第二百八十四話 一戦目は俺の勝ち。二戦目は…… でござる
「それで、捕まっている者たちの様子はどうだった?」
堤近くに陣取って、四日目の朝――俺は参謀室としてつかっている大天幕の中で神楽の忍びの一人と会っていた。
土袋――土嚢をつかって北東半里の地点の道を塞ぐ作業はあと二日ほどで目処がつく。突貫作業になったが、工兵たちだけでなく連れてきている兵全員で頑張ったおかげだ。
その作業中に、蒼月が神楽の忍びたちを連れて俺たちに合流した。
俺は彼らに道永の様子を更に詳細に探るように頼んだのだが、その報告をもって、一人の忍びが俺に直接報告に来ている。蒼月は、俺の指示で工事の指揮を執っている為、俺が直接聞く事になっていたからだ。
「狂った者たちの中には、すでに自ら命を絶った者もそれなりに。幼い娘や、比較的見目良い娘らは、村中央にある家に集められ、監視の下最低限の食事は与えられているようです。ただ、数日後には人買いに売り払われるかと……」
苦々しい思いが抑えきれずに、顔に出てしまっているのが自分でも分かる。
しかしそれでも、神楽の忍びは俺に頭を垂れたまま、ただ静かに次の俺の言葉を待っていた。最高に胸糞悪くなる話だというのに、このあたりは流石だと感心する。俺も、もう少し精進しないといけないのかもしれない。
気持ちを切り替えて尋ねる。
「その人買いの情報はどこから得たんだ?」
「同影の配下の者たちが、払い下げられた女を嬲りながら話しておりました」
「なるほど……」
こちらに神楽がいる事は、同影も知っている。俺たちを嵌める罠かと警戒したが、奴の配下が女を抱きながら……となると、その可能性はグッと低くなる。
野盗崩れの下っ端どもが、そこまで巧妙な偽装を施せるとも思えないからだ。道永から払い下げられた女で下衆な欲望を満たしながら口が軽くなっていたところを、こちらの忍びに言葉を拾われたと考えるべきだろう。
「それらしい一団が、実際に狭間村へ向かっているかは……」
「蒼月様の指示で、ただいま確認している最中でございます。それに関しては、今しばらくお時間を頂きたく存じます」
すごいな。本当に大したものだ。
もしかしたらぐらいの気持ちで聞いたのに、当たり前のように答えが返ってくる。
神楽を手に入れられた事が俺たちにどれ程の利をもたらすのか。想像も出来ない。
というか、だ。
惟春の奴は、いったい何をやっているのだろうか。
敦信といい、神楽といい、きちんと運用できていれば、俺たちは金崎一国で詰んでいた可能性が高い。こいつらを簡単に俺たちに奪われるとか、正気の沙汰じゃあないだろう。あいつは、自分が何をやっているのか分かっているのだろうか。多分分かっていないのだろう。分かっていたら、おっかなすぎてとてもやれる事じゃない。
「そうか……ご苦労様。蒼月に、もし多少でも疑わしい一団がいたら有無を言わさず捕らえろと伝えてくれ。時間がないから、今回は手順通りに指示を仰がなくてもいい。捕らえたという報告だけをくれ」
「はっ」
俺の指示を聞いた忍びは、音もなく立ち上がり天幕を出て行った。流石の身のこなしだった。
「フゥ……」
このところ休みなしで働いているせいか、若いこの体にも流石に疲れが溜まっている。そんな俺を気遣ってか、手の平で顔を覆ってごしごしと擦っていると、八雲が横から白湯の入った器を差し出してきた。
「お疲れ様です、武様」
「ああ、有り難う」
器を受け取って、一気に呷った。喉を落ちるまだ温い湯が、自分が思っているよりも乾いていた喉を潤してくれる。
「……それにしても、人買いなんかを攫ってどうするつもりなんだ?」
横で黙って話を聞いていた太助が尋ねてきた。
「狭間村から数日の距離というと、北は美和のあたりか。東は佐方領までいってしまうな。そして西は……」
