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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第二十五話 藤ヶ崎に到着はしたのだけれど でござる

「だーっ。見てわからんかっ。今俺は動けん。大人しくしてろっ!」


「そんな事、妾はしらんのじゃあっ。こっちにきてたもう。ひますぎて頭の上にとんぼがとまるのじゃああっ」


 千賀は兵たちに担がれた粗末な輿の上で暴れていた。


 よく見れば、確かに頭の上にアキアカネらしき蜻蛉がとまっている。こっちにもいるんだね、赤とんぼ。


 こちらに跳んでまだ数日だが、このお子様の吠え声は毎日のように耳にしていたので、うんざりとはしながらもいい加減慣れてきてはいた。しかし、すでにこれに慣れきっている侍女軍団は、ぎゃーぎゃーと喚き続けている幼女様の周りを顔色一つ変えずに歩いている。お菊さんは嘆息を漏らし、咲ちゃん辺りは苦笑しているが。慣れで済ます訳にはいかない人たちは大変だ。つか、婆さん何とかしろよ。あんた教育係だろ。


「……という訳なんだが、ちょっくら止まってくれる?」


 俺の背中で真面目に仕事をしている伝七郎に、そう声をかける。その俺の声がどうしても遠慮がちになってしまったのはやむを得ない事だと思う。ニート気分を満喫していた俺としては、真面目に仕事に精を出していた伝七郎の邪魔をするは忍びなかった。


「くすくす。はい、わかりました。……隊列止まれ。そのまましばらく待機せよっ」


 だが、伝七郎自身はそんな事など一顧だにする様子もなく、堪えきれぬ笑いを漏らしながら隊を止めた。


 こいつは本当に千賀に甘い。千賀がこいつの背中にすぐ隠れる訳だ。


 そんな言葉が頭に浮かぶが、いつまでも呑気に物思いに耽っている訳にもいかない。なんせ今俺は個人の事情で軍の足を止めているのだから。


 「客観的に見てこれはないよなー」などと考えながら、源太らにも手伝ってもらって体に縛り付けられていた縄を外し、馬の尻から下りる。


 あてて。ただでさえ乗り慣れていない上に変な乗り方してたから、やたらと尻が痛い。つーか、体そのものも痛い。ちょっと筋を伸ばそうとすると、バキリバキリとそこらじゅうの関節が鳴る始末だ。


「あー。ありがと。わざわざ悪かったな。あの分じゃ、少なくとも今日中は歩きだわ。このまま進めてくれ」


 馬上の伝七郎を見上げたまま、振り返る事なく後ろでまだかまだかと叫び続けている千賀を右手の親指で二度ほど指す。


「たぁあけぇぇるぅぅっ。まあぁだ~かぁ~やあぁぁっ?」


「ふふっ。はい。わかりました。では、武殿。姫様をよろしくお願いします」


 伝七郎は叫ぶ千賀の方に一度だけちらりと目を向けると、再び口元をゆるませた。


「あいよ。じゃ、ちょっと後ろ行ってくるわ」


 馬上で微笑んでいる伝七郎に、手をひらひらっと振って背を向ける。


 さて、あの我儘なお嬢ちゃんの相手をするとしようか。


「くっくっ。武様、頑張ってくださいねー」


「お勤め頑張ってください、武様。気合いです」


 千賀の方に向かって歩き出した俺に、無責任な声援が届く。


 そりゃあ、お前らは面白いだろうよ。それから、源太。お勤めとか気合いとか言うな。なんか千賀が怪獣みたいだろ。似た様なものだけどさ。


「あいよ。おまえらも警備よろしくなー」


 こちらを見てニヤついている与平と真面目くさった顔で相も変わらず気合いだ根性だと言っている源太にそう適当な返事をしながら、まだぎゃんぎゃん喚いているお嬢さんを見やる。


