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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第三百一話 崩壊した秩序 でござる その一




 町中よりの襲撃を退けてはや三日、すでに通常の包囲に切り替えている。


 門と外界の間にある堀には二ヶ所の狭い通路しかない訳だから、今まで同様にそこを押さえておけばよい。大八車に先を尖らせた丸太を打ち込みヤマアラシのようにして、それを町の門に向けて何台か立ててやった。そして、その後方に高さ2メートル、縦幅1メートル、横幅10メートル程の弓兵のための射撃台を設置し、厳に警戒している。もう、馬鹿騒ぎはしていない。


 そんなこちらサイドの変化に対して、美和の町の反応は静かなものだった。この三日間、時に町中が五月蠅くなることがあったが、何のリアクションもない。何が起こっているのかさっぱりだった。門は固く閉ざされたままであり、町の外郭警備も厳しくなる一方である。


 でも。


「武様」


 さてどうしたものかと、閉ざされた南門を睨んでいたら、後ろから声をかけられた。


「どうだった? 何か分かった?」


「はい。ただ……」


 鬼灯は側までやってきて報告をしようとするのだが、どうにも難しい顔で首を傾げている。はっきりと顔に『困惑』の二文字を浮かべていた。


「何かあったの?」


「はい……なにせ遠見しかできないので細部までは分からないらしいのですが、どうも美和の町の中で勢力の対立が起きているらしく、軽い武力衝突まで起きているようです」


「潜入している神楽がやった……って事ではなさそうだね、その様子だと」


「はい。長や半次様はそのような指示は出していないそうです。ただ、そうなっているのは間違いないそうです。現状、鏡島、久瀬、飯田の各屋敷の回りで町人らと思われる者たちとの衝突が見られるとの事。また、金崎の館ですが、こちらにも町人たちが押しかけているようです」


「……禁断の品に手を出す方を選んだってか。鬼灯が首を傾げるのも分かるよ。正気の沙汰じゃない。ただでさえ、俺たちの包囲によって民の不満は爆発寸前だというのに」


 この世界のここらの民は、戦に巻き込まれることに対して耐性が低い。俺の知っている世界では当たり前に起こっていたことではあるが、こちらの武士らが戦を神聖化しすぎたせいで、民が直接的な『合戦』に巻き込まれるケースが激減したせいだ。


 それを利用しての封鎖だったが、まさか火に油を注ぐとは……確かに少々予想外だった。


 鬼灯の話を聞きながら、午後を少し回ったくらいの曇天の空を見上げる。しかし……。


「いえ。そこは……」


 鬼灯は小さく首を横に振った。


「あら? そこじゃないの?」


「はい。普通はありえないのですが、金崎領でならばこのくらいのことは起きても不思議ではございませんので」


 鬼灯は嘆息しながらも、はっきりとそう言い切った。不快な話だろうから、俺も今までに意味もなく根掘り葉掘り聞いた事はない。だから知らないが、どうも俺が思っているよりも金崎家の腐り具合は相当のようだ。


 でも、そうなると鬼灯は何に首を傾げているんだ? これ以上落ちようがないと思っていた過去の身内の評価に更なる下があって、頭を痛めているもんだと思ったのだが。


「となると……」


「今、金崎家の館も町人に囲まれておりますが、館は重臣らの屋敷と比べると静かなものらしいのです」


「重臣の屋敷は交戦状態?」


「との事です。それにも関わらず、館の方は民が押しかけてはいるものの、そういった状態ではないとか」


「惟春ってば、思っていたよりも有能なのか?」


「いえ、それはない……と思うのですが……。あの重臣どもと惟春……大した差はございません。それ故に腑に落ちぬのです」


 鬼灯は跪いた姿勢のまま、顔だけを上げてそう訴えてきた。


 まあ、確かにそりゃそうだな。惟春だけでもそこそこ有能ならば、自分たちはあそこまで苦労しなかったと、鬼灯は思っているだろう。


「金崎に、敦信以外で有能なのっていた?」


「いえ。上が上なので、有能な者、心ある者には難しい家でしたから……。私が知る限り、金崎家で本当に心も実力もあったのは三森敦信殿ただ一人です」


「そうか……その敦信はすでに俺たちの方についている」


 無事佐方の攻撃を退け、近日中に朽木に戻ると連絡が入っている。本当に有能だ。あれ程の男をあんな冷遇していたとか正気の沙汰ではないと思えるほどに。難しいと思われたタイミングの問題すらもばっちりで、俺が朽木に行くタイミングで次の用意もできているだろうし、同じく無事佐方を退けた爺さんの藤ヶ崎入りを見届けてのこの退きは、爺さんのこともしっかりと助けたことだろう。


 北の源太と与平は伝七郎が連絡を取ってくれていると思うが、急使が来ていないところをみるとあちらもおそらくは問題はない。


 つまり、今のところ俺の策は極めて順調と言える……目の前にあるもの以外は。


「はい。となると、一体誰が館の指揮を執っているのかと」


「なるほどね」


 この状況で、重臣が揃いも揃って我がことに懸命になっているという事自体どうかと思うが、確かにそんな事よりも俺たちとしてはそちらの方が問題か。


 力のある人物がいない筈の館が一番混乱を来たしていない……か。一応、重臣たちがいなくても館には惟春がいる。しかし、そうなるとその混乱を惟春が抑えこんでいるという事になる。


 鬼灯としては、それはないのではないか……と。


 惟春の覚醒以外に可能性があるとしたら、そこの指揮を執っているのは継直がらみの何者かだろうなあ。


 こいつが有能なのか。あの金崎家らしくない謀略も、こいつの差し金と思えば、色々とつじつまは合うな。


 どうやって食いついたのかは分からんが、とりあえず惟春を誘導できるポジションは確保したと見える。となると、やはり最後の仕上げが厄介になるか。


 ちらと視線を上げると、俺の顔をまじまじと見つめる鬼灯の視線とぶつかった。


 放置して悪いが、もう少々考えたい。悪いね。


 陣中を吹き抜ける風が強く顔に当たり髪をなびかせるが、それを無視して再び思考に戻る。


 三人いる重臣たちのうち、一番力を持っているのは鏡島っぽいな。久瀬、飯田の二人はその下でどっこいってところか。でも、それぞれが欲の皮を突っ張らせている。表面上はとり繕っていても、我が身かわいさでいつでも保身に走るだろう。というか、今現在の状況そのものか。


 ということは、この先は重臣たちは分裂するな。他所のことに心を砕くことなど、まずないだろう。そして、それはおそらくは惟春も同じ。ただこちらは、継直からの援軍という不確定要素がある。


 ん? あ、でも……。


「ん~」


 俺は再び、町の門の方を見る。


「何か気になるところでもございましたか?」


 それまで黙って見守ってくれていた鬼灯が、俺の思考を邪魔しないかと気遣いながら、小さく聞いてくる。


「ん? いや、問題ない。ただ……」


「ただ?」


 吹き付ける風が髪をさらい、目にかかって少々うっとうしい。それを首を振って払いながら、俺は鬼灯ににっこりと笑ってみせてやる。


「うん。俺の思惑ではまだもう少し時間がかかると思っていたんだけど、この分だと動き始めるのはもう時間の問題だな……とね」




 そして、その予感は的中した。


 その日の夜、俺たちの陣中に訪れる者があった。

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