第二十二話 世界は俺を誑かそうとしている でござる
神森武です。この世界に来てから、もっとも厳しい状況に立たされております。
咲ちゃんらのご好意により、お菊さんを連れ出すのには成功した。心境的に複雑ではあるのだが、元々の目的を考えれば成功したで合っている筈。
そして今、そのお菊さんを連れて、陣の外、森の中を当てもなく歩いていた。お菊さんは何も言わず付いてきてくれている。
ああ、こういう時ってどう話を持ってけばいいんだよ。
こういう時こそヤリチンのイケメンどもは、俺たちみたいな背景に同化して生きてきた男の役に立つ義務があると思うんだ。空気を読んで教えに来るぐらいの気を利かせてくれてもいいと思う。
ああ、くそう。御免なさいするのはいいんだよ。問題は、どうやって御免なさいすればいいかなんだよっ。
完全に記憶が飛んでいる。しかし、与平の話を聞く限りにおいて、とりあえずスーパーセクハラタイムだった事だけは間違いない様だ。
この世界にセクハラなどと言う概念があるのかという問題はあるが、よく知らん男にいきなりキスされて喜ぶ女などと言うのは、古今東西まず存在しないだろう。
これがイケメンだったら、その数も希少種と呼べる程度には増えるかもしれない。しかし、俺の様にモテない男がやらかした場合、当たり前のように該当者ゼロから始まる。それが格差社会の常識なのだ。
いくら世界が変わろうとも、そこに男があり女があれば、これは変わらぬ不変の真理の筈。
そういう文化を持った世界があってもいいじゃないかと現実逃避したくなる。でも、未だ残る頬の違和感がそれを即座に否定する。
確かに文化が変わればそういう事もありそうだという所までは正しい。しかし、ここがそういう文化圏ではなさそうだという点を忘れてはならない。
……はあ。こんなどうでもよい言葉の羅列は止め処なく湧き出てくるのに、肝心のどう御免なさいするかがまったく出てこない。実に使えない脳みそだ。
この圧倒的なまでの女関係の弱さはどうにかならんものか。自分でもわかってはいるのだが、とかく経験値がなさすぎるのだ。
投げる事は得意だが、絶望的なまでにキャッチボールができない。経験ないからな……。だって、俺がボールを投げる時、女がグローブをしていた例がない。
敵さんの回避率百パーセントのマゾチートモードしかプレイした事ないのが痛すぎる。まったく経験値がもらえず、プレイ時間の割に経験値はゼロで固定されたままだ。
これでよく日常生活に支障が出ないものだと思うのだが、不思議と事務的なやりとりや日常会話でテンパったりした経験はない。
俺の中の何が反応してこうなるのかわからんが、とかくそうなった時の俺脳みそ程使い物にならんものもないと思う。
幼稚園の時の初恋の真理先生。小学校の時の裕子ちゃん、恵里ちゃん、美香ちゃん、洋子ちゃん。中学校の時の高梨、岩田、宮川。そして、最後に撃沈食らった早川。俺の輝かしい敗戦記録に名を連ねる無敵艦隊たち。
遭遇戦で敗れた相手の数に至っては、どこぞの吸血鬼なら今まで食べたパンの枚数で表現するだろう。
思い返せば、無敵艦隊な彼女らと対戦した時は本当に酷かった。当時、制御装置と演算装置と記憶装置の換装を心から願ったっけ。
くっ、小学生時代から全く成長していない自分に泣けてくるな。
はあ、もうとにかく御免なさいするしかないか。良い案が浮かばない以上是非もなし。
なんとかしなければ、ヒロイン不在で血生臭い道を行くだけの物語になってしまう。それだけは御免だ。
なりふりなんて構ってられるような贅沢な状況ではない。
やってみて後は野となれ山となれだ。どうせ失敗してもいつもの通りになるだけじゃないか。
倒れる時は前のめりにっ! よしっ、いくぞ。もう決めたっ。
「あー。お菊さんっ」
覚悟を決めて歩みを止めると、くるりと振り返り彼女の名を呼んだ。
彼女は立ち止まり、じっと俺の顔を見ている。その表情には特に激しい感情は浮かんでおらず、その心情をはかる事が出来ない。
ぐっ。弱い俺が『さあ全力で逃げようぜっ!』とサムズアップする。駄目だ。ここまで来てそんな事ができる訳がない。
少なくともお菊さんは付いてきてくれた。勝負するなら今しかないんだっ。
「お、お菊さんっ」
「はい」
「な、なんか色々と申し訳ございませんでしたっ」
「はい? 何の事でしょうか?」
「へ?」
おいおいおい、おいっ。これはどういう事だ? 今さら何の事とか言われても困るんだが?
「い、いや。何やら昨晩粗相したようで、そのう、あのう……」
酔っぱらってたので、とだけは死んでも言えん。言ったらまず間違いなくBAD ENDフラグが立つ。数々のギャルゲーとエロゲーをこなした俺の感がそう言ってる。
普通に考えて、その選択肢の終了臭は半端ない。絶対火にダイナマイトくべて遊ぶ様なもんです。
とは言え、この先どう話を持っていったらいいんだ? 難易度マジ基地レベルのイベントだろ。いったい俺にどうしろと?
困り果てた顔をした俺を見かねたのか、お菊さんは一つ溜息を吐くと言葉を続ける。
「ええ。そうですね。ああいうのはよくありません。女性に対して失礼というものです。酔った勢いでする事ではないと思います」
ごもっともでございます。
「でも、それ以上にですっ。武殿も男子ならば、もっと気を引き締めるべきでございましょう? 公的な場で酒に呑まれるなどもっての他。男子としては許されざる失態ですよ? 重々反省なされますよう。あなたはもう姫様の将。水島の重臣なのですよ?」
お菊さんは俺の目を見据えながら、指を振り振りお説教を続けている。
は? いや、言ってる事はほぼ正しい筈なのに何かが違うような……? 何が引っかかってんだ?
『気を引き締めるべき』。その通りだ。
『公の場で酒に飲まれるなど、あってはならぬ大失態』。面目ない。
『あなたは水島の将』。客将だが、まあこれも間違ってない。
『水島の重臣』。これも客将だから厳密には違うはずだが、成り行きで中央に大きく食い込んでしまったのも事実だろう。
どこもおかしくない。でも、なんだ? この違和感は。あってるのに何かが根本的に間違っているような……。あるぇ?
「武殿っ! 聞いておられますかっ!」