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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第三百二十四話 幕 伝七郎(六) 白の館攻略戦 その二




「攻めたてよっ! 怒濤のごとく攻めたてよっっ!!」


 十五(けん)(※30m弱)ほど先で、信吾が兵を鼓舞する声が響く。


 相手方の兵糧を燃やし、そこに少しずつ減っていく米を放り込むことによって、敵方の同士討ちが武殿によって計画されたが、それは残念ながら失敗に終わった。これは、誰にも予想できなかっただろう。惟春がこれほどに兵を纏められるなどと一体誰が思おうか。今、その状況を目の前にしている私自身ですら、未だ信じられないくらいだ。


 それほどに目の前の扉は硬い。


 なんという粘りだ……。これはおかしい。惟春に、こんな戦い方など出来るわけがない。私は、何かを見誤っているのか?


 信吾が玄武隊だけでなく足軽隊も複数率いて扉に猛攻をかけている。


 しかし、抵抗がかなり激しい。もう食料も尽き、気力だけで戦っているはずだが、門扉を押さえる力が弱まることもなく、近づく者に容赦なく投げつけられる品々が減ることもない。その『品』が主に瓦礫であることからも、中が予想通りの状態であるのは間違いないはずなのに。


「伝七郎様、犬上様からの報告です。敵方は門扉の向こう側に泥を厚く塗っているとのことです。内側のことゆえ手は出せず、このまま火と打撃にて門扉を攻め続けるのか指示を仰ぎたいとのこと。白亜の壁の方の分配を厚くして、そちらからの突破に切り替えた方がまだ手堅いでしょうとのことです」


 壁の向こうは見ることが出来ないが、信吾の進言を聞く限り門に集中しているのだろうな。目の前だけでなく、反対側でも激しい抵抗にあっている以上、そこに敵の兵は固まっているとみるべきだろう。


 白亜の館を囲う白壁はかなり高く、そこを越えての攻撃など普通ならば現実的ではないが、いまの状況ではもう一度分散させた方が有効だろうか……。


「そうですね……。一度下がるように信吾に伝えて下さい」


「はっ」


 私の命を携えて、報告にやってきた兵がすぐに前方にいる信吾の下へと走って行った。


 そもそも、こういう籠もる敵と戦うなどという経験は今までの私たちにはなかった。武殿と出会ってから、こういう戦いもあるのだと学んだのだ。武殿はこの手の戦いを特に得意としているようだが、私たちではなかなか思うようにはいかない。


 しかし、その武殿は今はいない。迫る継直の増援を抑えこみに出ている。ここは、私が何とかしないといけない。それも、時間を使わずに……。




 白の館は、四方に門を持つ構造だ。そして、私と信吾を敢えて分けずに、正面から攻めかかっている。残りの三門は、中から外に出さないことだけを命じていた。


 足りない兵数を補うために、武殿とで決めた事だ。


 本来ならば、北は私が、東を信吾、そして西に武殿、南に柿屋殿という布陣で包囲戦に臨むはずだったが、これが出来なくなってそうせざるをえなくなった。


 あえて正面にこちらの戦力を集めて、敵側の戦力もそこに集中させる。それによって、他の場所の戦力を削いで、なんとか当初の計画通りに包囲戦の構えをとっていた。


 もし相手に少しでも余裕を与えれば、包囲を薄くした場所から食い破られる危険はあったが、そこの読み合いをなんとか制することができたのは流石は武殿といったところだろう。


 しかし、武殿でも惟春のこの粘りまでは予想できなかった。


 それはそうだ。こんなもの、一体誰が予想できようか。


「伝七郎様、申し訳ございません。出来れば、無理やりにでもこじ開けたかったのですが……」


 信吾はすぐに兵をまとめて門扉から退いた。反対側にも、同様の指示を出し、その様に動いている。


 戻ってきた信吾と共に、本隊も退いた。それまでと同様に遠巻きで館を囲み、持久戦の構えをとる。もっとも、本当に持久戦などする訳にはいかないが。


「お疲れ様です。いいえ、信吾の進言で正解ですよ。確かに何とか出来るものなら何とかしたいですが、無理をするわけにもいきません。ここで終わりではありませんからね」


「はい。武殿にも、流石に今回は援軍が必要でしょうし」


 信吾は少し表情を難しくしている。彼も、少し焦っているようだ。


 だが、その言葉に私は首を横に振る。


「いえ。それは考えなくても良いでしょう」


「は? いや、しかし……」


 信吾は少し困惑したようで、硬くしていた表情を困ったものへと変えた。


 もちろん、信吾の言いたいことは分かる。しかし……、おそらくそんなことは武殿自身が望まないだろう。もし援軍が必要ならば、ここを出る前に私に言っていっただろうし、その後に状況が変わって必要になったとしても、とっくに書状なり使いなりが来ているはずだ。


 それが来ていないということは、必要ないから来るなとの彼からの無言の指示だ。完全に包囲されていない今の状況で、彼から連絡がないということは、それで間違いないはずである。


 彼は、『神森武』なのだから。


「あの人が『なんとかする』と言ったからには、なんとかなります。なんとかならなければ、なんとかなるように某か言ってくるでしょう。それがないということは、なんとかできているということ。私たちがするべきは、武殿の下へと早急に駆けつけることではありません。武殿が継直の軍の動きを止めている間に、逆に継直の本拠へと迫ってみせることです」


 断言する。


 きっと……武殿がこの場にいたならば、そう私たちを諭すはずだ。


「……なるほど」


 胸を張って言いきった私に、信吾は一度目を見開いたが、すぐに先程までとは正反対の柔らかい笑みを浮かべた。


「そして、おそらく……それこそが武殿への最大の支援になるはずです。継直は私たちの隙を窺っていました。そして、もっとも効果的になる時を選び、こちらに攻め込んできています。しかし継直も、私たちよりは兵に余裕があるといっても、西で戦端を開き新たに領土まで得ている状況で、すべてに備えるなんてことは出来ていません。だから……、武殿は援軍を私に依頼しなかった。私たちを攻めるために見せた、継直の『横っ腹』を食い破らせるために」


「……まるで、武殿と話しているかのようです」


「そうですか?」


「はい」


「……だとしたら、光栄ですね。さて、そういう訳で、いつまでもここで足止めを喰らうわけにもいかないのですよ」


「はい。あと……、一つお耳に入れておきたいことが」


「どうしました?」


「だからどうだと言われると困ってしまうのですが……」


「はい」


 信吾は少し悩み言葉を濁しながらも、私に促されて言葉を続ける。


「敵方の士気といいますか……高揚感……といいますか。なんというか、雰囲気が異常なのです」

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