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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第二十七話 緊褌一番 でござる

 幕の中に入るともうすでに俺以外は揃っていたようで、伝七郎は幕内最奥に置かれた床几の上に座っており、三人も所定の位置に立っていた。偵察の者は、伝七郎の前に膝を着いて待機している。


「すまん。遅れた」


 部屋の中の空気はすでにピンッと張っている。


 一言周りに詫びを入れながら、俺も定位置となった伝七郎のすぐ脇につく。そして、目の前の兵に報告を始めるように告げた。


「はっ。まず永倉様ですが、どうやら藤ヶ崎の館におられる模様です」


 報告の開口一番でそう告げられ、伝七郎の顔が早々に曇る。表情を隠す努力をしているのはわかった。しかし、表情を渋く変えようとする筋肉とそれを戻そうとする筋肉が、奴の顔の上でせめぎ合っているのが横目に映っている。


「そして、藤ヶ崎の町ですが、特に普段との変わりはありません。ただ、藤ヶ崎を守る兵の数が常時よりかなり少なく五百ほどかと。町の噂では藤ヶ崎を守る四つの砦のうち北の砦が継直の手に落ちており、藤ヶ崎より出た軍はそことの睨み合いが続いているとか。ただ、先程も申し上げましたように、町に不穏な空気はありません。実被害が出ていない模様です」


「町の実力者たちの動向も変化なしか?」


 滔々と手に入れた情報を並べていく兵に、横から口を出して確認する。


「はい。神森様より頂いた指示通りに何人かいる長老格の者を探りましたが、少なくとも我々があの町に潜んでいた間にはそれらしい動きは見られませんでした」


 ただ統治者が変わるだけならば、町の人間、特に権力を持っているような輩にとっては誰が統治者になろうと知った事ではないだろう。己の権力が後も続くならば、他はどうでもよい筈だ。なのに、この包囲されて孤軍奮闘しているような状況で、町の実力者が継直に通じている様子も交渉が決裂した様子もなし、か。そして、住人が怯えて不安を抱えているかというとそういう様子でもない、と。


 永倉平八郎は町の外ですべてを片しているって事か。いや待て。下手するとこっちの慣習とやらのせいで、籠城という概念はないかもしれんな。そもそも援軍のあてがある訳でもなし、それで間違っちゃいないか。


 まあ、いずれにせよ言える事は、だ。こんな状況でも藤ヶ崎の住人は永倉平八郎の勝利を疑っていないという事だな。


 すげぇよな、マジな話。伝七郎。お前のお師匠すごいわ。これはなかなかできんよ。


 本人が町を動いてないって事は、おそらく国境の向こうもきな臭い事になってんな。それで兵力を散らさざるをえんのだろう。何とか均衡を保ってはいるが、そのせいで勝負をつける所までは持っていけてないって所か。


「よし。ご苦労。改めて、その北の砦の情報を集めてくれ。それに当たっている藤ヶ崎の軍の事も含めてな。それでいいか? 伝七郎」


 偵察に新たな指示を出し、確認をするべく伝七郎を振り返る。


 報告が始まって以降、座った己の膝の上に両肘を載せ、鼻の前で両掌を合わせるようにしながら話だけを聞いている伝七郎。終始口を噤み、その表情はできそこないの能面のようだ。


「……ええ。では、改めて北の砦の調査を命じます。ご苦労様でした。下がってください」


 兵を労い指示を出すその言葉も、やはりいつもより幾分調子が硬い。


「はっ。北の砦およびそれに相対する藤ヶ崎の軍の調査をいたします。では、失礼いたします」


 偵察の兵は一つ礼をすると、幕の外へと出て行った。


 脇に控えてきた三人も表情は暗い。より詳細な情報が届き、あまり好ましくない事態がほぼ確定してしまったのだから無理もない。


 しかし、その三人よりもやはり伝七郎の方が深刻そうだ。余程心酔していたのだろうな。報告に来た兵が幕の外に出た後は、今まで無理やり作っていた顔が崩壊して、あきらかに強張っていた。


 他の三人も己自身混乱しているだろうが、そんないつになく狼狽えた表情を見せる伝七郎に心配そうな視線を送っている。


「伝七郎。大丈夫か?」


「無論です。私がふらついてはこの軍の、引いては姫様たちの明日に係わります」


「そうだな」


 伝七郎は何かを抑え込むようにしながらも、はっきりとそう口にする。


 それが分かっているなら十分だ。今回ばかりは相手との相性が悪いというだけの事さ。それを未熟と言うか人間と言うかは人による。しかし、俺たちの立場だと有無を言わさず未熟と捉えられてしまうのは、やむを得ないとは言え切ないものだよな。



