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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百七十六話 裂天の術 でござる その二

 最初は目を見開き、驚きを露わにした。しかし読み進めていくと、時間が経てば経つほどに、蒼月は顔を青くしていった。


 やっぱり……。


 裂天の術――


 鬼灯の話では、天を割るような轟音とともに一軍すらも吹き飛ばす……との事だった。


 この話を聞けば、元いた世界でそれなりに教育を受けた人間ならば、必ず想像する物がある。俺も例外ではなかった。


 それは――火薬。


 裂天の術とは、火薬を使った技なのではないのかと。それが真っ先に頭に浮かんだ。


 こちらの技術レベルを考えると、仮にあっても黒色火薬だろうと見当をつけた。


 そして、それで正解だったらしい。俺が書いた裂天の術の種あかしを読んだ蒼月の様子が、それを肯定している。


 こちらでは、火縄銃はおろか、火薬すら、その存在を耳にした事はない。


 しかし、あったのだ。


 よもや忍びの里の秘技として存在していたとは、流石に予想もしていなかった。


「武様。お教え下さい。なぜ、貴方様がこれを知っておいでなのです。鬼灯は、貴方様の勝利の為にと術の存在を教えたようですが、この術だけは我が里の秘中の秘。この里を開いた初代様から今までで、数回しか使われていないほどの技なのです。にもかかわらず、なぜ貴方様が『中身』まで知っておられるのですかっ」


 蒼月は、真剣な表情で激しく問うてきた。目は大きく見開かれ、まっすぐに俺の目を見つめている。


「蒼月がこれほどに狼狽えるって事は、それの内容は、ほぼ当たりだったか」


 俺は視線で蒼月の手にある紙を指す。


「ほぼ、ではございませぬ。まさに書かれている通りの術にございます」


 蒼月は、俺に対してはこの件について隠せないと踏んだのか、とぼけずに大きく頷いてみせる。


「そっか」


「はっ。それで……」


 その代わりに、なんとしても俺がなぜ知っているのかを知りたいようだ。なあなあで済ますつもりはないらしい。


「ん? ああ、なぜ知っているのか、か」


「はい」


 先ほどからずっと視線を逸らさない蒼月を見据えながら考える。


 この質問に答えるには、俺も俺の秘密を明かさねばならない。


 ――――俺が異世界よりやってきた事を。


 水島家中では知っている者は知っているが、家の外にはほとんど真実は漏れていない筈だ。特別秘密にしている訳ではないが、なにせ、どう利用されるか分からない。だから、大々的に触れ回ってはいない。


 俺という存在は、一般的には未だに閃光とともに現れた何者かという事になっている。


 仏かなにかの顕現だなんて話もあるが、結局世間で語られているのはそんなオカルトチックな話だけだ。もっとオカルトチックな『真実』はまったく出回っていない。


 そりゃあ、そうだ。今のこの世界の人たちにとって、異世界人なんて神や仏よりも遠い存在なんだから。想像の範疇の外だろう。おもしろ可笑しく語るにしても、枠から外れすぎている。


 さて、どうするか……。


 俺の頭が損得勘定を再計算している間も、蒼月の話は続く。


「裂天の術に関する詳しい事は、鬼灯は当然として、次期頭領である息子半次にも、まだ教えてはおりません。それなのに……。貴方様は、これをどこでお知りになったのですか。もしや、初代様に術を伝えたという大陸ゆかりの……」


 蒼月は、どこか期待を込めたような視線を俺に向けてくる。


 残念ながら、そうじゃない。そうじゃないが……。


 ん~、神楽の初代の長に伝えたのが異世界人の可能性か……。


 いや、多分違うな。大陸の~って言っているし、おそらくは本当に大陸の人間だろうな。某かの経緯から、この里の初代に大陸由来の火薬の技術を伝えたのだろう。


 大体、俺の他にも異世界の者がこの世界に落ちているなら、もっとそれらしき痕跡が残っている筈だ。少なくとも、俺はこの世界にて、そんなオーパーツには出会っていない。


 そんな匂いのする変なものは、天皇家の代わりにあるという、変な名前の人物と家くらいだ。いくらなんでも、天皇家の代替品がこんな僻地の小さな山里と繋がっているなんて事はないだろう。


