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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百五十二話 朽木攻略戦前夜 でござる

 うー、寒っ。


 天幕の中も決して温かいと言えるほどではないが、身を切るような風に晒されないだけ、まだマシだった。


 本当に三森敦信が手に入ってしまったな。


 ちょっと出来すぎな結果だ。


 あれ程の人材は、欲しくてもそう簡単には手に入らないだろう。惟春と金崎家の重臣の馬鹿さ加減には、感謝の念で一杯だ。


 紅葉の奴も、このクソ寒い中で命をかけた甲斐があったというものだ。ここまでお膳立てしてやれば、あとは本人たち次第でどうにかなるだろう。身分差があるから、もしかしたら正妻にはなれないかも知れない。だが、それでも側室……いや愛妾くらいなら何とかなる筈だ。


 もう、あとは見守ってやるしかない。敦信の甲斐性に期待しよう。


 つか、俺ってば、戦場で惚れた腫れたの世話焼いて何やってんだ? 今が正念場だってのに。


 そんな事を考えていると、あまりの寒さにぶるりと体が震えた。


「あー、クソ。ホントに寒いな。紅葉の奴、よく堪えきったな」


 俺が言うのも何だがなと思いながら、思わずそんな独り言が口から漏れる。


「……あの娘はあの娘で、武様の事を信じていたのだと思いますよ」


 ビクッ。


 いきなり後ろから声を掛けられ、今度は驚きに体が震えた。すぐ様、振り返る。


「鬼灯か。びっくりさせんなよ」


「ふふ、申し訳ございません」


 いつの間に側に来たのか、真後ろに鬼灯が立っていた。特に気配を殺していたふうでもない。ただ単純に、俺の気が緩んでいたらしい。


 少々ばつが悪い思いをし、バリバリと髪を掻いて誤魔化す。


「あー、いいんだ。それで準備の方は?」


「滞りなく。犬上様の指揮の下、すべての準備は整いました」


「町の様子は?」


「いま探らせています。もうじき戻るでしょう」


 鬼灯はそこまで答えると、すっと膝を片膝をついた。


「?? どうしたいきなり。冷たいだろう」


「紅葉の件……本当に有り難うございました」


「あ? ああ、その事か。ちょっとばかりびっくりさせられたがな。まあ、うまくいって良かったよ」


「本当に感謝の念に堪えません。寛大なご処置ばかりか、あれ程までに面倒を見ていただいて……」


「良いって。ま、あとは本人たち次第だな。これで二人が憂いなく働けるというなら、俺にしてみても苦労した甲斐があったってもんだ。鬼灯も、よくやってくれた。色々と難しい事を頼んだが、期待以上の働きだった」


 俺がそう言うと、鬼灯は一度顔を上げ俺の顔を見つめる。そして一拍後、


「……はっ。なんと勿体ない……」


 まるでバネが外れたかのように深く頭を下げた。


「いや、だから良いって。終わりよければすべて良し。そうなるように、お互いもう一踏ん張りしよう。それで、いま信吾はどこに?」


 このままだと鬼灯は頭を下げ続けそうなので、さっさと打ち切る。鬼灯も、紅葉があんな思い切りの良い真似をしたものだから、束ねている立場上、気にせずにはいられないのだから。


「はい。犬上様は、先ほど足軽隊の編成を終えられてご自身の天幕へと戻られました。まだ、おられるかと」


「わかった。有り難う。俺も信吾と話した後、自分の天幕に戻っているから、町へ出した偵察が戻ったら、そちらに報告に来てくれ」


「はっ、承知いたしました」


「ああ、それと」


「はい?」


 付け足す言葉に、鬼灯は改めて顔を上げた。


「俺の天幕の机の脇に、赤の紐で閉じられた書箱と青の紐で閉じられた書箱がある。そのうち、青の紐の方の書箱を開けて、中身を伝七郎のもとへと届けて欲しい」


「青の紐の方でございますね?」


「ああ。間違えるなよ。青い紐の方だ。折角『刻』が訪れているのに、のんびりしていては勿体ないからな。青い紐の方の書状には、敦信がこちらに降った場合を前提に、細かい戦の手順が書かれている。それを伝七郎に渡せば、南門は一刻もあれば落ちるだろう。北門とどちらが早いか競争だな」


「すでに、そんなものまで用意されていたのですか……」


 鬼灯はそう言って、目を見開いた。


「勿論だ。もっとも楽に朽木を落とせる機が訪れるというのに、無駄に時間を過ごして、それを逃す手はないからな。今まで何の為に、馬鹿共にいい夢を見させてやったと思ってるんだ。敦信を孤立させる為というのもあるが、調子に乗った馬鹿を本番で釣る為に決まっているじゃないか。見ていろよ、鬼灯。明日のあいつらは、三日餌を抜いた鯉よりも簡単に食いついてくるぞ」


 敦信が抜ければ、これは間違いなく現実に起る。そして、致命的な一敗をする事になる。


 ……金崎家の馬鹿共には、それがまったく理解できていないようだが。


 とは言え、俺たちがそれを考慮してやらねばならん理由はない。速やかに滅んでもらうだけである。


「…………私は本当によく戦っていたと、今になって思います」


 そんな俺をまじまじと見つめていた鬼灯は、若干顔を引きつらせた。


「そういう話じゃなくてだな……。あ、いや、鬼灯は本当によく戦っていたと思っているよ? って、そういう話でもなくてっ。ああ、もう兎に角、そういう大事な書状だから、間違えず確実に伝七郎へと渡して欲しい。なるべく早くな!」


