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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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幕 敦信(三) 要求

 神森武に誘われて藤ヶ崎の軍の陣へと着くと、入り口には見知った顔が合った。


 犬上信吾。


 もう何度槍を交えたか。敵ながら、尊敬するに値する武人だ。そんな犬上信吾が、小走りに神森武の方へと駆けてくる。


「お疲れ様です、武殿。いやあ……帰りが遅いので、気を揉みましたぞ」


「ただいま。そんでスマンね。でも、その成果はあったぞ」


 神森武は、チラとこちらを振り返りながら、そう犬上信吾に答えている。


「そのようですな」


 犬上信吾は、こちらを見ると微かに笑みを浮かべた。そして、


「よく決心されたな、敦信殿」


 と声を掛けてくる。


「まだ何も決めてはおらぬ。出迎えていただいたので、招きに応じただけにござる」


「まだ何も決まっていない? そうなのですか、武殿」


「ま、そうだな。とりあえず連れてきた、と言うのは間違いない」


「相変わらず無茶苦茶ですな」


「ほっとけ。とりあえずそういう訳で、今から俺は敦信殿と話がある。彼の部下の事を頼めるか?」


「承りました」


 神森武は呆れ顔の犬上信吾にそう頼むと、再び俺の方を向いた。


「さ、こちらだ」


 しかし、犬上信吾が慌てて口を挟んでくる。


「あ、武殿。少々お待ち下さい。敦信殿、その槍と腰の刀。お預かりしてもよろしいか?」


 ああ、それはそうだな。


「返してはもらえるのだろうか」


「無論。話し合いがどうなろうと、必ずお返ししもうす。で、よろしいですよね?」


 俺の問いに答えながら、犬上信吾は神森武に確認をする。


 話を振られた神森武は、苦笑を浮かべながら頷いた。そして、犬上信吾に答える代わりに、俺に言った。


「俺としては、そのまま持ち込んでもらっても構わんのだがね。それは流石に、信吾らが許してくれんだろう。言う通りにしてやってくれ。もちろん信吾が今言った通り、話し合いの結果に関係なく、預かったものは後で返す」


 なかなかにとんでもない事を言う。しかし犬上信吾も、やれやれと言った様子で、そんな神森武の事を受け入れていた。


 おそらく、神森武がどう振る舞おうと、最低限の安全さえ確保しておけば、後は己ら側にいる者が守り切れば良いだけだとでも考えているのだろう。それだけの腕が犬上信吾にある事を、俺は知っている。


 正直、妬心が湧いた。


 配下に厚い信頼を寄せる神森武。そんな神森武に、迷いなく己が武を捧げる犬上信吾。


 そうありたいと願った俺の武士道が、そこにあった。


 俺は、そんな心を隠しながら、犬上信吾に愛槍と腰の大小を差し出す。


「すまぬな」


 犬上信吾は、そう言いながら近づいてきた。


「いや、いい。一応、その槍は共に戦場を駆けてきた相棒なので丁重に扱って欲しい」


「無論」


 犬上信吾は、その言葉通りに両手で受け取ってくれた。そして、踵を返す。その先では、おそらくは犬上信吾の配下の者だと思うが、利宗や利歳、兵らの武具の回収が始まっていた。犬上信吾は、側にいた鳥居源太に「後は頼む」とだけ言うと、そちらに向かって歩いて行った。


「敦信殿、手間を取らせたな。今度こそ案内しよう。こちらだ」


 そんな犬上信吾の背中を眺めていたら、神森武に声を掛けられた。




 神森武は陣の中央にある、一際大きな天幕の方へと歩いて行った。


 途中いくつもの天幕が立ち並んでいたが、その天幕の周りにだけ、いくつもの篝火が焚かれており、兵も配されている。


「ここだ」


 二人の護衛をつけて先頭を歩いていた神森武は、天幕入り口までくると、こちらを振り向きそう言った。


 護衛の一人が、天幕入り口の掛け布をめくり上げる。神森武は、さっさと中に入っていった。


「さ、中に入られよ」


 俺の後ろにつき、俺を常に視界に入れていた鳥居源太が言った。俺は、そんな彼に軽く頭を下げて、それから中へと足を踏み入れる。


 おそらくこの天幕は、軍議なども行われる場所だとは思うのだが、中は意外なほどに色々な物で溢れていた。縁の方には、張り紙が貼られた葛籠やら書箱やらが山積みになっている。


 そして円形の天幕の中には、ほぼ地面が見えない状態に敷き布が敷かれており、いくつもの油皿が置かれ、奥に床几が一つだけ置かれていた。


 神森武は、その床几にどかりと腰を下ろす。


 そして、そんな神森武の左右に分れて、二人の人物がすでに座っていた。


 一人は、三森清信。病床に伏す身だというのに、こんな所まで出てこさせてしまった我が父。顔色はやはりすぐれないが、俺の顔を見て、少し安堵の色を浮かべている。申し訳ない思いで胸が潰れそうだ。


