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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章

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第二百七十七話 裂天の術 でござる その三

 俺と蒼月は、互いの持つ『本当の情報』の擦り合わせを行った。


 その結論は、やはり『使える』だ。


 火薬製造という視点からは硝石に関する失伝は致命的ではあるものの、失っている情報自体は微々たるものだった。


 火薬の製造工程では付きっきりになる事も覚悟していたが、そうなりそうもない。硝石を手に入れる方法さえ伝授すれば、蒼月の話を聞いている限り、ほぼ神楽に伝わっている技術だけでなんとかなりそうだ。


 それに、発破技術に関しては、きちんと伝わっていた。これは本当にラッキーだったと思う。


 俺には、火薬を作る為のいくらかの知識はあれど、効果的に使う為の技術がまったくない。もちろん、ある程度はネットで調べてある。しかし、発破の技術なんて、火薬の調合以上に、文字だけではどうにもならなかった。


 ある程度の規模で爆破実験を行わなければ、経験を積むこともままならなかったのだ。


 しかし、あちらの世界にいた頃にそんな事をしていたら、速攻で警察にしょっぴかれたに違いない。だから火薬をこっそり作ったものの、そこまでで断念するしかなかった。


 やれたのは、爆竹サイズの爆破実験までである。それでも、結構危険な橋を渡ったのだ。


 だから、密閉をして圧をかけた上での本格的な爆破テストは、そこまでしかした事がない。


 しかし、こちらの世界ならば、その手の心配は皆無だ。俺の今の地位ならば、千パーセント問題ない。神楽とともに研究を進められる。


 時は来たのだ。


 火薬を製造して爆破実験をしたくらいで俺を捕まえに来る役人などいる訳がないし、また俺自身がすでに国という組織に深く組み込まれている為、この先進的すぎる技術を危険視されて命を狙われる心配もない。


 出来た火薬を使う技術も持っている神楽とともに、本格的な火薬技術の研鑽をしていけば、間違いなく強力無比な切り札を一枚手に入れられる事だろう。


 まさに、時来たれりだ。


 とはいえ、『比較的容易』に出来そうだというだけで、想定される障害がまったくない訳ではない。決して、楽な仕事にはならない筈だ。


 ちょっと考えるだけでも、大きな壁が二枚立ちはだかっている。


 かつてこっそり黒色火薬を作った時には、高純度の粉末状の硝石を簡単に入手できた。しかし今回は、濃縮も必要になるだろうし、原料をなるべく同粒経になるように、がんばって摺らなければならない。


 この工程が極めて危険だ。


 これが一つ目だろう。


 そして二つ目は、それを効果的に使う技術である。こちらは、材料の問題以上に厄介と言える。


 いくら蒼月がその技術を持っていると言っても、蒼月とて潤沢な火薬を使って経験を積めた訳ではない。術という形で、俺よりも遙かに多くの知識を得ているといっても、だから問題なしというほど火薬の取り扱いは容易ではないのだ。


 専門の技師たちが取り扱ってさえ、火薬を扱えば事故は起きてしまうものである。簡単な訳がない。蒼月……神楽ならば問題が起こらないと考える事など出来る訳がないのだ。


 勢いだけで火薬を扱う訳にはいかないのである。事故発生、大爆発で神楽壊滅とか洒落にならない。


 安全管理のされた市販の爆竹程度ならば、握った手の中で誤爆させても血豆を作る程度で済むが、戦で使い物になるレベルの物を作ったり実験したりすれば、もし事故があった時には大惨事確実である。手足がなくなる程度、飛んでくる破片で片目を失う程度で済めばいいが、命を失う確率の方が高いだろう。


 それでもやるしかないが。


 危ない……で捨てるには、火薬は惜しすぎるから。


 しかし、本格的に手を出す時期は考えなくてはならない。少なくとも、すぐのすぐという訳にはいかない。慌ててやっても出せる成果はたかがしれているし、何より、そのわずかな成果を出す為に必要以上の犠牲を払う事になるのは許容できない。


 それに……だ。問題はそれだけではない。


 目先の話までならば、この二点が大きな課題と言えるが、もっと先まで見据えれば、もう一つ大きな問題が立ちはだかっている。


 火薬の調合に成功し発破技術を煮詰める事ができても、火薬を大量生産して軍略に組み込めるレベルまでに持って行くには、材料の安定的な供給が絶対条件になる。これだけの手間暇犠牲を払って手に入れようという切り札だ。そこそこの回数使える札でなくては話にならない。


 その為には、あちらの世界の戦国時代でもそうであったように、硝石の入手方法がネックになってくるのは分かり切っている。


 火薬の製造に向く木炭や、硫黄は比較的簡単に手に入る。


 材料の植物もあれば、火山もある。硫黄の濃縮に少々手こずるだろうが、なんともならないという事はないだろう。


 しかし、硝石は大量に入手する術がないと言わざるを得ない。


 1、硝石がとれる山を見つける。

 2、この世界でも可能かどうかは分からないが、海を手に入れて海外との貿易により入手する。

 3、硝石を生産する。


 そこそこの量を用意する方法はこのあたりしかないが、どれも現状容易とは言い難い。


 こちらの世界は、元の世界とは違う世界だから、もしかしたら硝石が産出する山が沢山あるかもしれない。が、ほぼ期待はできないだろう。もしあるならば、もうすでに、それなりに使われてきている筈だからだ。


 こちらの人間だって、技術レベルこそは戦国日本並とはいえ人間が馬鹿な訳ではないのだ。今もって火薬が忍者の里の秘術扱いになっている現状を考えれば、推して知るべしだろう。


