脱して英雄になりましょうって事だよね?
先回りする歴史知識や事態を一発解決できる特殊能力なしでっ。
幸いぶつ切れで穴だらけな各種知識はネッツな生活のおかげで、少ーしだけど脳みそに引っかかっている。しかし、いきなり戦場ですぐに使える知識なんか、そう都合よくある訳ないんだが。
いや、ちょっと待ちなさい俺。ほんとに他に選択肢はありませんか?
よし、思いつく選択肢に表題つけてみよう。簡潔になっ。つーとこんな感じか?
(一)頑張れ俺っ! 成せばなる英雄にだって編
(二)実る喜び、とられる悲しみ 士農工商あなたは耐えられますか? 編
(三)あなたも今日から自由人 お乞食さんの世界へようこそっ! 編
の三択か?
何たるクソ選択肢。やはり、事実上選択肢などないではないか……。