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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
424/454

幕 惟春(一) 惟春




 ドンヒャラピーヒャラ――――


 日も暮れ、冷たい風がこの館にも吹きつけ始めた。暖をとる火鉢と体を温めるための茶を下女どもが持ってくる。


 が、そんなことまでもが勘に障る。


 油に火も灯され、本来は静かに凍える夜がやって来る筈なのだが、ひどく不快な太鼓や笛の音が耳を汚し、苛つかせる。


 おのれ、おのれ、おのれ……。あのような小物どもに、この金崎惟春が愚弄されるとは……。


「温いわッ。この馬鹿者がっ」


 ガチャンッ!


「ひっ……」


 運ばれた茶の温さが我慢できなかった。碗を壁に投げつければ、運んできた下女は怯えて儂の顔を見るばかりで、そんな態度も儂の心を逆なでする。


 下女は、さっと頭を下げると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


 本当にどいつも、こいつも。どうしてこうも使えないのか。


 この儂の町――美和の門前で、水島の者ども……あの佐々木伝七郎と神森武は突然宴会を開きだした。


 それもこれも、水島継直が兵を貸そうといって寄越した者どもが、ことごとく使えないからだ。


 宇和とか言ったか……兵だけを寄越して、本人は出て来ず仕舞い。泉なにがしとかいう将を一人だけつけて、あとは知らん顔……この惟春をなんだと思っているのか。


 それでも、その寄越した兵どもがそれなりに働くならば、まだ我慢もしてやろう。


 だがっ、寄越した兵を何度も何度もぶつ切れに佐々木伝七郎らにぶつけて、その度に敗北を重ねている。これでは、なんの足しにもならぬではないか。むしろ邪魔だ。


 もう我慢ならん。


「泉を呼べいっ!」




「なんじゃ、この有様はっ」


 館の奥――その一室に泉を呼び出し、開口一番で叱責する。


「なんじゃと申されましても。すべては宇和の思い描いたとおりに進んでおります。金崎様のご勘気にふれるような事は何も起こっておりませんが」


 しかし、目の前のまだ二十そこそこといった若造は涼しげにそう答えた。太々しい態度だ。


「何も起こっていないだと?」


 泉はうっすらと笑みさえ浮かべている。その笑みが、また癇に障った。


「はい。左様にございます」


 もし、このような状況でなければ、そのそっ首をたたき落としてやるものを……まこと、忌々しい。


「彼奴らの元に、我が主宇和の意を汲んだ者を送り込んだのです。ただ無意味に負け続けていた訳ではございません。時を見て、こちらから打って出たおりに、その者らは我らに呼応します。戦は、勝つべき戦に勝てばよいのです」


 泉はまるで噛んで含めるかのように説明する。この儂を、まるで赤子を見るような目で見ていた。


 領土を失い始めてから、継直より送られた者どもの態度は、はっきりと変わった。儂を軽んずる態度を隠さなくなった。


 いずれ見ていろ。儂にこのような態度をとったことを後悔させてやる。


 どいつもこいつも……儂は不幸だ。


 神楽が裏切り、三森も儂を裏切った。儂のために働くべき領民どもも、兵としてかき集めてもまったくやる気をみせない。


 更には、このような若造にまで馬鹿にされても耐えねばならぬとは……不幸などという言葉では言い表せぬほどだ。


 佐々木伝七郎に神森武……彼奴らに関わってから、碌な事がない。あのような武士の誇りを知らぬ者どもに、ここまでいいようにされるわ、このような屈辱を耐えねばならぬわ……ああ、口惜しや。


