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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第二章
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第二十四話 旅路 でござる

 すぐのすぐという事は流石になかろうが、追撃があるやもしれん。特に理由がなければ、危ないものからはさっさと逃げるに限る。


 水島千賀とその郎党の愉快とは言えない旅は、まあ大した問題もなく、目的地藤ヶ崎に向かって順調に歩を進めていた。


 念の為にと出した偵察も戻り、まだ藤ヶ崎が陥落していないのは確認されている。


 ただ、一つ気になったのはその偵察がその藤ヶ崎にいるという旧水島の宿将永倉平八郎と会えなかったと報告してきた事。


 千賀は主筋の娘。普通なら、何をおいても飛び出てくるだろう。


 その偵察が言うには、落ちてない事が確認されたので藤ヶ崎の館の門を叩いた所、永倉平八郎は今不在だと回答されたという。この報告はどうしても腑に落ちなかった。


 しかし、鼻を満たす枯草と土の匂い、そして、仄かに暖かい日差しが難しい事を考えるのは後にしろと語りかけてくる。


 こういう剥き出しの自然の香りって、現代社会の、ましてや都市部で生きているとものすごく縁遠いから、いざ出くわすとやはり感動を禁じ得ないものだ。これって多分人間が動物だって事なんだろうな。つまり、だ。




「かー。すごい田舎だな。すばらしいね。高く青い空。電線が一本もない田んぼ。点々と建つ今にも崩れそうなあばら家。ブラボー。ワンダホー」


 いやあ。これはわくわくするっしょ。これにわくわくしない奴は異世界トリップなんか望んじゃいけません。


 秋の風に稲穂が……とはいかず、すでに刈り終って稲わらが積まれている。干している最中のようだ。もう少し早ければ、電線など余分なものがない景色の中、秋風に揺れる黄金の波を見る事が出来ただろう。その点は少々残念だ。


 そして、空はどこまでも高く青く透き通っていた。大気を汚すものがほとんどない時代、あるいは世界ならではという所か。


 日本人の魂に刻まれた琴線に触れ、郷愁を誘わずにはおれない風景。今の日本じゃ絶対見れない景色だ。日本で見られるものは少なくとも空が死んでいる。


 海外ならば、あるいはまだ見る事ができる場所もあるかもしれない。しかし、残念な事にそこにあるのはあくまでも異国のそれ。


 その点ここはなんちゃって日本。完璧である。和で整えられた美が今この目の前にあった。


 とりあえず郊外は戦国時代や江戸時代辺りをイメージした感じと大差ないかな? 歴史の専門家辺りが見れば、これでも差異は認められるかもしれないが、少なくとも俺のイメージとは重なっている。


 ただし、軍が移動しているせいもあり、道や周りに人が出ていない。よって完全に景色だけの印象ではある。人々の生活臭が濃い町中は、また色々と事情が異なるだろう。


 文化ってのは人のいる場所に生まれるものだし、その特異性が見られるとしたら町中のような人が多い場所ほど顕著になるだろうからな。


 都市部を見るのが更に楽しみになったな。同じか、それとも違うのか。


「なんか、はしゃいでますねぇ。そんなに珍しい光景かなあ?」


 首を傾げながら、そう問うてくる与平。


「馬鹿野郎。この良さが分からん奴は髪の毛金髪にしろ。黒である資格はない。最近では外人さんでも分かる人は分かるというのに、なんと嘆かわしい事だっ」


 馬に乗れない俺は伝七郎の馬の尻の上にて、そう吠える。ただ、どうにも恰好が悪い。そのうち何とかしたいと思う。


 それはともかくとしてだ。熱い思いをお届けしたつもりだったが、まったく通じていない。いったい何の話だと、与平とその横の源太は顔を見合わせる始末。


 縄で後ろ向きに馬の尻に括られていれば、後ろにいる二人のそんな様子が手に取るようによくわかる。なんてったって顔が見えるからなっ。


 なぜこんな事になっているのかなのだが、理由は簡単だ。


 イケメンに抱きつくなんて嫌です。前向いてたらイケメンの背中しか見えないじゃないですかっ。


 出発前にそう力いっぱいごねたら、馬の尻に後ろ向きで固定されました。


 源太、お前容赦ないよね?


