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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第三百六話 燃える町 でござる




 パチパチパチ――――


 神楽たちは、的確に敵が伏せられている建物を炙り出しては油を撒いて火を付ける。木造の建物は、その油を得て激しい煙と文字通りに身を焼く熱を発しながら燃え上がった。


 冷たい風に火の粉が激しく踊っている……。


 そして……その炎の勢いに我慢できなくなった隠れていた者たちは、不味いと分かっていても飛び出してくる。まるで、燻された蜂の巣の蜂たちのように。


「撃て!」


 そこに、俺の命令を忠実に実行してくれる重秀の号令が響いた。同時に引き絞られた弓が一斉に解き放たれる。


 こちらの武人がこんな戦をするのは、さぞ気が進まないだろう。でも、重秀は文句を言うことも、不快を示すこともなく、ただ黙って俺の命令を実行してくれている。


 磨きに磨かれた朱雀隊の斉射は、衝動に任せてただ飛び出てきた獲物たちを正確に射貫いていった。


 その撃ち漏らしを処理するために待機させている太助と吉次に、ほとんど仕事が残っていない。むしろ、延焼を防ぐために水を運んだり建物を打ち壊したりしている八雲の隊の方が忙しそうに動いていた。


 やはりというか、こちらが動きづらくなる場所での決戦を狙ってきていた。


 白の館までの道のりの半分くらいまで来ただろうか。もうすでに何カ所かのポイントで炎が上がっている。奴らがどれほどの伏兵を用意しているかは分からない。が、そろそろ終わりの筈だ。もし、それ以上に兵が残っていれば、俺たちとの戦い方を選べた。それができずに、今このように戦っている時点で、残っている敵兵数の限界は近い。


「伝七郎からの連絡が来る前に片を付けろ。」


 目の前でただただ一方的に、定められた一本道を歩く敵兵たちを睨みながら、俺は横にいる重秀に変更のない非情な命令を繰り返す。


「はっ!」


 即座に戻ってくる応答。そう答える重秀の顔は、横を向かなくても分かる。たぶん、普段と何も変わっていない……俺と同じように。


 太助や吉次は、重秀が撃ち漏らして逃げていく敵兵を、歯を食いしばり目をつり上げて背中から斬っている。あいつらも、もう分かっているのだ。こいつらは、もう『助けられない』と。


 俺たちには、今こいつらの降伏を受け入れるだけの余裕がない。もし何かあった時に対処できるだけの体力が軍に残っていない。もし彼らが心から降伏し完全に俺たちの指揮下に入れば、今後の力になる。が、そうではなかった時にそれに耐えられる体力がないのだ。


 おそらく、すぐに継直の軍が動き出す。あるいは、もう動き始めているかもしれない。


 見極めている時間もない。ならば、現有戦力のままで戦う方が良い。


 その戦力を極限まで温存する……その為に、俺は鬼にでも悪魔にでもなってみせる。


 それが、この美和の戦いでの俺の方針。


 新たな長屋に煙が立った。すぐに赤い光を放ち始める。それと同時に、寒風に舞う灰と煙の中を白い矢羽根が降り注ぐ。それは長屋の入り口に集中して落ちた。


 悲鳴と怒号が渦巻く。


 降伏する、助けてくれと声が聞こえる。


 でも、俺たちは……いや、俺はそれを無視し続ける。結果、彼らには焼けるか、射貫かれるか、斬り殺されるかの三つの未来しか残されない。


 すべては、俺の意思故に。




 一方的な『虐殺』が続いた。


 程なく、新たな炎が上がらなくなった。


「どうやら片付いたようですな」


 重秀が口を開いた。


「そのようだな。よし、すぐに隊列を整え直してくれ。伝七郎からの連絡はまだか」


「まだ来ておりませんな。しかし、あちらも時間の問題でしょう」


 重秀は伝七郎らが向かっている武家屋敷街の方に視線をやる。


 目の前の戦闘が終わってすぐに俺も確認したから見なくても分かるが、俺の視線もそちらに向かった。


 そちらもモウモウと黒い煙が上がっており、低い位置では目の前同様にオレンジ色の光が禍々しく光っている。


 どうやら、あちらも俺の案に乗ってくれたようだ。


 残っていた飯田某の館……門を兵で封鎖して、攻めかからずに焼けと言った。


 こちらの武家館は、基本的には攻め込まれることを考えて作られていない。だから、よく燃える。二水の町で俺たちの館が燃やされたことがあったが、あれで燃えなかったのは火を付けた者の技量が足りなかっただけだ。技術のあるものが意図的にやれば、全焼させることは大して難しくない。


