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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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幕 信吾(一) もう一つの戦場 その一

 隘路入口にて全軍が一旦停止する。


「おしっ。じゃあ、打ち合わせ通りにいくぞ。源太、信吾、与平、よろしく頼むな? この一戦は何があろうと負けられん。ここを押し切られたら、俺たちに明日はない」


 武殿は振り返り、俺たちに檄を飛ばす。


「「「はっ。お任せを」」」


 いかにも武殿の言う通り。ここを押し切られたら、俺たちは終わりだ。そして、俺たちは何があろうと終わる訳にはいかない。ならば、やる事など一つだ。絶対に勝ってみせる。


「なーに。武様。言いたい事はわかってますって。いくら俺らでも、武様にこの……策、でしたっけ? この戦い方を聞いて、その準備をして、将として皆を率いて戦うという事を改めて考えて……、ここが正念場だという事ぐらいはわかってますって。絶対負けない。負ける訳にはいかない……」


 軽い調子で語り始めた与平だったが、紡ぐ己の言葉に煽られるように真剣みが増していく。こいつとも長い付き合いになるが、奴のこんな表情は数える程しか見ていない。狩猟者としての感が勝負所を教えているのだろうか。


 源太もいつも通りの生真面目な表情を更に引き締め頷いている。


 伝七郎様はそんな二人の様子に満足そうにしておられた。


「そうだな。信じているさ。お前らの助けなしで策は成功しない。戦う事も出来ない。ならば、やるだけやった以上、俺としても後は信じて祈るだけだ」


 武殿はそう言って軽く笑んだ。


「ふっ。ならば、我らもそれに応えねばなりますまい。与平の言う通り、承知しておりますとも。おまかせを」


 そう応え、頭を下げ礼をとる。源太、与平の二人もそれに続いた。


「ああ。頼んだ」


「よろしく頼みます。なんとしても勝ちましょう」


 それに応えるように再度口にする『頼む』というお二方の言葉が、二人らしくて印象的だった。


「よし。じゃあ、それぞれ配置についてくれ。基本、各隊は参謀本部を兼任する伝七郎の部隊との連絡を密にするように。ただし、指示を仰ぐ暇がないような場合や、細かい状況の変化には各現場の責任者が臨機応変に対応してくれて構わない。あとは打ち合わせ通りの手順で敵の軍を追い込んで始末するぞ。各々がしっかり役割を果たす事が、俺たち全体の勝利に繋がる。抜かるなよ?」


 武殿が最後の確認を兼ねて、俺達将に再度指示をする。


「じゃあ、伝七郎。総大将として、最後頼む」


「わかりました。ありがとうございます、武殿。」


 武殿が伝七郎様にそう声をかける。


 これが水島の新しい形なのだろう。今の今まで伝七郎様が口を挟まなかった事が、それを如実に物語っている。


 今までは伝七郎様自身がすべてをこなされていた。


 しかし、今はもう我々と打ち合わせる前に、お二人の間で意見の集約がなされているのだろう。だから、武殿が展開して、伝七郎様は最後に承認し令を発するだけでよい。


 どことなく嬉しそうな伝七郎様のご様子から、そう推察する。


 よくよく考えれば、それも当然か。


 今まで伝七郎様は重責を一人で背負っていた。


 しかし、それを分かち合える相方ができたのだ。


 総大将として、最終的に伝七郎様に全責任が降りかかるのは避けようがないが、その重責を背負うにしても、相方のあるなしの差は大きい


 残念ながら、俺達ではその役は務まらん。能力的に荷が重いというのもあるが、何よりこの場合、どうしても俺たちは部下と言う括りにならざるを得ない。


 しかし、武殿ならば、それがない。その知識や知恵、武などよりも、これこそがもっとも我々にとって大きな収穫だったのかもしれない。


「では、各々打ち合わせ通りに。必ずや高らかに勝利を謳おうぞ」


 そして、伝七郎様は我々一人一人の顔に視線を巡らすと、最後の号令を発する。


「「「「応っ」」」」


 皆がそれに応え、各々配置に着くべく移動を開始した。




 俺の配置場所は、こちら側の隘路入口より向かって右の奥。


 敵将道永より見て、与平、俺、源太、そして、伝七郎様および武殿の順に四部隊が配されており、これにて敵足軽と騎馬隊を分断する。与平と俺の間で歩兵を、そして、俺と源太や伝七郎様の間で騎馬を孤立させるのだ。


