表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
375/454

第二百六十話 商路と経済圏 でござる その二

「だから、二水に行く前にきちんと言ったじゃないか。ちょっとだけ話が変わっているけど、気にしないようになって」


 報告書の束を抱えたままウガーと言い出さんばかりの太助に、俺は冷静を装い、そう告げる。


「これは、ちょっととは言わん! 断じてちょっととは言わんぞ!」


 太助の目は据わっていた。


 こりゃあ、ごめんちゃいするしかないね。


「喚くなって。ちょっと状況が変わったんだから仕方ないじゃないか。……まあ、お前たちを飛ばしてやってしまった俺が悪いのは間違いないが。スマンかった。お前たちには、朽木の方に集中したままでいてもらいたかったんだよ」


 俺の息抜きも兼ねていたとは、とても言えない。


 ただ、状況が変わって急がねばならなくなったのと、太助らには朽木の戦に集中してもらいたかったというのは本当の事だった……俺の息抜きも兼ねていただけで。


 もちろん仕事自体は本気でやった。しかし、厳しい戦続きで少し目線を変えたかったのも事実だったのだ。それだけが、ちょっとした負い目だ。


「いくら状況が変わったって言っても、これじゃあ……。もし肉や卵が売れなかったら、どうする? 二水の町は、今度こそ立ち直れなくなるぞ。この規模でやろうとするなら俺たちだけじゃ駄目だ。いきなり町ぐるみで始めないと……」


 太助は再び、統率者としての顔を少しだけ覗かせる。


 ほう……。


 俺は、その太助の表情に目がとまった。嬉しさが、心の中に湧き起こった。先ほども思ったが、こりゃあ、こいつの中で相当な変化が起きている。それをはっきりと感じたからだ。その気持ちを表に出さないようにするのが大変だった。


「ある程度段階を追ってこの規模になっていくならば、そりゃあ理想的と言える。だが、本当にいきなりこの規模で始めてしまって大丈夫なのか?」


 太助は、そんな俺に気づかずに『二水の長』として俺に尋ねてきた。心底不安そうに、言葉を重ねる。


 そっか……やはり、今回は悪ふざけはなしだ。


 縋るような太助の視線を真正面から受け止め、首を横に振る。


「大丈夫……と言いたいが、絶対とは言い切れないな」


「なら……!」


「まあ、待て。俺の話を最後まで聞け。確かに、お前の言っている事は完全に正しい。二水の長としては、お前がした判断で正しい。俺のところに怒鳴り込んできた事まで含めて、間違っていない」


「…………」


 待てと言ったら、太助は本当に話を聞く態勢になった。


 もう、このあたりからして、少し前までとはまったく違う。いつまでもこいつらを舐めていちゃいけない。そう反省させられた。


「ただ、継直との決戦を想定すると、そこまでに少しでも有利な状況を作っておきたいのが、俺たち『水島』の実情だ」


 俺は、『水島』という部分を強調して言った。これは、太助の主としての言葉ではなく、水島の重臣―老中・神森武としての言葉だったから。


 それに対し、太助は反発を見せる事はなかった。代わりに、ここが解せないとばかりに眉の間に皺を作って尋ねてくる。


「継直? 金崎ではないのか?」


 やはり、随分と変わってきている。嬉しかった。そんな感想を抱きながら、太助の問いに答える。


「ああ。これは、対金崎を想定しての修正じゃない。継直戦を有利にする為の布石だ。従来の計画では見込めなかった、な」


 俺の言葉に、太助は考え込んでしまった。流石に、これがどう繋がっていくのかは分からないようだ。


「俺たちが金崎領をすべて併呑でき、継直も津田領をすべて併呑できたとする。その時、どちらが有利だと思う?」


 太助の目を真っ直ぐに見据えたまま、更に砕いて説明する。いま分かる分からないではなく、この積み重ねが更にこいつを育ててくれると信じているから。このまま行けば、二水の未来は明るいものになると確信できる。