 うん。列島の外に大陸があるというのも、あちらの世界と変わりないようだし、やはり向こうの世界同様に大陸伝搬の線が濃厚だろうな……火薬なんて先進的な技術が、何故こんな里に伝えられたのかは蒼月に聞いてみないと分からないが。


 とりあえず、まるで藁にもすがるような期待に満ちた視線を向けてくる蒼月に向かって、首を横に振る。あきらかに、蒼月の様子がおかしいから、ここははっきりとさせておかねばならない。


「いや……違うよ」


「そうでございますか……」


 蒼月は、はっきりと落胆した。やはり蒼月は蒼月で、なにやら事情があると見える。


 ……となると、だ。


 よし、腹を括るか。


「でも、分かった。それほどの情報を与えてもらった礼として、俺も俺の秘密を話すとしようか」


「武様の秘密……にございますか」


 話す声の力が少し弱くなっている。相当にがっかりしているらしい。顔はいきなり何を……という顔をしているが、その声は実に弱々しいものだった。


 蒼月は忍びの頭領だ。その蒼月が、これほどにはっきりと感情を伝えてくる事など、とても珍しい。それほどに、初代蒼月に裂天の術を伝えた人物と俺が縁がなかったというのがショックだったようだ。今も、視線が床に落ちてしまっている。


 勝手に期待して勝手に失望したと言えばそれまでだが、蒼月にとってそれほどの事だったのだろう。


 だが、蒼月……もしかすると、落胆するのは少々気が早いかもしれない。


「ああ。でもこの話、普通に聞けば馬鹿にするなと怒り出すような話だがね。だけど、馬鹿にするつもりも、誤魔化そうとする気もない。それだけは前置きさせてもらおう」


「はあ……」


 蒼月は、先ほどのショックを引きずっているのか気のない返事を繰り返している。ただ、ゆっくりと視線を持ち上げてはくれた。


「うん。別に難しい話じゃないんだ。俺はね、この世界とは別の世界からやってきた人間なんだよ」


「別の……」


「うん。そして、そこには裂天の術の肝である薬が普通にあった。俺は、その製法を知っているんだ。渡した紙に書かれていた『火薬』という薬の作り方をね。つまり俺は、裂天の術自体は知らなかったが、その肝となる薬についての知識は持っていたと、そういう訳なんだ」


 流石の蒼月も、この突拍子もない話には目を丸くした。しかし、再び激しい興味をしめした。


 やっぱり、そうか。


 なんとなくだが、蒼月の態度から術の一部が失伝しているのではないかと思ったのだが……この様子では、その読みで当たりのようだ。


「……菊、鬼灯、銀杏。すまん。ちょっと込み入った話を蒼月としなくてはいけないようだ。悪いが席を外してもらえるか」


 俺は、その蒼月の様子を見て、菊等に声をかける。


 すると、菊はすぐに頷いてくれ腰を上げてくれた。鬼灯も続く。銀杏は、すこし未練があるようだったが、流石にこれ以上は自分が聞いていい話ではないという事は分かっているらしく、一番最後に腰を上げた。