 ──でも、だからこそ仲間を頼ろうか。


 未熟で結構。今回は俺がやる──。



「まあ、そう心配するな。為るようにしかならんし、多分お前らが心配しているような事ではないだろう。厄介である事には違いないが」


 永倉平八郎を知る者達一人一人と順に視線を合わせながら、奴らの沈みきった心情を鼓舞してゆく。


 そして、己自身を炊きつける。必ず成すと腹の底に覚悟を刻む。


 お前らが、千賀が、そして、お菊さんが永倉平八郎を永久に失う事にならないように。再び共に在れるように。


「それに前にも似たような事を言ったが、今の俺らは未だ崖っぷちだ。選べる道などいくらもない」


 今必要なのは闘志なんだ。永倉平八郎自身と戦う事すら辞さない、燃えあがる様な闘争心だ。


 全部背負えとは言わん。だが、お前らにもその覚悟だけは必要になる筈だ。


 だから、言葉を重ねてゆく。


「如何なる事態、如何なる相手であれ、俺達が負けるという事はすなわち千賀の未来を閉ざすという事だ。まだ何もできない、何も知らない幼い我らが主の明日を奪うという事だ。お前らがそれを良しとできるとは到底思えないんだが、どうなんだ?」


 それができる小器用な奴らではない。それは先の戦いの時に十分理解できた。


 そして、当たり前のように誰も口を開かない。どいつもこいつも、今さら返答がいるのかと言わんばかりの態度だ。だんだんと目の焦点が合ってきている。


「だったら、やる事など一つだ。この藤ヶ崎はまだ継直の手に落ちてない貴重な水島の領土だ。俺達としてはここを拠点とするしかない。もし、他が選べるなら、とっくに候補地として挙げられている。仮にまだ無事な小さな村や町を拠点にしたところで継直とは戦えない。奴とやり合うなら、ここしかないという事だろう。伝七郎、違うか?」


「いいえ。何度も検討しましたが、もう可能性として残っているのはここしかありません。他では容易に落されます」


 報告が始まって以降、彫像のようにまったく動かなかった伝七郎は、顔の前の両手を降ろし屈めるようにしていた身をゆっくりと起こす。同時に深く深く息を吸い、それを細く長く吐いていく。そして、それを認めた。認めたくはないが認めざるを得ないという伝七郎の気持ちがよく表れた溜息だった。


「だろうな。そして、そうであるならばなおの事、迷っていても仕方なかろう。何がどうあろうとも、俺たちは藤ヶ崎を得なければならない。だから、邪魔なものはすべて突き破ってでも押し通るっ」


 壁は壊して前に進む。引けない俺らの前に壁を作った奴が悪い。遠慮は無用だ。事の正否や道理などは、後年暇とゆとりのある奴が、茶でも飲みながらゆっくり考えてくれればよい。これは今の俺らにとって被る価値のある泥だ。


 それに、想像通りであるならば、賭けに勝てば泥を被る事すらないだろう。


 勝てれば、あるべきところにすべてが納まる筈。だから、勝つ。勝たねばならぬのなら、なんとしてでも勝つのみだ。


「伝七郎。食料の方はあとどれ程もつ?」


「あともって十日って所ですかね……。平八郎様自身の事も痛いですが、食料の目途がつかないのがもっとも痛い所です。私もいろいろ考えては見たのですが、差し当たって、いくらか運び出した金目のものを売り払って、町で買うくらいしか手はないです。しかし、これでは根本的な解決にはならないし、また、今となっては、それらは姫様にとって形見と言えるもの。できれば、金に換えたくはないですね……」


 伝七郎は本当に参ったという苦りきった顔で、そう答える。自身の頬を手の平でぴたぴたと叩きながら、その整った顔は(しか)んでいた。視線も下に傾いている。


 これも想定通りだよな。元々大して量のなかった食料だ。その後、戦勝の宴を開かせたり、町に入る直前で陣を設置させたりと予定よりもかなり余分に使ってしまっている。伝七郎のせいではないのは明白だが、かといって総大将が「だから関係ない」などと言える筈もない。さぞ頭を悩ませた事だろう。


 でも、これによって、やらねば後がないという事をこの場にいる全員にわかりやすい形で示す事が出来たであろうし、また十分理解もしてもらえた事だろう。


 だから、この機を逃さずにしれっと言葉を放つ。


「なるほど。なら、なおの事やるしかない。この一手を成功させる」


 そう宣言する。


 目を見開き顔を上げる伝七郎。三人衆も突然何をと問いた気にこちらに視線を定める。


 俺はそれに笑顔のみで応える。


 これは俺にしかできない事。知らないからこそできる事。


「明日の朝全軍で出るぞ。そのまま町の正門を通って館に向かう」

1/29 加えたはずの一文が消えていたので加筆

そもそも援軍のあてがある訳でもなし、それで間違っちゃいないか。

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