 海外との貿易は考えるまでもない。


 塩がないと慌てている俺たちに選べる選択肢ではないのは明らかだ。仮に港を手に入れられても、相手を見つけて国と国で貿易を始められるのは、遙か未来(さき)の事と言わざるを得ない。いずれは考慮したいが、少なくとも近々どうにかできる話ではない。


 だから現実的な路線としては、自前で作る……という事になる。


 そして、俺はその方法も知っている。


 しかし、いくらすでに結果のでている知識を使わせてもらうといっても、専門家でもない俺の穴だらけの知識から現実に生産できる所まで昇華させようとするならば、たくさんの時間をかけて多くの成功と失敗を繰り返す必要がある。そもそも、すんなり成功しても産出されるようになるまでに最短で数年かかるという方法だ。将来の話としてはこの『生産』という考え方は重要だが、目先の話としてはまったく用を足さない。


 結局、直近の話としては、大量の硝石を安定的に手に入れられる方法はないとするしかないのだ。


 少なくとも継直との決着をつけて一段落する所までは、安直だがやはり便所の土に頼るしかないのである。


 とはいえ、今はそれで十分だ。たとえ戦略レベルで使えなくとも、戦術レベル――一戦局をひっくり返す分くらいは用意できるのだから。




「……という訳さ」


 俺は、蒼月が更に集めてくれていた狭間村周辺の情報を元に、今回道永とどう戦うかを蒼月に語った。


「むう……」


 蒼月は、目を大きく見開き、俺の顔をまじまじと見つめてくる。


「な、なんだよ」


「いやあ、本当にすごいですな。ただならぬ……とは、今までも思っておりましたが、我々は貴方様を相手によく頑張ったと思います」


 火薬の製造法。材料の調達法。その使用法。そして、今回の戦にそれをどう応用して使うか――。


 それらを語っていったら、変な感じで感心されてしまった。


 特に、裂天の術の欠点に言及し、それへの改善案を提供した下りで、蒼月の目の色が更に変わった。


 神楽の『裂天の術』の致命的な欠点――それは、防衛の為の術だという事だ。攻める戦には不向きなのだ。


 裂天の術は、埋めた火薬の上にいる軍を吹き飛ばす術である。防衛戦では極めて効果的に敵を屠れるが、攻撃には向かない。


 なぜ、そんな事になっているのか。理由は簡単だった。


 導火線がなかった。


 裂天の術の発破は、縄と蜜蝋を使う時限発破だったから。


 これはこれで感心させられたが、蒼月からも説明された通り、必殺の術ではあるが確かに守勢の技だったのだ。


 だから導火線の導入と、小瓶での投擲を提案したら、この反応である。


「いや、そこまで感心されるとこそばゆいがね。まあ、とにかく、そういう事。火薬……炸砂に火をつける方法として、さっき説明した導火線を使えば、もっと簡単に火をつけられる。そして、火薬を詰める壷も小さくすれば、投擲も可能だ……もっとも、投げたら『術』といって誤魔化す事が出来なくなるから、敵味方ともに戦場にいる者すべてを殺さないといけなくなる。どうしたってバレるからな。だから、現段階では投げて使う訳にはいかない」


 戦場には神楽だけではない。俺たち水島の兵も沢山いる。そして沢山いるという事は、いろんな人がそこにいるという事である。何かがあれば、秘密が漏れる。場合によっては、敵の皆殺しは検討するが、流石に味方もとなると慎重にならざるを得ない。


「……なるほど。確かに貴方様は、我々に近いお方ですな。怖い事を平気でおっしゃる」


「秘密を守るには、それしかないからな。お前たちにとって、裂天の術ってのは、そういう技なんだろう? まあ、だからやれないって話だから、とりあえずは聞き流しておいてくれ。ただ、この投擲できるようにするってのは、やっておいた方が良い。実際に使う使わないは置いておいてな。間違いなく有効だよ。必要な技術もそんなに難しくない。導火線は炸砂を紙で巻くだけだし、本体の小型化は壺ではなく小壺を使うだけだしね。損はないよ。」


「はっ。そこまでご理解いただけているならば、私も安心して術を使えます」


「すまんね。少なくとも、今度の道永との戦いには、神楽にとってとっておきとも言える残っている炸砂を使ってもらわねばならない」


「いえ、問題はありません。先ほど教えていただいた厠近くの土から本当に硝砂が作れたら……でよろしいのですな?」


「ああ。本当に出来るのかどうかが分からないと、いくら主家の頼みったって軽々に提供できないだろ?」

 

「……本当に、我らは良い主に巡り会えました。感謝いたします」


 蒼月は、深く頭を垂れた。


「もう何回目よ。良いって。顔を上げて。だいたい、俺の方が感謝しないといけないのだから。炸砂……火薬ってのはさ、お前も知っている通りに本当に危険な品だ。これの製造技術や使用技術を磨いていこうとすれば、相応の犠牲が出る。それを承知で受け入れてくれる者なんて、そうはいないよ」


「有り難い……。必ずや、我々は武様のご期待に応えてみせます」


 俺を見つめる蒼月の目に、俺たちの間で赤く燃えている炎が静かに映っていた。


「有り難う。じゃあ、術の事はよしとして、道永との戦いに備えてもう少し話を詰めよう。まずは、捕らわれている狭間村の者たちだが――――」


 障子の向こうが暗くなるまで、俺たちは二人で話を詰めていった。

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