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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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幕 道永(三) 因縁の戦い その二

「頭! 水島の奴らの動きが止まったようですぜ」


 櫓の上から声がかけられる。


 とうとう、この時がやってきたか……。長かった、長かったぞ。ようやく、あの小僧の首に手が届く。


 こちらの準備は、すでに万端整っている。村の入り口には、騎兵が二十、槍兵が五十、儂の命が下るのを待っている。


 前を塞がれここに戻ってきたあの小僧がこれを見たらどう思うだろうか。怒り狂うだろうか、絶望し呆けるだろうか……いずれにせよ、良い顔をして欲しいものだ。その顔が見たくて、わざわざ兵を隠してやったのだから。相応に楽しめる顔をしてもらわないと割に合わぬ。


 女どもを連れて下がった神森武……今頃は、伏せられていた石巻衆百二十によって退路を塞がれ身動きが取れなくなっている筈だ。あとは、ここから儂らが出て行ってやれば、奴は前と後ろをとられる事になる。


 村を出てすぐのあたり――北西に延びる街道が貫く、あの小さな草原で進退窮まる事になるだろう。他にまともな戦が出来そうな場所は、この狭間村か、山一つ越えた辺りにある盆地しかない。


 こちらの方が兵数で上回っている以上、こちらはできる限り広い場所で戦いたい。


 なればこそ、丁度よい。小僧らは、あの草原に追い込まれるだろうから、こちらは『数』という武器を存分に使える。確かに小川、山の斜面、丘などで切り取られた小さな土地ではあるが、兵たちが槍を振るい、少頭数の馬が駆けられるくらいの場所はあるのだから。


 神森武が置かれている状況を改めて考える。あの者を確実に殺せるならば、この程度は大した手間ではない。


 小細工が好きなあの小僧が何をしてくるのかを考える。


 だが、何も出来ないだろうと思われた。


 儂が用意したに等しいこの戦場では、今までのように小細工を弄する事も出来まい。彼奴は兵を隠す事が好きなようだが、それも出来ぬだろう。地の利はこちらにある。


 あの日……、あの小僧を前に取り返しのつかぬ失敗をしたあの日……、儂はあの小僧を武人だと考えたからこそ辛酸を舐めさせられた。


 もう、同じ轍は踏まぬ。


 今度は、あ奴の番だ。あの小僧の得意な手で屠り、あの時受けた恥を濯いでくれる。


「頭、出なくて良いんですかい?」


 馬上で物思いに耽っていると、隣から声をかけられた。その声に我に返れば、他の者たちも、発されぬ出陣の命に、こちらの様子をチラチラと窺っている。


 まあ、こやつらに儂の心など分かるまい。臓腑が焼けるようなこの怒りを伝える術などないからな。喚き散らして誰かに当たれる怒りなどは大した事はない。不本意ながら、その事は存分に理解できた。


 だが、それもあと少しで多少は癒やされる。


「いや、出るぞ。――開門せよ! 石巻に追われている水島兵を挟んで潰す。騎兵は一当てしたら儂についてこい。槍兵は、騎兵の突撃で敵が乱れた所に更に突っ込め。こちらの方が数が多い。恐れず襲いかかれば、必ず奴らの足は止まるだろう。そうなれば、石巻の者どもが奴らの後ろに追いつき、奴らは終わりだ」


「「「応っ」」」


「この戦いを勝ち神森武の首を獲れば、水島はしばらくまともに動けぬ。村も町も襲い放題だ。金も女も好きなだけ奪えるぞ。武士として返り咲きたい者には、安住に話をつけてやる。神森武の首があれば、それも容易に叶えられよう」


「「「おおおおおぉぉぉ!」」」


「望むならば勝ちとれ! 奮闘せよ! ――出陣!」


「「「おおおおお!!!」」」


 ……単純だな。やはりこの手の輩を動かすには、欲を刺激してやるに限る。


 沸き立つ兵たちを見ながら、馬の尻に鞭を当てた。




 ……なぜだ。こやつは一体何をしたのだ?