 そしてもう一人は……。


 紅葉。


 何故か、彼女も酷い格好でその場に座っていた。髪は乱れ、顔色はまるで雪山に迷った旅人のようだった。彼女も俺を見て、その顔に安堵の色を浮かべたが、急に何かに気づいたように、俺の視線から逃れようとしだす。髪に手をやったり、襟元に手をやったりと、急に落ち着きを失う。


 一体どうしたんだ? いや、そもそも、あの姿は一体……。


 真っ先に、虐げられているのかと疑った。神楽は、藤ヶ崎に降ってまだ日が浅い。


 だが、父上には粗末に扱われている様子がなかった。それに、何故か紅葉からも神森武への悪感情は感じ取れない。


 神森武は彼女の前を通って床几に座ったが、その時に、父上とともに紅葉にも何やら声を掛けていた。紅葉も普通に頭を下げて、それに応えていた。


 違うのか? なら、何故なんだ……。


 そんな事を考えていたら、神森武から声が掛けられる。


「どうした、敦信殿。どこでもいい。その辺りに座られよ。地べたで申し訳ないが」


 ハッと気がつくと、神森武はこちらを見ていた。先ほど俺たちを迎えに出てきた時の護衛二人をそのまま左右に従えて、面白そうに笑っている。


「さ、敦信殿」


 後ろからも声が掛けられた。天幕の出入り口脇に立っていた鳥居源太だった。俺は、少しの時間惚けていたようだ。


 どうやら、俺は完全に呑まれていたようだ。一度、大きく息を吐き、そして吸う。気持ちを入れ替える。


 神森武の正面に、少し離れて座った。


「さて、もうお互いに状況は分かっている。遠回りなのはなしだ。率直に聞こう。お主、この先どうするつもりだ?」


 神森武は、言葉通りに真っ直ぐ切り込んできた。


「どうするつもりとは?」


「お主はお主だという事だ。清信と三森の里は、俺たちに降った。しかし、お主らがどうするかは別の話だ。無理強いをするつもりはない。無理強いしたところで使い物にならんからな」


「……この状況では、我らに選ぶ余地などないと思うが」


「それでもだ。こちらは、迎える用意は出来ている。ただ、来るからには、仕方なくではなく前向きな気持ちで来てもらわねば、こちらも困る。忠義は強いて得られるものではないが、最低限そちらにも『気持ち』がなければ、俺たちがどう頑張ろうと無駄になるからな。お主ほどの人物なら言わずとも分かっていると思うが、俺たちにはそんな『戯れ』に費やしている時間も余力もない」


「戯れ……にござるか」


「そう。戯れだ。だから、俺は問いたい。今すぐに忠義を尽くせとは言わぬ。だが、お主にこちらを見る気はあるのか、と」


 まさか、ここまで真っ直ぐに来るとは思ってもいなかった。これだけ外堀を埋めて、他の道を潰しに潰し続けてここまで引っ張り出しておいて、『選べ』と言ってくるとは。


 今の俺には、神森武が用意した道を走るか、利宗らを道連れに死ぬかの道しか残っていない。神森武も、それは分かっている。その上で、「どうする?」と聞いているのだ。


 おそらく、神森武はそれだけ俺を買ってくれているのだろう。この無茶苦茶なやり様に反発を覚えぬ訳ではないが、滾りかける血を冷やして考えると、神森武の心も見えてくる。


 味方でなければ生かしておけないと考える程度には、俺を買ってもくれているのだ。だからこそ、『こちらを見る』用意はあるのかと聞いてきているのだろう。おそらく、俺にその意思があれば、神森武もそれに応える気でいるのに違いない。


 だが、それをどこまで信用してよいのだろうか。


 それに、神森武は『俺』を見る用意は出来ているようだが、『三森の里』を見る用意は出来ているのだろうか。父上は、その辺りはどのように話を詰めたのか。水島の治政の噂はなかなかのものだが……。もし先年のような事があれば、今度こそ三森は耐えられない。


 うーむ……。


 よし……ならば、一つ試してみよう。俺は俺として問うてみよう。この提案にどう応える、神森武。


「では……降るに辺り、一ついただきたいものがござる」


 俺がそう言うと、神森武はニィと笑った。顔全体が『面白い』と言っているようだった。その場には、護衛の二人も、父上も、紅葉も、鳥居源太もいる。だが、まるで俺と神森武の二人しかいないかのように、静まりかえっていた。


「ほう……。それは?」


「『水島家』の名で念書をいただきたい。民が飢えて生活がままならない程に税を取り立てぬと、確約していただきとうござる」

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