「はっ。賢しらなことを。まるで藤ヶ崎の連中の言いそうな事よな。貴様はそれでも武士か」


 儂のその言葉に、泉は眉をぴくりと動かした。


「……金崎様。その武士の誇りとやらで、貴方様は藤ヶ崎に勝てましたか?」


「貴様っ」


「我らが主は、継直様より貴方様に協力するように命じられております。私は、その宇和の命を受けてここに参りました」


「なれば、儂の命に従えばよかろうがっ」


「はっきりと申さねばならないようにございますな。我らは、貴方様の命に従うために参ったわけではございません」


「なっ」


「……無駄に『貴公』の為に命を落とす気はないと、そう申しておるのです」


「なっ……無礼なっ。貴様などに、貴公などとっ。誰かあるっ!」


 涼しい顔をして暴言を放つこの小僧の首を、即刻たたき落としてくれる。


 だが、呼べども誰も来なかった。


「誰かあるっ!!」


 誰も、来ない。


「貴様……どういうことだ?」


「どうも、こうも。そういうことにございます」


 泉は、儂の目を見据えながら再び笑みを浮かべた。


「……我々ばかりではなく、貴公の命に従う者はもうここには一人もいない」


「巫山戯るなっ!」


「では、主が呼んでいるのに誰もやってこないのは何故です?」


「それは……」


「御家中の方々は、すべて我々にご協力下さるそうです。彼らは分かりやすい。泥船には乗っていられぬとか。実に『人』ですなあ」


 ……なん……だと。


 その後、泉は低い声で儂に告げてきた。


「……貴公は自らの器を知った方がよろしい。家中も束ねられぬ器量だと。まずは、それを弁えよ。貴公の言に従っていたら、あの藤ヶ崎の者どもには永久に勝てませぬよ。百戦して百回負けます。それでも、せめて勝つ努力でもしようとするならば、まだ救いようがありますが……つくづく度しがたい」


「き、貴様っ」


 黙って聞いていれば、もう我慢ならん。


 横に置いてあった刀を抜くと、躊躇いなく目の前の無礼者の頭に叩きつける。


 が、


 キン――――


 泉は顔色一つ変えずに袂から扇を取り出し、儂の振るう刀の鍔元を受けた。奴の扇は鉄製だった。


「……お粗末。武士の誇りを謳う割には、鍛練が圧倒的に足りない。酒色に耽って緩みきったその体と武の腕では、武に自信のない私一人すらも斬れぬ」


 油の明かりが、儂と泉の影を揺らす。ギリギリと刃と扇が擦れ合う嫌な音が、部屋の中に響いた。


 だが、その時間は長く続かなかった。


 泉が手首を捻ると、儂の刀はあっけなく逸らされた。そして次の刹那、細身の泉の体からは想像しがたい強い力で刀を横に弾かれた。


 刀は、儂の手から離れて畳に突き刺さった。


「……大人しくしていれば、悪いようにはしない。よくよく考えてみるがよろしかろう」


 思わず呆然としてしまった儂にそう言い残して、泉は部屋を後にした。




 油が燃える炎は、儂一人が取り残された部屋でゆらゆらと揺れていた。


「誰かある……誰かっ、あるっっ!!」


 もう一度、叫んでみるが誰かがやってくる気配はない。


 やはり、あの若造が言っていた通りなのか。


 典親(※鏡島典親)、光政(※久瀬光政)、友康(※飯田友康)……重臣たちも、みな儂を裏切ったのか。


 あの者たちに、儂への忠誠心などないことは分かってはいたが、それでも『金崎』に対してはあると思っていた。が、それすらもなかったということか。


 ここに至ってみれば、色々と思い当たる節もある。


 鏡島は藤ヶ崎の侵攻を遅らせるべきだと強く進言してきたし、久瀬と飯田は継直の兵の受け入れによる利を懸命に説いてきた。


 そう言えば、ここ最近は女以外は館で見なかったな……。


 結局、儂はいいように踊らされていただけだったということか。


 ……ふふ。


「ふ、ふふ……ふ、わっはっはっ。金崎家当主っ、金崎惟春をようも……ようもここまで愚弄してくれたものよっ」


 くく……ふはは。


 よかろう。金崎の庇護を失って、お前らに何が出来るか。やってみるがいい。


 ……だが、奴らに飼い殺しにされるなど我慢ならん。


 先ほど弾き飛ばされ、畳に突き刺さったままの我が愛刀の元へと歩み寄る。そして、掴んだ。


「呪われよ典親。呪われよ光政。呪われよ友康。千年、万年先までも祟ってくれようぞ。そして、継直っ。貴様に絶望的な破滅が訪れんことを心の底から願ってやろうっっ」


 刃は腹に納まった。


 吹き出る血がぼたぼたと音を立てて畳に落ちる。口の中も喉奥から湧き出てくる鮮血で溢れかえっていた。


 その血を吐き出す。


 そして、もう一度声高に叫んだ。


「この血に関わりしありとあらゆる者に、大禍よ降り注げっっ」

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