 そして、源太と伝七郎様の部隊で数の少ない騎馬隊を迅速に始末する。それが終わったら即座に源太の部隊は与平に、伝七郎様の部隊は俺の部隊にそれぞれ合流し、数の多い敵足軽隊を全軍で叩く。これが、この戦いにて武殿が描いた絵だ。


「さて、おまえら。俺らの持ち場はここだ。締めていけよ?」


 予定の持ち場に到着すると、兵を持ち場に散らし伏せさせる。


 あとは道永の野郎が来るのを待つだけだな。さて、奴はどういう隊列で来るかな? まあ、いずれにしろ奴が俺らの知恵袋殿を上回れるとは到底思えない。どのみち奴は武殿の掌の上で踊る事になる。結果は変わらぬ。


 動かずにじっとしていると秋の風は冷たい。それでも、身の内より湧き上がる闘争心がその冷気に勝り、あまり寒さを感じない。


 隊全体が全く動かず、じっと息を殺して道永が来るのを待つ。さながら狩りをしようとする肉食獣のように目を爛々と輝かせ、獲物が来る方向を睨み付けている。


 どれ程その状態で待ったのだろうか。滾る闘志のせいか時間感覚が麻痺しているようで、今一つはっきりしない。


 だが、ついにその時はやってきた。


「大将……。獲物が来たぜ? 先頭は馬……だな。かなり後ろに足軽隊が見える。突出しているな」


 目を細め遠見をするようにしながら、目に自信がある奴が報告してくる。


 とうとう来たか。


「おまえら。やれと言うまで絶対に手を出すなよ? 先団を見送って、足軽隊を囲うからな? おい、そこっ! もっと頭を下げろっ。見つかるぞっ」


 逸る兵を抑え込み、騎馬隊が通り過ぎるのを待つ。


 道永は騎馬隊の中にいるようだな。ちっ、偉そうにふんぞり返ってやがる。あの下種野郎を俺の手で殺せないのは残念だが、伝七郎様になら譲っても構わない。おそらく他の誰よりも、奴を殺したくて仕方がないはずだ。


 お館様を裏切り殺し、挙句姫様までも殺そうするかつての水島の臣下。継直同様、こいつらだけはただの敵としてはみていない筈。仇敵、怨敵……、まさにその類だろう。


 騎馬隊が目の前を通り過ぎ、少し向こうに足軽隊の先頭が見える。こちらは人数が多すぎて、かなり長い隊列となっている。


 この人数に真っ向からぶつかったら、確かに俺らの命はないな。いや、それは当然として、姫様を無事逃がす時間を稼げたかどうかすら怪しい。


 なれば、我々が武殿と出会ったのは天啓であったのかもしれん。己を見つめ直せ、受け入れろと導かれたのだろう。


 しかし、それならばこうも考えられる。逆らえば滅亡。されどその大いなる導きに従えば天運に守られようと。


 遠くで太鼓の鳴る音がする。伝七郎様らの方が始まったようだ。


 こちらもそろそろだ。足軽隊の最後尾が与平のいる辺りを先程通過した。そして、奴らの先頭がそろそろこちらに届こうとしている。今頃与平は合図を出す機会を窺っている事だろう。


 そして、その時が来た。奴らは遠くで鳴った太鼓の音に動揺し、その足を止めたのだ。


 それを見た与平は太鼓を打ち鳴らし、こちらに合図を送ってきた。

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