第二百六十三話 錯綜する思惑 でござる
「……なんだって?」
思わず低い声が出る。
「田島から二里ほどのところにある狭間村が襲われたそうです。届いた報告では野盗と記されておりましたが、時期と二、三十ほどの小規模の一味であるという部分が、どうも気になりまして。それで、武様のお耳にも入れておこうかと」
「その村は今どうなってるんだ? その賊どもは?」
尋ねると、半次は我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
「それが……占拠しているらしいのです」
「占拠……」
「はい。ずっと、その場に止まっているとか。若い女以外は皆殺しになったらしいので、その場にいる事は可能でしょうが、そこも気になるところです」
「なぜ、その場に止まっているのか分からない?」
「はい。普通こういう畜生働きをする輩は、その場に止まりません。理由がありませんから」
「それで道永……同影か」
「はい」
まあ、手慰み程度の感覚で人を殺めている場合ももちろんあるだろうが、この手の輩の目的は普通金や女だ。それを手に入れる手段として最悪な方法をとっているにすぎない。だから、すでに仕事が終わった場所に興味などない事が普通だと考える半次の説明は理に適っている。
だから、臭い……か。
二、三十の野盗なぞ珍しくもないだろう。そして、そんな野盗が小さな村を襲う事も、施政者として口惜しいが珍しい事じゃない。
だが、今この時期にとなると、確かに道永らの線も出てくる。
奴らだって霞を食って生きている訳じゃないんだ。生きていく為の糧がいる。雨露をしのぐ場所が必要になる事もあるだろう……。
それに、もし道永がこの期に及んでも俺の首をあきらめていないならば……。
その為の畜生働きだとも考えられる。俺を呼ぶ為の餌にした可能性もなくはないだろう。だからこそ道永は、自分を『匂わせ』ているのではないのか。
それに、そういう事ならば、ここを出る時に金目の物ではなく、武器と食料を持って行ったのも納得がいく。
昔、奴が水島の人間だった頃に、若い女を攫っているという悪い噂があったと、伝七郎は言っていた。今でも、その頃付き合っていた闇商人との繋がりがあるに違いない。
だが今の奴の状態では、その者たちから物資を得ようとすると、足下を見られて高く売りつけられるだろう。
だから、『金』よりも『物』。特に『武具』や『馬』、『食料』を得る機会は貴重だったに違いない。金は、それこそ里や村でも襲って奪えばいい。若い女を捕まえてもいい。金に出来る。かつて、そういう商売をしていた道永にとって、造作もない事に違いない。
だが、『物』はそうはいかない。ただでさえ生き馬の目を抜く商売の世界なのに、その中の闇商人ともなれば、今の道永とだって商売をするだろうが、奴の足下をきっちりと見る筈だ。
それ故に、道永は『物』……とりわけ『武具』と『食料』を選んだ。
となれば、だ。そうして整えられるものが『戦の準備』以外である訳がない。
そして、その首魁が道永ならば、当然その相手はこの俺という事になるだろう。だから奴は、水島領内の村を襲い占拠などという真似をしている。俺を殺す為の準備を整えて、自分はここにいるぞと俺に『教えて』いる……。
うん。やはり、つじつまが合うな。確かに、可能性は低くないか。
「追っ手を差し向けられている事は奴も承知しているだろうしな……。もし、その賊が道永とその手下ならば、俺を誘っている……と」
「御意にございます」
俺の呟きに、半次は頷く。
「分かった。この件は、さらに詳しく調べてくれ。あと、村人に生き残りがいるかも調べて欲しい。もしいるなら、放っておく訳にもいかないしな。そろそろ惟春にも会いに行かねばならん……あまり時間をかける訳にはいかない。なるべく早く頼む」
「畏まりました」
道永に関しての報告を聞いた後、俺は鬼灯より聞いた『安住と継直が接触しているらしい』という話について、半次に詳細を確認しようとした。
しかし、これは空振りに終わった。
半次も手下をやって調べてはいるそうなのだが、未だに民の噂話以上の話に接触できていないらしい。
ただし……、十中八九内容は事実だろうと半次は言った。
俺もそう思ったから、少し気になってその根拠を尋ねてみた。すると、俺が事実だろうと確信した理由とまったく同じ理由が、半次から答えとして返ってきた。