「はあぁ~やあぁ~くぅう~きぃ~てぇ~たぁ~もぉ~っ」


 ……おっ? のどちんこが見えた。




 まあ、そこからの当面の仕事は子守りと相成った。働きたくないでござると言ってたら、一番疲れる仕事を割り当てられた気がするでござる。


 まあ、これはこれで嫌いではないけどな。


 でも、疲れる。幼児期の子供の体力って馬鹿にならない。なんでこんなにタフなんだと思える程、無尽蔵のスタミナを誇る。そのくせ自分が疲れるとうつらうつらとしだして、横向いて前を向くともう寝ている。


 侍女軍団すげーと思ったよ。これにまったく動じていない。もう歳の離れた末妹のように可愛がる。


 わかるけどな。根が素直で天真爛漫なちびっこ。多少の我儘くらいは可愛いものだ。もっとも、時間が経つにつれ遠慮がなくなってきたのか、だんだん激しくなってきたが。まあ、それもご愛嬌だろう。千賀のすぐ近くを歩くお菊さんには「あまり姫様を甘やかさないでください」とか言われたけれど。


 どうやら彼女、この前の件は本当に気にしてない様だ。許されるような謝罪をする間もなく許されてしまったようだが、とりあえず許されたようなのでよしとしようと思う。でも、ほんと不可解だよなあ。


 侍女頭の婆さんは時来たれりとでも思ったのか、俺が馬に乗れなかった事に始まり、以降もちょっとしたミスでもすれば、「小僧っ。水島の側近ともあろうものがなっとらんっ!」と山のような小言を並べ立てた。でも、前の様に睨まれ続けるような事はなくなった。何かと口うるさく言われるようになってしまったのだが、あきらかに扱いは変わったと思う。


 そして、咲ちゃんやおきよさんらとも結構話せたな。


 咲ちゃんは、始めはかなり話しにくそうにしていたが、言葉を重ねるごとに慣れてくれたのか普通に話してくれるようになった。やはりかなりの人見知りさんのようだ。そして、分かった事。予想通り、咲ちゃんは伝七郎ラブだった。俺と話してても全身からラブ臭出てるし。たまに砂糖吐きそうになった程だ。近いうちに伝七郎を闇討ちにかけようと思う。


 そして、お菊さんを呼び出した時にお菊さんが出れるようにしてくれた侍女さんを見つけた。名前を聞いて礼を言ったら、何か含んだ笑顔で「どういたしましてっ。頑張ってくださいね?」と言われた時には返答に詰まった。女ってこえー。それともおきよさんが特別なのか?


 などなど、細かい話はいろいろあったのだが、結局藤ヶ崎に着くまで千賀の話し相手を務めながら、侍女たちに混じって輿の横を歩く事となる。戻ろうとすると千賀がうるさいし。


 伝七郎も三人衆もまじめに将軍様してるというのに、いったい俺は何をやっているのだろうと思わなくもない。


 しかし、ほどよく肌を冷やす秋の風と気持ちよく照る太陽が悪い。働きたくないでござる。




 そして、更に二日。とうとう到着する、水島家藤ヶ崎の館のある藤ヶ崎の町。


 道中何がしかの妨害があるかと考えていたが、逆に気持ちが悪いくらい何もなく無事着いた。少々高台に上れば、すでに藤ヶ崎の町が視界に入る。


 町の周りは紅葉した山々に囲まれ、その山々にはすでに収穫の終わった棚田が並んでいた。はっきりと視認できた訳ではないが、おそらく小さな村が山裾あたりにできているのではなかろうか。


 町自体は盆地の中央部にある。俺達が来た北西に延びる道と南東に抜ける大きな道が町を貫いていて交通の便はよいだろう。


 また、町の中央を横切るように一級河川相当の大きな川が流れているのも見える。農業ばかりではなく、商業を発展させるのにも条件のよさそうな土地だ。


 他に特徴的と言えそうなのは、町並みはかなりきれいに区画整理されているという事か。ここからだと大通りが碁盤の目のように見える。大きな通りの近辺には……。あれは商店だろうか? 木造の表店(おもてだな)っぽいものがいくつも建ち並んでいた。裏手にも裏長屋っぽいものがある。以前何かで見た江戸の長屋のつくりによく似ていた。