 馬の事なら任せてくださいと言って俺を括り終った後の、満足げに輝くお前の笑顔を見てたら、俺何も言えなかったよ。仕事をやり遂げた充足感でいっぱいだったもの。


 その源太は騎馬隊らしく馬の背にいた。額に星のあるなかなかのグッドルッキングホースに跨っている。たまに騎馬の首筋や(たてがみ)の辺りを源太が撫でると馬は気持ちよさそうに目を細めた。やはり騎馬隊たるもの馬と一心同体でなければならないのか、馬をとても大切にしているのも馬に信頼されているのも、各々の仕草からよくわかった。


 与平は徒歩で源太の横をついてきている。今は弓を携えていた。源太や与平の後ろ、ちょうど隊列の先頭ちょい後ろ辺りに千賀や侍女たちが弓隊と騎馬隊に囲まれるようにいるので、源太とともにその指揮に当たっているのだ。


 残る信吾も殿付近で槍隊の指揮を執っている筈だ。後方からの襲撃に対する万一の備えである。


 そして、俺の運転手である伝七郎は、隊の先頭付近で全体の統率や斥候への命令など総司令としての軍務をきびきびと熟していた。先の戦闘を経て、軍の総司令として自信もついてきたのか、若干風格も出てきたように感じる。大変すばらしい。


 そこでこの俺が何をしているのかというと、である。


 何もしていなかった。


 仕事したくないでござる。


 アウトドアニート万歳。あんだけ頑張ったんだし、少しくらい休憩しててもいんじゃね?


「また、よくわからない言葉を。それに俺の髪は生まれた時から黒ですし、だいたいどうやって金色にするんですか?」


 与平は己の頭に手をやりながら、そうぼやく。


「野菜の国を探す事から始めるがいい。ついでに七つの玉でも見つける事ができたら、改めて俺を呼んでくれ。お菊さんの腰巻でも所望するとしよう」


「さっきからいったい何を言ってるんです?」


 何を言ってるかまったくわからぬと与平。頭の上に山ほどのクエッションマークの幻影が見えそうな顔つきだ。


 そして、そんな与平を置き去りに、その横で真面目に問うてくる声がある。


「腰巻何ぞいったい何に使われるので? 手拭いですか?」


 随分とエキセントリックな意見だな、源太よ。見つかったらただではすまんだろ。そういう時は、せめて「神棚にでも飾るのですか?」と聞くのがマナーってなもんだ。


「取るに足らない戯言だよ。聞き流しとけ。それと源太。今の発言は女の前では絶対にするなよ? イケメンなお前はもしかしたら許されるかもしれんが、俺は確実に死ぬ」


 与平は元から雰囲気で喋っていただけだろう。耳から言葉がダダ漏れになっているのは改めて確認するまでもなかった。先程山ほど抱えていたクエッションマークの不良在庫は綺麗さっぱりなくなって欠伸をしている。しかし、源太はわかったようなわかってないような微妙な顔をしながら、「いけめん?」と更に首を傾げるのだった。


 平和な景色と取るに足らない雑談と。やはり、こういうゆったりした時間はいいものだ。たとえまだ安心できる状況ではないとしても、事が起こってそれに対応する為には心を休ませる時間も必要なのだ。


 だがっ。


「たぁ~けぇ~るぅ~っ。何たのしそうにはなしてるのじゃ~~っ? ひまなのじゃ。誰もあそんでくれないのじゃぁぁぁああ~~っ。こっちにきてたもぉぉおおお~~っ」


 そう、こいつがいるのだ。


 与平や源太のやや後ろ辺りにいる、雑木を組んで作られたと思われる簡易の輿の上で、千賀がキレていた。


 お嬢さん? この神森めは、ただいま馬の尻に括られた荷物なので、そう軽々に動ける状況ではないのですが?

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