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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百六十八話 佐方動く でござる


「お待たせしました」


 ほどなくして伝七郎がやってきた。


 それに対し、菊は静かに頭を下げる。親しき仲にもという奴か、あるいは使者としてのけじめか。俺を見た時には、輿を降りて駆け寄ってきたけど。本来の菊の反応は、こちらの方だろう。


「はは、武殿は迎えに出ていたのですか」


 伝七郎の奴は、どことなく満足そうな顔で俺を冷やかしてくる。再び顔をほんのりと赤く染める菊。ギガ可愛い。


 それはそれとして、伝七郎よ。お前はホント分かってないな。


 自分を好いてくれる女ってのは、ただそれだけでホント希少種なんだぞ。


 いつの時代だろうと、いや時代どころか世界が変わっても、富める者ってのはこれだから駄目なんだ。


「そりゃあ、お前。久しぶりに菊の顔が見られるんだ。大概の事は放っぽって行くに決まってるだろ」


 真顔で答えてやった。


「もう、武殿まで」


 菊の顔から湯気が出掛かっているが気にしない。だって、可愛いしね。


 菊に向かってニカリと笑ってみせる。


 そうしたら小さく唇をとがらせおった。からかいすぎたらしい。だが、やはり可愛らしいので反省するつもりはない。また折を見て、この顔を拝みたいと思う。


「ははは。これはこれは、ごちそう様です」


 伝七郎はそんな俺たちを見ながら、俺と菊の側へと腰を下ろした。


「つか、お前は俺たちをからかって喜んでいる場合じゃねぇだろ。爺さんにしてみれば、お前にだって早々に身を固めて欲しいだろうよ。咲ちゃんとはどうなってんだ」


「え? あ~、いや、あはは。これは手厳しい。流石は武殿ってところですか」


「いや、流石とかそういう話じゃなくてよ」


「あはは……はあ。ここのところは申し訳ない事になっています」


 伝七郎は、頬に手をやりポリポリと掻く。


「ほれ見ろ」


「咲さんも寂しそうにしていますよ。お忙しいのは分かりますが、気にしてあげて下さいね」


 そんな伝七郎に、菊もチクリとやり返していた。あるいは、良い機会だと利用したのかもしれない。結構仲良さそうだもんな。相談をされていても不思議はない。俺も、きよさんや咲ちゃんから怒られないように気をつけないと。


「咲殿には本当に申し訳なく思っています」


 伝七郎は、菊の言葉に素直に頷いていた。どうやら奴も気にはなっていたらしい。


 まったく、しゃあないな。


「まあ確かに、ここんところ本当に忙しかったしな。藤ヶ崎に戻ったら、これでもかとイチャイチャしろ」


 菊から咲ちゃんにこの話は伝わるだろうから、俺は同じ男として少しだけ伝七郎をフォローしておいてやる事にする。いつもフォローさせっぱなしなんだから、偶にはこちらがしてやってもいいだろう。


「い、いちゃいちゃですか?」


 伝七郎は、吹き出しそうな勢いで聞き返してきた。


 ふっ、修行が足らん。


「おうよ。俺は暇ができたら、もう力いっぱい菊とイチャイチャするつもりだぞ。今は、その為に頑張ってるようなもんだわ」


「もう武殿っ!」


 あ、俺も修行が足らなかったらしい。


 菊は、ほっぺたを少し膨らませている。そろそろマズい。ここらが潮時のようだ。適当に笑って誤魔化して逃げるとしよう。でも、男としての伝七郎の想いだけは、きちんと咲ちゃんに届くようにしてやろう。この点は、今や俺の方が経験値があるからな。


 俺は菊の方を向く。


「なはは。まあ、それはそれとしてだ。今はちょっとあれだけど、あと少しだけ待ってやってくれと伝えてあげて。咲ちゃん等の未来は、伝七郎がきっと守ってくれるからって」


「武殿……」


 横から俺の名を呟く伝七郎の声が聞こえる。俺は、そちらに視線だけをやって、奴自身の言葉を誘う。


「だろ? 俺は何か間違った事を言ったか?」


「ふふ。いえ、何も」


「だろ」


「ええ。『私』が守ります」


 流石は相棒。よく分かっている事で。


 伝七郎と頷きあう。たまたま訪れた機会。ただの『確認』だった。


 そんな俺たちを見て菊は、これ見よがしの大きなため息を吐いてみせた。


「殿方はこれだから……。女子(おなご)の心配の種は尽きません」


 少し寂しそうに、でも優しい目をして微笑んでくれる。ホント良い女だ。


「あはは。まあ、それはそれとしてだ。そろそろ、本題に入ろうか。菊、書状を見せてくれるか」


 そう言うと、俺は菊が座っている横に置かれている三通の書状に視線をやった。いつまでも嫌な物から目を背けている訳にもいかない。


 菊がここにいる以上、面白くない報せである事はほぼ確定している。しかし、なかった事にする訳にはいかないのだ。


 菊は、俺と伝七郎のスイッチが入ったのを見届けると居住まいを正す。そして、


「はい。では、まずはこちらが伝七郎殿。こちらは武殿。姫様からです。私がこちらに向かうと知って、三度も書き直しをしておられました」


 と言いながら、俺と伝七郎の前に一通ずつ封のされた手紙を置く。


 伝七郎は笑みを漏らした。おそらく、俺も似たような表情になっている事だろう。


 どんな事が書かれているかは知らないが、きっと千賀らしい内容に違いない。菊も、仕事をする為に引き締めた表情を少しだけ柔らかな物にしている。たぶん、間違いないだろう。