曰く、「そんな話が、なぜ民の口に上ったのか?」である。
秘密裏に接触した話なのに、なぜそれを『ただの民』が知っているのか。
理由は、その民が『ただの民』ではなかったからではないのか――と、半次は断言するように言ったのだ。
まったく同意見だった。ほんと、こんな有能な仲間を受け入れられて、惟春様様だ。どれだけ感謝してもしきれない。
そして、諜報の専門家である半次と答え合わせが出来た事により、俺は自分の読みに確信が持てた。
それは、この情報を流させたのは『継直』だという事だ。
おそらく、継直は俺の継直包囲策『十虎閉檻』をある程度読んでいる。
その証拠に、奴は津田領の侵攻ペースを上げている。数日おきに入ってくる続報をまとめてみると、その速度の変化は顕著だ。津田の西にある徳田・三浦領まで先に工作しておかなかったら、ちょっとヤバかったかもしれない。
今の見込みだと雪解けを待って金崎に侵攻しても、まだタッチの差でこちらに軍配が上がる見込みではある。
しかし、継直に読まれて侵攻速度を上げられた事により、計画通りに徳田・三浦との挟撃に持って行けるかどうかまでは微妙になってしまった。
そして、だからこそ継直は安住を使ったに違いない。俺たちが継直に気づかれた事を悟り、更に侵攻速度を上げられないように手を打ってきたと考えるのが妥当なところだろう。
奴だって、少しでもこちらに時間を使わせたいのだ。
そこで俺たちが手間取るような事になれば、こちらの体勢が整わぬうちに襲いかかれるし、そこまでいかなくとも、俺たちとの戦いを五分の体勢で始められるようになる。そうなれば、国力の差で奴の方が有利な状態で決戦に突入できる。
どちらから話を持ちかけたのかは分からないが、俺たちからすれば非常に厄介な話だ。惟春の首を取っても、すぐに継直の領地へと兵を向ける訳にはいかなくなった。そして、それこそが継直がこの話を流した理由に違いない。俺たちの金崎領攻略がすこぶる順調に進んだ時の保険として、継直は俺たちの耳に入るようにしたのだ。
この様子だと、俺たちが惟春の首を直接狙える段階では、おそらく現・金崎領の北部は安住の侵攻も受けているだろう。
そうなれば、俺たちはその勢いを一度止めなければならない……。
継直の奴は、そこまでを読んで安住と手を組んだに違いない。そうでなければ、奴にとって安住と手を組むメリットはないのだから。
安住と手を組むという事は、佐方を敵に回すという事。この二国のどちらかと手を組めば、どちらと手を組んでも火中に手を突っ込む事になる。
継直は惟春ほど阿呆じゃない。それは分かっている筈だ。
俺たちと決戦間近のこの時期に、そんなリスクを背負ったからには、それなりの理由があったに決まっている。
しかし、ここまでなら、まだ手の打ちようはある。
一度止められれば、安住は再び『見る』姿勢に戻る。一手増えはするものの、俺たちが計画を変更する必要はない。
崩れかかっている金崎領だからこそ、安住にとっては兵を差し向ける価値があるのだ。楽に領土を増やせる機会なのだから、とりあえず一度は狙ってくるだろう。
だが、そうでなくなれば、安住は余計な色気を出すまい。
安住は南で佐方とにらみ合いをしている。
だから、安住も佐方も強国ではあるが、両国ともに無理はできない。無理をすれば、その機を幸いにもう片方が潰しに来るに決まっているのだから。
この大和を含め近隣の国々は、微妙なバランスで今の膠着状態を保っている。それを崩す為には、その中の有力国といえども、相当なリスクを背負う事になる。
だから、安住や佐方は無理を押してまで攻めては来ないと、まず断言できる。
で、あればだ。俺たちは一度だけ安住の前に立ちはだかってやればいい。侮りがたしと思えば、さっさと撤退するだろう。
半次とこれらについて話し合い、気がつけば昼を回ろうとしていた。
俺は、今後は安住・佐方の動きにも警戒を強めてほしいと半次に依頼をし、今日のところはこの話を打ち切った。
現段階ではすべてが予想上の話であり、対策を考える作業以上の事は出来ないからだ。
何の手立ても講じずに、おいしいところだけを持って行かれる訳にはいかないが、現状目先の敵は惟春なのである。継直や安住・佐方ばかりを気にしている訳にもいかないのだ。