「……水島継直に対抗できるように、俺たちは金崎を獲るんじゃなかったのか?」


 太助は少し考える仕草を見せた後、そう確認してきた。


「もちろん、そうだよ。だが、考えてみろ。一般論で言っても、戦で得る土地というものは大なり小なり疲弊しているものだ。そして継直と俺たち……新たに得る土地は俺たちの方が多い。まして、俺たちが得るのは”あの”金崎家のものだった土地だ。となると、だ。なんのかんので、すでに安定している領土の差から有利不利が決まってしまうんだよ……大和の国の大半を傷つけずに手にする事が出来た継直の方が、圧倒的に有利だって事だ。だから、そこを少しでも埋めてやる為には、俺たちは『兵』だけでなく、いざという時の為に『金』や『物』でも戦えるように準備しとかないといけない。これ以上は富国策の重要性と効能、その手法を説く事になってしまうから今は置いておくとして、その富国をなす策の一つに、直接的な人と生産だけでなく『流通』を押さえるという方法がある」


「うぅ……駄目だ。頭が破裂しそうだ」


 俺の説明に、太助は哀しそうな顔をした。理解が追いつかないらしい。


「そう難しく考えなくてもいい。お前に分かる例もあるだろ? 俺とお前が出会った原因となったものはなんだった?」


「あ……」


 太助も、さすがにピンと来たようだ。少し理解できたという顔をする。


「何も塩だけじゃあないんだよ。それに、直接『物資』にだけ結びついているものでもない。そこから生み出される富は、すべてが国の力そのものになっていくんだ。ただし、これを育てるのも操るのも容易ではない。いろんな要素が重なり合って育つものだし、流動性の高さも極めつけだったりする」


「あ~……」


 今度の俺の説明には、太助は再び情けない顔をする。理解できなかったようだ。実に分かりやすい。


「今は全部を理解できなくてもいいよ。要するに、喧嘩相手をぶっ倒すのに右手しか使ってはいけないという法はないってこった。左手で殴ってもいいし、蹴り倒してもいい。その喧嘩が命の取り合いなら、尚更だ。遠くから矢で射殺したって構やしないんだ。死人に文句を言われる事はないんだからな。観客の目にだけ、『綺麗』に映るようにしてやればいいだけさ」


 逆に殺されてからでは後悔する事も出来ないよと、ニッコリ笑ってみせる。


「…………」


 太助は、その俺の言葉にゴクリと喉を鳴らした。故意に見せてやった『統べる者』の冷たさに圧倒されたらしい。


 その為、太助は俺に『騙され』た。


 俺のこれまでの説明は、『やらねばならない理由』を説明したもので、『どう、それを成すか』を説明したものではない。まして、それを勝手にやった事への釈明にはなっていない。


 だが、俺はこの説明で煙に巻こうと考えている。


 今回の話を今の太助に理解させるには、残念ながら知識も経験も足りていない。どう考えても不可能だった。説明をすればするほど謎は深まる事だろう。そしてそれは、最終的には不信感を育ててしまう事にもなりかねない。


 だったら、例え汚かろうと、最初から『騙くらかす』方がまだマシというものだった。そうした場合は、俺がその罪悪感を受け止めればいいだけなのだから。


 そもそも俺だって、手探りで闇の中を進まねばならない話なのである。


 常識的な話の筋とは真逆になるのだ。『成せる保証があるからやっている』のではなく、『必要だから成さねばならない』類いの話なのである。


 そんなものを、今の太助に理解しろと要求する方が無茶というものだ。年こそ俺と太助はそれ程変わらないが、それは関係ない。


 太助には、背負った経験が少なすぎるのである。


『背負った』物の量と経験だけが理解を助けてくれる――そういう事象も世の中には存在する。事を起こす前に熟考するのは当たり前の事だが、最後の最後まで考えていてはいけない――そういう話なのだ。


 俺の周りにいて本当の意味でこれが理解できるのは、おそらく爺さんと伝七郎だけだろう。もしかしたら、蒼月や清信あたりが理解できるかもしれない。


 そんなものを今の太助にいきなり理解しろと要求する方が間違っている。ならば、俺が悪者になっておく方が何かと収まりが良い。


 太助は、分かったような分からないような顔をして部屋を出て行った。大量の紙束はしっかりと部屋に残して。


 それを見た俺の口から大量の吐息が漏れ出る。


 これが大事な書類だという事は重々承知している。これを生んだのも、元はと言えば俺のせいだ。それも、もちろん分かっている。


 しかし、どれだけ仕事をしても部屋に増え続ける書類というのは一種のオカルトだった。そのうち紙に溺れそうである。


 その事にはゲンナリせずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