 そして、町の中央部を少し離れると、表通りの店構えもやや格が落ちてくるようだ。この辺りはどこでも同じみたいだ。しかしながら、基本的に似たような構成で郊外まで長屋が建ち並び、その数から想像できる町の人口は決して少なくはないと思われた。少なくとも俺がイメージする江戸時代の村や町と比べても比較的大きい町に相当する。江戸の町そのものと比べてはいけないが、やはり大きい。


 他には、それら庶民の生活区域から少し離れた場所に武家屋敷街のようものも見えた。水島の館があるのもおそらくこっちの方だろう。


 正直目視で正確に測れるほど感覚が出来上がっている訳ではないが、それら庶民街や武家屋敷街の規模から察するに、藤ヶ崎の人口は一万前後ぐらいはありそうだった。


 ここ藤ヶ崎までくる道中に見た村や町の規模からすると、これは規模がとても大きいと言える。おそらく大都市と言える部類なのではなかろうか。


 村なら数百、下手すればもう一桁下ではなかろうかと思われるものもあった。そして、道中見る事が出来たいくらかの町も、人口が二、三千ありそうなのは一つあっただけだ。


 それはつまり、水島家はかつての本拠であった現在継直の拠点となっている土地の他にもそれ程の土地を支配していたという事になる。


 となると、水島家はそれなり以上に有力な地方領主であったのかもしれない。此度のお家騒動でその力はかなり衰退したと思うが。




 藤ヶ崎の町の目と鼻の先まで来ると、俺は陣幕を張るように兵たちに指示を出した。


 その場限りの休憩ではなく、道永と戦った時と同様しばらくその場に留まれるだけものを、町からやや離れた場所に、と。


 その意見を受け入れてはくれたが、伝七郎たちは不思議そうにしていた。当然それぞれが疑問を口にしたが、それには念の為、用心には用心を重ねて安全を確認するべきだという言葉で押し切った。細かい部分の説明こそしなかったが、その言葉自体は偽りを言ったつもりはない。


 そして、女子部屋ともいうべき千賀の部屋を幕で仕切り、そちらへ侍女たち含めて全員移動させる。司令部も同様に仕切りを作って用意した。正直、事がはっきりするまで、ここからの話を千賀やお菊さんにはあまり聞かせたくなかったからだ。


 皮肉な事に、こんな悠長な事が出来るのも継直が追撃部隊を全く出してきていないが故である。


 当たり前の事ではあるが、それ自体が怪しすぎるのだ。


『奴らの情報伝達能力がお粗末である』、『俺達が考えているよりも継直による旧水島勢および領地の把握が順調である』、『目の前が汚れているから拭こうとしただけで、こちらが思っているほど、継直の眼中に俺たちはいない』などの可能性もなきにしもあらずだが、何かを企んでいる確率の方が高いだろう。


 軍部首脳以外への説明の為に、連なり歩く軍隊をいきなり入れては町の住人を不安にさせるという建前を用意した。しかし、いずれにせよもう少し正確で新しい情報を集める時間が欲しかったというのが本音だ。


 お菊さんの親父さんの反応も何やら臭うしな。


 問題なしと、このまま全軍で、しかも主を連れて突っ込むなどと言うのは、どう考えてもリスクが高すぎる。


 故に藤ヶ崎方面とやってきた方向の前と後ろに再度偵察を出し、更なる情報を探るよう手配した。そして、こちらも再度という事になるが、それと同時に藤ヶ崎の館に使者を送った。


 まだまだ安心できる状況じゃないからな。用心をするに越したことはないのだ。


 こんなきな臭い状況でいつまでもニートごっこをしている訳にもいかない。ここは真面目に働かせてもらったさ。知恵を絞って、俺が考えうる限りの態勢を整えさせてもらったよ。さて、どんな目が出るかな?

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