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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百九十三話 因縁の戦い でござる その八


 俺は、狭間村を沈める水を用意するために『人工池』を造った。


 元々支流があった場所が堰によって遮られている土地があり、しかもそこが山に囲まれていてまるで天然の『器』のような形状をしていた。だから、大規模工事をすることなく、一時使える程度の人工池を比較的簡単に用意することが出来たのだ。


 しかし、その計画は道永が人質をとった為にそのまま実行できなくなった。


 とはいえ、これをそのまま失敗で終わらせるのはあまりにも惜しかった。


 このような必殺と言っても良い切り札を持って戦に臨めることなど、まずない。


 俺には諦めるという選択肢はなかった。


 だから俺は、奴らに確実な『死』をもたらす、この策を練ったのだ。


 道永の心理を操り、かつて『谷川』として水が流れていた『隘路』の奥に敵を誘い込み、そこに鉄砲水を流すことによって、敵に選択肢のない死を与える……この大水計を。


 元谷川の隘路を決戦場に選ぶことによって、上流で水を流せば確実にその場所まで水が来ることは分かっていた。その水は、行動に移せずに終わった『狭間村への水攻め』に使う予定だった水があった。


 問題は、その水をどうやって流すかだけだった。


 元々狭間村への水攻めでも、荒川に築かれていた堰の一部と、土嚢を使って堰き止めた部分を、蒼月の裂天の術――火薬で爆破することによって水を流すつもりだった。そこの部分は、狭間村への水攻めでも、今回の大水計でも同じである。いずれの水計も、前提条件として蒼月の火薬があればこそなのだ。そこは代替がきかない。


 そしてこの大水計では、狭間村への水攻め以上にタイミングが重要になってくる。


 決戦場からどうやって、その指示を出すのか……それがネックだった。


 携帯電話とか便利なものがないこの世界で、これは本当に難しい課題なのだ。


 狼煙のリレーでどこまでできるか……これは、正直賭けだった。


 だが俺は、その賭けに勝った――――。




「うわあああ」


「た、たすけ……」


 眼下の『谷』を土石流となった『荒川の水』が石巻らを呑み込む。奴らに逃げる時間などなかった。


 そりゃあそうだ。俺は、その時間も『奪った』のだから。


 この狭い谷に大軍を引き込めばどうなるか……。まして、密集陣形などとっていたらどうなるかなど、推して知るべしだろう。


 案の定、鉄砲水に気づいた先頭付近にいた連中は逃げようとしてふん詰った。そうして起こったパニックはパニックを生み、石巻の大部隊は為す術もなく土石流に呑み込まれていっている。


「武様!」


 石巻が呑み込まれて、なお勢い止まらぬ水の勢いを眺めていたら、後ろから声をかけられた。


 鬼灯だった。


「やあ、鬼灯。ごくろうさん。そっちはどうだった……って、お前がここにいる以上、聞くまでもないか」


「ご無事でよろしゅうございました……。街道の方には、武様が予想された通り、石巻衆の半分以上が伏せられておりましたが、山の中ならば我々の敵ではございません。しかし、交戦している途中で奴らはこちらに合流するような動きを見せまして、少々焦りました。結果として、まとめて流されたようですが……」


「なるほど……って、どうしたんだ? 顔色悪いぞ?」


 振り返って声の方を見た俺が見たものは、引き攣らせ青ざめさせた鬼灯の顔だった。


 鬼灯は、ハッとしたように小さく頭を一つ振ると、


「いえ、大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありません」


 と謝る。しかし彼女の目は、今もゴオゴオと音を立てながら崖の斜面を削り流れる水を追っていた。


 もう流れの先頭は隘路の出口を抜けているだろうが、未だ流れが弱まる気配はない。とはいえ、もう間もなく流れは弱まるはずだった。荒川の堰を直接破壊せずに人工池を造ってその水を流したのは、その為なのだから。堰を直接破壊してしまうと後始末が大変なのだ。


 堰によって人が使えるようになった土地は止めどなく押し寄せる荒川の水によって使えなくなるだろうし、破壊した堰の修復工事も非常に大変な物となる。これらの損害を最小限に抑えるには、『器一杯』分の水を流すのがベストだったのだ。


「このような手段をもって、平気で人を屠る俺が怖いか? お前たちに言わせると、これは戦じゃないものな……」


 なんとなく、鬼灯が何に怯えているのかは分かった。


 それが分かって、少々胸が痛む。


 とはいえ、理解も出来た。


 こちらでの戦の流儀を考えると、こんなのは邪道も良いところ邪道だろう。


 しかし鬼灯は、そんな俺の顔を見て慌てて大きな声を上げた。


「いえ! それは違います! ……あ、声を荒げて申し訳ございません。私はただ……」


「ただ?」


「ただ、私たちは恵まれた負け方ができたのだな……と」


 鬼灯は、観念したかのように呟いた。


「ああ……そういうことか」


 そういや、鬼灯とは命の取り合いを本気でやったんだったな……。


 そんなことを思いながら、改めてまわりを見回す。対岸の崖の上では、重秀と吉次が何やら話している。朱雀隊の者たちも、各々の思いを持って、眼下に広がる光景を眺めていた。


 こちらの崖の上では太助と八雲が並んで、やはり崖下をすごい勢いで流れていく茶色い水を見ていた。


「すごい……こんな戦い方もあるんだね」


 そんな八雲の感想が聞こえてくる。


「ああ……。これじゃあ、あいつら一人も助からねぇだろうな」


 太助も、いつになく真剣な声で八雲に答えている。


 実際のところ、どれ程を仕留められたのかは分からない。


 鬼灯の話によれば、街道に展開されていた者らもこちらに呼び寄せられていたみたいだから、石巻衆はほぼ殺ったのではないだろうか。


 となると……、


「……鬼灯」


「はっ」


「戻ってきたばかりですまんが、水が治まったら、敵が残っているかどうかを見てきてもらえるか」


 道永の野郎がどうなっているのかが気になるしな。


 少なくとも、奴が流されたところは確認できていない。奴以外でも、もしかしたら少しは残っているかもしれないし、この際綺麗に掃除をしておきたい。


「はっ」


 鬼灯は俺に一礼すると、すぐに何名かの配下を連れて様子を見に出ていった。

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