 だからやれと言った。


 あいつらに武士の戦の常識を捨てろと言い、あいつらもそれを受け入れた。とはいえ、こんなことをするのは、あいつら的に決して望ましくはなかっただろう。俺だって思うところがあるんだ。あいつらならば、もっとの筈だ。


 でも、やってくれたようだ。


 重秀は俺の命令通りに隊列を整え直すべく、各小部隊に指示を出し始める。俺も頭を切り換え、『次』の戦を考える。ラストではなく、次という所が厄介だった。


 金崎家が誇る白の館は、目の前の長屋やあの家老の屋敷のようにはいかない。何せ、金崎家が水島家に対抗して『見栄』のかぎりを尽くして作った館だ。馬鹿デカイし、高台にあるし、外ッツラだけでなく何重にもなった漆喰の壁だの分厚い土壁だのもある。


 本丸は敷地のど真ん中。とにかく攻め辛い。同じ手は使えない。


 奴らは、意図なく『要塞』を作り上げてしまっているのだ。


 ほどなくして鬼灯も戻ってきた。もう、この町中の進軍に伏兵の心配はないと報告を受ける。町中から白の館までの道中はまた別だろうが、たぶんここに伏兵はないだろう。警戒を怠ることはできないが、先ほど敵兵を逃がさなかったおかげで、その可能性はグッと減っている筈だ。


 伝七郎の方にも某かの伏兵策はあっただろうし、先ほど討ち取った数も勘案すると、そうなるだろう。


 そんなことを考えていると、待っていた伝七郎からの使者がやってくると、膝を着き頭を下げたまま口を開く。


「ご報告致します。裏門より佐々木様、犬上様は飯田友康の館に向かって侵攻。道中長屋に隠れていた敵部隊に強襲されましたが、これを速やかに撃破。そのまま飯田友康に向かい、これを焼き払いました。このまま白の館に向かうとのことです」


 流石だよ、伝七郎。計画通りだな。


 こちらから向かうと、あいつらの方が先に着くな。


「分かった。こちらも伏せられていた兵を片付けたところだ。兵の損耗はない。俺たちも今から向かう。そう伝えてくれ」


「はっ。畏まりました」


「あ、多分あいつのことだから先走ることはないと思うが、攻めかかるのは待ってくれと伝えてくれ。現地に着いたら四方の門を封鎖。そのまま待機していてくれと」


「はっ」


 連絡にやってきた兵は、その姿勢のまま深く一度頭を下げると、足早に下がっていった。


 その兵の背中を見送りながら、鬼灯が進言してくる。


「さすがにあの館は力尽くで落とすには骨ですからね。ある程度まとまった兵力で攻めかかる必要があります。時間的にも……」


 鬼灯は空を仰ぎ見た。


 日が出ているわけではないが、すでに昼を回っている。


 今から勢いに乗って攻めかかるべきか、凍える冬の夜風に身をさらしながらも夜闇のアドバンテージを取るべきか、或いは……と、そんなことを考えているのだろう。


 その口調からは、少なくともこのままただ攻めかかるのはあまり望ましくはないのではと考えているようだった。


 俺は、そんな鬼灯に静かに首を横に振る。


「……いや、そうじゃない」


「そうではない?」


 鬼灯は目を丸くして、オウム返しに尋ねてくる。


「ああ。多分酷いことになるだろうな……。でも……」


 応える言葉の歯切れが悪くなる。我がことながら、未熟で嫌になる。もう何度も覚悟したはずだ。これをやると決めた時点で。


 己の未熟を感じずにはいられない。


 俺は気を抜くと頭を持ちあげる良心を振り払うように一度頭を振って、気を引き締め直して鬼灯に応えた。


「いや……うん。そうじゃない。攻めかかってくるとしたら、あいつらの方じゃないかな。……もし、そうならないようならば、俺たちは今度の戦いでは一兵も失わないよ」

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