 俺と伝七郎は、それぞれその書状をそのまま懐へと収めた。


 可愛らしい主人からの手紙である。内容は大体想像がつく。『クソつまらん』報せのついでに読む気にはならなかった。たぶん、伝七郎の奴も同じ気持ちなのではなかろうか。


 菊も、そんな俺たちの気持ちを察してくれているらしく、俺たちが千賀の手紙を読まずに懐へとしまった事を咎めなかった。その代わりに、


「……そして、これが父からの書状です」


 と、今度は少し厚めの書状を伝七郎の前に差し出してくる。


 菊も多少は内容を知っているようで、つい先ほどまで浮かべていた柔和な笑みは消え、すでに表情を厳しいものへと変えていた。


 やはり碌でもない内容らしい。


「では……」


 伝七郎は俺に目で合図を送ると、その書状の封を開けて、すぐに目を通し始める。その伝七郎の表情は、視線が左へと移動するたびに険しいものへと変わっていった。


「……いよいよ動くか。流石によく見ている」


 伝七郎はそう呟くと、読み終わった書状をそのまま俺に渡してきた。


 今の呟きで、ほぼ内容に察しがついた。やはりクソッタレな報せだったようだ。


 書状に目を落とし、しっかりと読み込んでいく。


 ……なるほど。確かに『流石』だわ。


 内容は、予想通りに佐方に動きありの報せ。


 この前爺さんが追い返した南方からの侵攻に加えて、田島方面への侵攻部隊も国境近くに移動してきているようだ。


 このタイミングで佐方にまで動かれたら十虎閉檻の策の根底が崩れる。そして、それは兵の動揺を必ず誘うだろう。現段階で味方……特に北征する部隊の兵に知れ渡るような事になったら非常にマズい事になる。


 俺たちが真正面から相手にして耐えられるのは、継直・惟春・佐方の三つのうちの二つ。それがいっぱいいっぱいだろう。


 だから策自体は、基本的にその瞬間瞬間は三の一を相手に戦うように組み立てられている。これが崩れる場合、北征した部隊は敵のど真ん中で孤立してしまう可能性が格段に上がってしまうから。


 つまり、田島に回った方の佐方の軍をどうにかしないと非常にマズいという事だ。


 佐方は爺さんに丸投げして、なんとか国境で抑えてもらうつもりだったが、そうもいかなくなってしまった。前回の様子見の侵攻を、爺さんが鮮やかに追い返して見せた事が仇となってしまったという所だろう。


 動いている敵の数から見て、今度も本格的な侵攻ではないだろう。しかし今回、佐方は落として間もない田島にもう一軍寄越してきやがった。しかも、道永が暗躍しているこの最悪のタイミングで。


 爺さんが菊を寄越した訳だ。


 道永や安住の件は爺さんは知らない筈だが、それでも十分困難な事態だ。


 今なにか手を打たないと、そう遠くなく形勢が変わる。すべてが後手後手になってしまう。その段階までいってしまったら、もう時すでに遅しだ。今、手を打たないといけない。


 今回の佐方の動きも、様子見のジャブには違いない。


 だが、このまま放っておくとそのうちストレートが飛んできて、しかもクリーンヒットする。それでこちらがグラついたら、もう終わりだ。間違いなく『刻来たれり』とばかりに本格的に兵を送られて、連打を食らって沈められるだろう。


 おそらく佐方は安住の動きも把握しているだろうし、安住も佐方の動きには注意を払っている筈だ。


 と言うか、この佐方の動きは、例の安住の動きを踏まえてのものの筈だ。


 ……厳しい。厳しいな。


 すでに道永の野郎のせいで、安住が増えているってのに。この上なんて、洒落にならないにも程がある。


 安住が増えるところまではなんとか耐えられるだろう。なんとかではあるが、朽木の戦をそこまでは見込める形で終える事ができている。


 朽木・笹島と落とす為に失うと計算していた兵はむしろ増えているし、将も敦信を筆頭に三森の将たちが入った。神楽の蒼月や半次あたりは、いざとなれば将として使えるし、その下にも俺たちと戦ったときに部隊を率いていた者たちがいる。安住の参戦までは微修正でいける筈だ。


 でも、これは……。


 どう見積もっても、微修正程度ではすまないだろう。


 下手をすると……いやかなり上手くやらないと、兵力の分散により、まともに抗う事も出来ずに滅ぼされてしまう。


 この状況が明るみになった上で俺たちが苦戦しているのをみれば、継直も方針を変えてくるに決まっている。少なくとも、俺ならそんなチャンスは逃さない。俺たちが手持ちの兵をほとんど動かせない状況であれば、苦しくてもちょっと兵のやりくりをするだけで、継直はこちらに兵を振り向けられるのだから。


 なんとかしなければ……。


 気持ちばかりが焦ってくる。


 継直がこちらに攻めてこられない理由は、こちらを殲滅するのに十分な兵力を確保して振り向ける事ができないせいだ。その条件が崩れれば、奴とて身の振り方を変えてくるに決まっている。


 そうなれば、三の三どころか、四の四になる。勝ち目なんかある訳がない。


「……道永の件、安住の件と合わせて、もしこの状況を誰かが計画的に作ったのだとしたら、そいつは天才だね。たいしたもんだと誉めてやってもいい。これだから、神も仏も信用ならねぇってんだ」


 クソッタレが。

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