「どうした爺。よそ見とは余裕かましてくれんじゃねぇか!」


 ブンッ――ガチィッ。


 ギリギチ、ギリギリ。


 真上から降ってくる神森武の刃。それをとっさに下から打ち上げ鍔迫り合いに持っていく。これといって才を感じぬ太刀筋ではあったが、それなりには鍛え込んでいるらしい。この寒空の下、額に汗を浮かばせ白い息を荒く吐いては、必死の形相で打ちかかってくる。


 もっとも、それでも神森武一人ならばどうとでもなるが、この小僧はどれほど煽られようとも平気な顔をして部下二人と共に儂を三対一の戦いに引きずり込もうとする。


 それだけに厄介だ。武人ならば武の誇りを第一にするものだが、この小僧にそれは通じない。


「シッ――」


 小僧の刃を受け止めた側から、次の刃が飛んでくる。


「ぬぅ……」


 ガチッ――。


 これも脇差しを抜いて止めると、この者たちから少し間をとった。


「……チィ。流石にしぶといな」


 目の前で小僧は肩で息をしながら、心底忌々しそうに吐き捨てた。


「ふん。それは儂の言葉よ。諦めて、さっさとその首を寄越したらどうだ、小僧」


「はん。あんたの目は節穴かよ。数は確かにあんたらの方が上だが、戦の天秤はまだ五分に揺れているぞ。俺が諦めねばならん理由がどこにある」


 そう。そこだ。


 糞忌々しい話ではあるが、この小僧の言う通りだ。


 儂は奴らの退路を断った。それは成功した。村を出た儂らの方へと、小僧らが全力で駆け戻ってきたことからもそれは間違いない。石巻の裏切りも脳裏を過ぎったが、その直後に石巻の者らが小僧らを追って後ろからやってきた事から、それはなかったとすぐに判明した。


 だが小僧らは、儂と率いられた者たちの姿を見ても、駆け戻る足を止めることはなかった。むしろ、さらにその足を速くして、騎馬の者たちは儂らの側面を流れるように動き、一隊は右回りで、もう一隊は左回りで儂らの部隊の回りを回った。


 その事により、草原にて待機していた儂の部下たちはみな、むしろ敵の大軍に包囲されているかのような錯覚を起こして浮き足立った。儂がどれほど声を張り上げ惑わされるなと叫んでも、所詮は野武士くずれの者たちばかりだ。攻撃する事は得意でも、攻撃されると驚くほど脆い。その弱みが顕著に出てしまっていた。


 自分の周りをまるで包囲するかのように駆けていく、『一』と『二』と書かれた真っ赤な旗に無駄な威嚇をするだけで精一杯だった。


 おまけに、そんな儂らに『三』と書かれた旗と、神森武の黒旗が突っ込んできた。

『八雲、無茶をするなよ。慌てず騒がず三対一だ』などと叫びながら。


 八雲……知らない名だった。だが、その名で呼ばれた小童は、あの小僧の命を忠実に守った。小僧と共に、儂らの動きを堅実に抑えこんでいった。そして、その隙に、『一』と『二』の旗が儂らの回りをぐるりと回って、逃げてきた方へと引き返していった。


 口惜しいが、この糞生意気な小僧の言う通りだった。


 数はこちらが上だというのに、なぜか形勢は五分……いや、むしろ押されている。


 このままだと『儂ら』は負けるかもしれない。


 だが、『儂』の勝利は未だ揺るぎない。


 まだまだ慌てる必要はないだろう。このままならば小僧らも相当な被害を出す事になる筈だ。それは、儂の勝ちを意味する。


 が……。


「……面白くない。儂はもっと、お前が苦しむところを見たいのだ」


 思わず、思いが漏れ出る。黒い覆面で口元が覆われているので、思いの外くぐもった声が出た。


「この変態が。脳みそ腐ってんじゃないのか」


 神森武は、儂のその言葉に心底嫌そうに顔を歪めた。


「付き合ってられんな。八雲!」


「はっ」


 小僧は『三』の旗の小童を呼ぶと、何やら指で方向を指し示しながら声に出さずに指示を送り始める。


 そして、それが終わると再びこちらへと向き直った。まわりでは今もなお戦闘は続いているが、儂らは互いの出方をうかがっていた。おかげで、戦場の中で完全に浮いた存在になっている。


「どうもあんたは俺に拘っているようだが、俺はいつまでもあんたと遊んでいる訳にはいかないんでね。やることやったし、そろそろ帰らせてもらうよ」


「……儂がそれを許すと思うのか?」


「許さんだろうな。だが俺は、あんたの許しなど求めてはいない。じゃあな」


 すごんでみせるが、神森武はそんな儂をさっさと無視して馬の口向きを変えた。


「引くぞ!」


 神森武が叫ぶと、奴の近くにいた兵がホラ貝を吹き鳴らし始める。すると八雲と呼ばれていた者とその配下が、先程神森武が指を指した方に向かって猛然と突進し始めた。


 そちらは南西の方角――街道へと続く北西方向とはまったく異なる場所。


 森の中にでも逃げるつもりか? 騎馬で?


 奴らが何をし始めたのか、咄嗟には分からなかった。ただ奴らのその行動に、迷いはまったく見られなかった。

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