「三沢のあたりで、南は北の砦あたり……。つまり、可能性が高いのは北だろうね。そこそこの人数を一気に運ぶとすれば、水路しかないよ。だから、美和方面が一番怪しい。荒川を上ってきているんじゃないだろうか」
吉次と八雲も、ともに眉を顰めながら、人買いが来る方向を予想している。
それぞれに、以前とは大分違う反応を見せていた。敦信の言ではないが、先が大分楽しみだ。
「そりゃあ、利用させてもらうのさ。……鬼灯」
俺は太助に簡潔な返事をして、鬼灯を呼ぶ。
「はい」
「頼めるか? 白か黒かをハッキリさせて欲しいんだ。手段は問わない」
「それは……私どもの流儀で、という事でよろしいのでしょうか?」
「うん、そういう事。可能な限り手違いはあって欲しくはないが、時間がないからな。多少手荒なことになっても構わないよ。それよりも確認を急いでくれ。で、黒なら……」
「黒なら?」
「入れ替わって、俺たちが買いに行く」
「……なるほど。承知致しました」
鬼灯は静かに頷いた。
どうすれば捕らえられている女たちを救出できるかを考えていた。彼女らがいる限り、俺たちは戦い方を相当制限されてしまう。
だから、人の情を捨てて知らなかったことにするという判断も、当たり前にありだったのだ。
しかし、それは出来ないと伝七郎と決めた。
如何せん、ここで負う業は俺たちではなく、千賀を穢す。
俺や伝七郎が汚れるだけならば十分検討の余地があるが、まだ幼い千賀にそれを背負わせるのは受け入れ難かった。
いずれは清濁併せ呑める器に育って欲しいとは思うが、そこまで育つ前に汚すつもりはない。これは、俺と伝七郎に共通する認識だ。
となると、知らなかった事にする次に楽な方法は、いずれやってくる人買いに女たちを買わせて、狭間村から出たところで襲って奪うというパターンになる。
要するに、人買い商人を山賊が襲うというシナリオだ。
なにせ人買いだ。山賊に襲われても文句は言ってこない。来られる訳がない。だから、当初はこれを主軸に計画を練っていた。
だが、どうせなら、もう一踏ん張りしたい。欲が出た。神楽が優秀であるおかげで、人買いが村に入る前に準備を整え襲えるだけの余裕が出来たのだから。
元々の策通りであれば、人質を救出した後で、手ぐすね引いて待っている道永を俺たちは改めて攻略しなくてはいけなかった。
しかし、神楽からもたらされたこの情報で、もう一手同時に打てるようになった。
だから、少しシナリオを変えたのだ。
翌々日、八雲の予想は的中し、荒川を上る怪しい商船を神楽によって捕捉された。そして、俺たちの陣まで連れてこられ、鬼灯が吐かせた。
黒だった。
どのように吐かせたかは具体的には聞いていない。が、何人かがしばらく治療が必要な状態であると聞いている。
それに関する報告を持って、鬼灯は俺の部屋を訪れていた。
「依頼状です」
「奴らがよく書いたな」
「知っている事を洗いざらい吐かせる為にそれなりの方法をとる事になったので、ついでに書かせておきました。二度脅す手間をかける必要はございません。お納め下さい」
かなりキツめの拷問にかけたか。
「そっか。有り難う。助かるよ」
「いえ。武様のお役に立てたのならば、何よりにございます」
「役に立てたなんてもんじゃないさ。感謝している」
俺は、鬼灯に軽く頭を下げた。すると鬼灯は、少し慌てて俺に頭を上げるように言ってきた。
「いけません、武様。私などに頭をお下げになっては」
「別に良いさ。感謝の意を示すのに、上だ下だはないよ」
「武様……」
鬼灯は何かを噛みしめるように、静かに目を閉じて頭を下げてきた。
そんな鬼灯に、もう一度礼を言って、差し出された書状を開く。
「……うん、完璧だね。これならば、面が割れていない人間を派遣すれば、罠の内側に簡単に潜り込めそうだ」