「くすくす。はい、承知いたしました。腕の立つものを選んで、すぐに向かわせます」


 俺が無理矢理に誤魔化そうとすると、鬼灯は急に表情を緩めて微笑んだ。


 あかん、失敗した。どう見ても、『そうねぇ、良い子ねぇ』だ。


 俺は、戦略的撤退を選んだ。


「頼んだよ。んじゃ、よろしく~」


 決して、逃げ出そうという訳ではない。不利な状況の戦は、水島家の敵との戦いでお腹いっぱいなだけである。




「よお、お疲れさん~。今、大丈夫か?」


 信吾の天幕の前で声を掛けてみる。うっすらと明かりが漏れているし、中に気配もある。


「武殿ですか? お疲れ様です」


 俺が声を掛けると、すぐに返事があった。そして腰を上げるような音がして、天幕入り口にある布がバサリと持ち上げられた。


 ぬっと糸目男が中から顔を出した。


 顔は俺の頭一個上にある。相変わらずデカい。源太もでかいが、あいつは細マッチョ型。こちらはがっしりとしたゴツ男である。印象は大違いだ。威圧感満点である。


「編成終わったんだって?」


 俺はそう声を掛けながら、信吾に誘われるままに天幕の中へと入った。


 天幕の中は寝所の他に大したものは何もないが、地面に手書きの地図が広げられており、その脇には、まだ湯気が立っている茶碗が一つ置いてあった。湯を飲んで、体を温めながら喉を潤していたらしい。


 朽木の町周辺の地図を見ながら、明日の戦をどう戦うかを、将として考えていたようだ。


 俺からは大方針が伝えられるが、刃と刃がぶつかるその場所で指揮を執るのは『将』である。将が、どう戦いどう勝つかをイメージできていなければ、勝ちは覚束ない。


 俺も、軍師である自分とは別に、将である自分としても戦をイメージして、戦場に赴いている。


 軍師として全体をイメージして、将として自分の担当する戦場をイメージして、それから戦っているのだ。将としての俺は、今のこいつと同じことをしているのである。しかし、それをこいつらが普通にやっている姿を見れば、感慨を覚えずにはいられない。


 当たり前の事だが、こいつらも最初の頃は『こちら』の戦い方をしていた。ずいぶんな変化だと思う。


 大変だったろう。変化を強要したのは俺だが、本当によくついてきてくれたと思う。出所不明の馬の骨の言葉を聞いてくれて、ただただ感謝するしかない。


「はい。万端に整っております。明日で落とすのですよね?」


「ああ。敦信がいなくなった以上、奴らには俺たちに抗する力はもうないからな。だけど奴らは、こちらからの布告の使者が着けば、調子に乗ってのこのこ出てくるだろう。よしんば出てこなくとも、無理矢理押し入って終わりなんだけどな。そして奴らは、始めて気づくだろうさ。誰が、俺たちを抑えていたのかって事をね……ま、気づいたところで時すでに遅しだが」


 俺は、広げられた地図の前までやってきて胡座を掻いた。信吾は、そんな俺に湯を出してくれる。


「とは言え、あちらにはまだ道永がおります。油断は出来ません」


「ああ、もちろん油断なんかしないよ。一度苦い思いをさせられているしな。二の轍を踏む気はない」


 差し出された湯飲みを傾ける。まだ、かなり熱い。それを見て、信吾も自分の湯飲みに口をつけた。


「しかし、腐れ縁になってしまいましたな」


「まったくだ。まだ、続きそうだしなあ」


「続くのですか?」


「鬼灯が言うには、決して優遇されている訳ではないみたいだ。金崎家における敦信の扱いを見る限り、道永の奴はもう将としては出てこれないだろう。明朝敦信にももう少し詳しく聞いてみようと思うが、あいつがこちらに来てしまった以上、ほぼ確実にそうなるだろうな。それどころか、下手すれば、すでにほっぽり出されてるんじゃないか?」


「確かに……それはありえそうですな」


 今の道永は同影と名を変えている。そして、もうほとんど賊徒同然だと鬼灯は言っていた。そんな輩を味方として受け入れる器量が、金崎の将にあるだろうか? ある訳ない。あるなら、敦信はもう少しマシな扱いをされていた筈だ。


「ま、油断はしちゃあならんが、今回はそこまで警戒する必要もないだろう。石橋も叩きすぎたら割れるよ」


「なるほど。それに、我々としては因縁浅からん相手ですが、道永の首を上げても『この戦』への影響はないに等しい」


「そういう事。目の前に出てくれば倒すが、わざわざ探し出して殺す意味は正直ないな。もちろん、俺たち……ってか主に俺だろうが、命を狙われている訳だし、さっさと片付けたいという思いはあるんだけどな」


 戦乱の世に名乗りを上げているのだ。その勢力の将となれば、常時どこかの誰かに首を狙われているようなものである。故に、今更命を狙う輩が一人増えたからと言って、慌てるような事でもなかったりする。その事をきちんと認識して、普段から警戒を怠らない事だけが肝要なのだ。


「まあ、とりあえず明日は、奴の事は頭の片隅に置いておくだけで良い。それよりも、今は朽木でふんぞり返ってる阿呆の事だな。こことここにだな――――」


 俺は地面に広げられた地図を指さしながら、明日の戦いについて信吾と打ち合わせを続けた。気がつけば、半刻あまりの時間が過ぎていた。

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