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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第三百三話 神森武の思惑 でござる




 甚兵衛が天幕を出て行くと、ずっとしかめっ面をしていた太助が口を開いた。


「……気にいらねぇ。あんたなんで、あんなのを受け入れたんだ?」


「使えるからだ」


 俺が即答するのと同時に、鬼灯ははあっと大きくため息をついた。


「……まったく。この前ちょっと見直したのに、これだ。太助。あんたももう少し大きく見ることを覚えなよ」


「な、なんだよ。姐さん」


「いいかい? あの甚兵衛とかいう奴の腹の中はおいといて、この提案を受けると私たちは何を得られる?」


 鬼灯は駄目な弟に教えるかのような声で太助に尋ねた。ただ、以前よりも深い親愛の情のようなものを感じる。


「何を得られるって……新しい味方?」


 少し考えて返ってきた解答は酷いものだった。


 こりゃ、駄目だ。やはりこいつ、頭を使う事には向いていない。まあ、それならそれでいいけどな。こいつにも、こいつを支えようとしてくれている友がいるのだから。力が足りなければ吉次が手を貸してくれるだろう。およばぬ知恵は八雲が補ってくれるだろう。


 当然と言えば当然だが、太助の返事を聞いた鬼灯は盛大に脱力していた。気持ちは分かる。が、俺は黙って聞いていることにする。鬼灯姐さんのレッスンを拝聴しよう。


「ち・が・う。奴の話を受け入れて私たちが得られるものは『時間』、そして『失われるはずだった味方の命』だ。新たな味方なんかじゃあない。多分あれは、あんたが感じていた通りに敵だろうからね」


 ご名答。流石は鬼灯だ。


「え? 敵を受け入れようってのか?」


 鬼灯の言葉に思わずといった様子で俺の方を振り向く太助。俺は、そんな太助にニッコリと笑って頷き返す。


「その通りだよ。戦えば、大なり小なり犠牲は出るものだ。まして、籠もる敵の壁を突破しようとすれば、壁を一枚破るだけでも相当な犠牲を払うことになる。一枚なくなるというならば、それだけでも十分じゃないか。壁を破る為に必要だった時間も味方の犠牲も必要なくなるんだからな」


「おいおい。あれが敵だと分かっているのなら、当然その向こうには何かがあるってことだろ? そんな話を受け入れて、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫なんだよ、太助。そこにある罠に気づかずに飛び込めば、確かに危険きわまりない。だが、そこにあると分かっている罠など、恐れるに足らん。避けて通るなり、外すなり、食い破るなりすればいいだけだ。見破られた罠では、猪の子一匹獲れないよ。今度、与平にでも聞いてみな。一晩、獣の罠について熱く語ってもらえるぞ」


 太助にそう言って、鬼灯に目で続きを促した。


「いえ。出しゃばりました」


「いやいや、俺が言ってもこいつは右から左だからな。鬼灯に教えてもらった方が身につくかもしれん。後は頼んだ」


 それだけを伝えると、俺は再び口を噤む。


 鬼灯は少し困惑していたが、黙ってしまった俺を見て、再び話を続ける。


「いいかい? あんたは、あれが腹に二物ありそうだから気に入らないのだろうが、さっきも言ったようにあれはおそらくそれ以上さね。純然たる『敵』の可能性がきわめて高い――――」


「そう、そこだよ。あいつは俺も気に入らないけど、なんでいきなり敵なんだ?」


 太助は、鬼灯の言葉の途中で割って入る。しかし鬼灯は、そんな太助に不快感を示すようなことはなかった。代わりに噛み砕いて教えていく。


「もちろん、違う可能性もあるだろうがね。私は、少なくとも半々で敵だと思うよ」


「なんでだよ」


「まずは忍びとしての感……あんたも感じた通りに胡散臭さすぎる。町の中に軍を入れようってのに、なんで町の長が来なかったのか。そして、状況。実は、鏡島、久瀬、飯田といった家老らの屋敷周辺は派手に騒動が起きているらしいんだが、金崎の白の館周辺はやけに静かだと報告を受けている」


「なんだそれ?」


 太助は、鬼灯の言葉を聞いて首を傾げた。


「武様のお考えだと、継直の手勢もあの町の中にいる筈なのに、事ここに至っても目立った動きが見られない。多分、佐々木様の手勢を襲った時のように、実際は動いているんだろうけどね。でも、旗を立てて動いてはいない。私が知る限り、金崎家にはこの手の細工ができるような人物はいないはずなんだ。でも、他家から人が入っているならば、この前提は崩れる。多分私らがこちらにいることを含めての謀だろうね。でも、こちらに兵を送り込んでしまったのが不味かった……隠れ蓑に使おうとした金崎の『名前』に穴が開いてしまったのだからね」


 鬼灯の言葉が進めば進むほど、太助の頭上のクエッションマークの数は増えていくのが見えるようだった。


 ……やっぱ駄目か。まあ、こういった所はこいつの本分ではないし、これで太助を責めるのは酷というものだろう。


「太助。まあ、非常に『臭い』ということだ。今は、それでいい。ちなみに、鬼灯は控えめに半々だと言ったが、俺は九割九分惟春……いや、金崎家『本陣』からの使いだったと思っている」


「九割九分って……それ、ほとんど敵の手の者だと断言しているようなもんじゃねぇか」


「そうだよ。ただ、物証がないからな。鬼灯の言う通り絶対とは言えない。でも、状況は黒だとしか言っていない」


 もし、自分が今の美和の町の状況で金崎陣営にいて起死回生を狙うとしたら……と考えると分かる。


 家老たちが暴走したせいで、まっとうに俺たちを迎え撃って継直あたりの援軍を待つという方法は使えなくなった。となれば、残されているのは、こちらの力を発揮させないように戦うことぐらいしかできない。


 しかし、兵で囲う力はもう残っていない。


 そこを町で補うことにしたのだろう。どうせ一揆も起こっている。今更、町の者らの顔色を窺う必要もないからな。


 だから……注意すべきはそこに間違いなくあるだろう罠。狭小な場所での『伏兵による挟撃』と『火計』だ。


 いずれか、その両方か。それは蓋を開けてみないと分からんが、特に警戒すべきはこの二つってところだろう。


「あ゛、あ゛、あ゛~~ッ、もうっ。訳分からん!」


 太助はとうとう考えることを放棄し、癇癪を起こした。


 おお、なんか安心するな。


 目の前で癇癪を起こしている太助に、向日葵の笑顔の幼女がダブって見え、思わずほっこりしてしまった。


「まあ、まあ。難しい事を考えようとするなって。それは俺の仕事」


 俺は普段通りの軽い調子で太助に言った。


 しかし、一拍をおいてこいつの『主』としての顔を作る。大事な『臣下』を無駄な危険に晒さないように。


 そして、言葉をそのまま続ける。


「……そしておまえは、十中八九仕込まれている敵の罠で兵たちを無駄死にさせないように気を配って戦うのが仕事。言ってみれば、次の戦は火の中に飛び込んでいくような戦だ。そっちに集中してくれればいい。今のおまえならば、それはもうやれると俺は信じている」


 太助は、俺の言葉に反発することはなかった。急に真剣な顔をして言う俺に、太助もそれまでの雰囲気をしまって表情を引き締めただけだった。


 そして、


「……分かった」


 と俺の目を真っ直ぐに見たまま、ただその一言だけを口にした。

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