「では私たちは、お先に失礼させていただきます」


 菊が代表して、蒼月に声をかけた。


「申し訳ございません、菊姫様」


 蒼月は、大層申し訳なさそうに菊に謝った。


 それを見た菊は、気にしなくてもいいとばかりに一つ微笑みを残して、部屋を後にする。


「さて、蒼月。話の続きをしようか」


 それからしばらくの間、蒼月が満足するまでつき合ってやった。火薬の知識についても、紙に書いたものより少しだけ詳しく説明してやった。


 厨二を発症していた時に、火薬についてはシコタマ知識を入れたから、火薬の『製造』に関しては、そこそこに自信はある。なにせ実際に作った経験もあるし。


 話が進むにつれ、蒼月の目がはっきりと力を取り戻してくるのが分かる。実際に作った事があると言った時には、蒼月はグビリと喉を鳴らした程だ。今では、年甲斐もなく、興奮気味に目を輝かせている。


 俺にとっては、あれは黒歴史だったのだがなあ。


 そう思うが、俺にとっても、それはつい先ほどまでの事であるのは言うまでもない。


 今日という日を迎えて、厨二脳全開で違法に火薬を調合したという黒歴史は、輝かしい過去へとジョブチェンジを果たした。『すばらしい経験』へと変わったのだ。まるで、さなぎが蝶になるような大変身だった。


 思った通りに、神楽に伝わりし秘技『裂天の術』に使われる火薬――炸砂の製法の一部が失われていた。裂天の術に使われる炸砂の完成品は、いくらか残っているらしい。しかし、炸砂の材料のうちの一つ、硝砂の製法が失われており、今ある炸砂を使い切ってしまえば次がない。裂天の術自体が永久に失われる。


 そういう状況だった。


 つまり神楽では、火薬の『使用技術』はあるが、『製造技術』が失われているという事になる。神楽にとって裂天の術は、まさに容易に使えぬ秘技中の秘技になっていたのだ。


 だが、神楽と俺が揃えば、裂天の術は使用不可の幻の技ではなく、実使用できる秘奥技として復活できる。


 蒼月が前のめりになっているのも無理なかった。俺も、冷静であろうと努めるのに、それなりの苦労をしているくらいだ。


 もし、この裂天の術が使えるなら……今後俺たちは、ここ一番で極めて有利に戦える。乱発できなくとも、間違いなく切り札になりえるのだから。


「俄には信じられるような話ではございませんが、貴方がそうおっしゃる以上は、それが真実なのでしょう。話自体は突飛がすぎますが、貴方様という人物を理解しようとするならば、むしろ得心がいく。それに、むしろそうでもなければ、貴方様がこの術をここまでご存じの筈がない」


 蒼月は、興奮収まらぬ様子で前のめりになって話している。早口で、いつになく饒舌だ。


 ほんと、何が功を奏するか分からない。


 異世界に飛んだときに切り札にしようと作ったブツではあるが、そのもの自体は持ってこれなかった。しかし、作った経験が俺に知識を残してくれた。


「あの……それで、でございますな」


 それまで饒舌に語っていた蒼月は、いきなり口を止める。そして、いつになくギラついた目で俺を見つめてくる。


 おそらくどう教えてくれと頼もうか、そればかりを考えているのだろう。だが結局、正攻法をとる事に決めたようだ。


 いきなりガバリと、頭を床に叩きつけてきた。


「……武様。伏して……伏して申し上げる。どうか、その技を、我らにお与え下され。このような技をおいそれと教えられぬというのは、もちろん理解しており申す。されど……されど、もしお教えいただければ神楽は失われし秘技を復活させられます。どうか、どうか……」


 蒼月は、必死だった。頭を床に叩きつけるようにしながら、必死で俺を説得しようとした。


 おそらくは、もう諦めていたのだろう。


 だが、先祖伝来の秘技を諦めなくても済むかもしれない。俺によって、裂天の術の肝である炸砂の製法が神楽に復活するかもしれない。


 蒼月の心中は、容易に想像できた。


「ははは。蒼月」


「はっ」


「俺は、何をしにここに来ていると思ってるんだ?」


 笑って口にした俺の言葉に、蒼月は皺の深い顔を輝かせた。ここまで嬉しそうな蒼月の顔は初めて見た。


「もちろん、俺はそのつもりでここにやってきているよ」

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