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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百五十一話 再び朽木へ でござる

 まっすぐに清信の目を、心を射貫く。清信も、病に冒されていてもなお鋭い視線を返してきた。


 しばらく無言で、視線を交差させた。そののち、清信は口を開いた。


「三森の里は、水島家に……否、貴方様に降りたく存じます」


「俺に? 水島家に直接仕えた方が何かと良いと思うが」


「はい。もちろん、それは承知しております。水島家にも忠誠を誓いましょう。しかし我らは、貴方様に降りとうございます」


 うーむ……。


 これには、ちょいとばかり困ってしまった。とは言え、ここで返事を濁したり、遅らせたりする訳にはいかない。今、この時こそが大事である局面だ。


 俺は高速で考えを巡らす。


 その結果出た答えは……、


(……また、伝七郎に泣きつかないといけないな)


 という、ひどくシンプルなものだった。そして、割と情けない結論だったりする。しかしながら、実際の所それが最良だと思えた。


 領土をもらうしかないだろう。今の俺の給金で、三森家とそこに連なる人間すべてを抱え込むのは無理がある。


 幸い、土地を臣下に与えるという制度自体はこちらの世界にもあるらしい。藤ヶ崎に籠もる爺さんを説得しようとした時に、確か伝七郎はそんな事を言っていた。


 今現在、うちの領土は、ほぼすべて水島家直轄という事になっている。しかし制度自体がすでにこの世界にもあるならば、領地をくれという話もそこまで難しい話にはならないだろう。現に二水のあの塩泉は、形の上では俺のものという事になっている。


 今までとは異なり税として収穫物の一部などを納める事にはなるだろう。しかしそれでも、山里一つの人間を丸抱えするには、そうするしかあるまい。さもなくば、給金を数倍……下手すれば十倍以上にしてもらわないとやっていけない筈だ。


 これは、そろそろうちにもそういう時期が来たという事なのかもしれない。


 金崎領を奪って継直領も取り戻せば、うちは結構な広さの領地を持つ事になる。そうなると、現状のすべて直轄というやり方だと、どのみち苦しくなってくる。今の全直轄方式は、俺たちが小大名とも呼べない小勢力だから出来る事なのだ。帰属は水島家としても、統治は誰かを統括責任者に選び、送らねばならなくなるに決まっている。


 ならばその時に、二水同様に三森の里あたりまでの統治を任せてもらえば、なんとかなる筈だ。


 俺はそう結論を出し、辛うじて堂々とした態度を保ったまま頷いてみせた。威厳を保つのも楽じゃない。


「分かった。清信殿……いや清信。其方(そなた)らは、この俺が受け入れよう」


 折角降る気になってくれているのである。ここで俺が逃げ腰になるのは、百害あって一利ない。仮にも俺は、重臣の一人なのだ。そんな頼りないところを、いきなり見せる訳にはいかなかった。


「おお、感謝いたします」


 清信は、満足そうな笑みを浮かべた。


 おそらくは、もっと俺を見定めてから降るかどうかを決めようと思っていたに違いない。


 だが、俺が急がせた。


 その割には納得してくれているようで、本当に良かったと思う。ただ、それが本音かどうかは見ただけでは分からない。今後の互いの努力だけが、この清信の態度を本物にも偽物にもする。繋がった信頼の糸が紐となり綱となっていくには、時間が必要なのだ。


「これからよろしく頼む」


「はっ」


 互いの兵が少し向こうで戦の勝利に勝ち鬨を上げている中、俺たち水島に三森の里が新たに加わる事がこうして決定した。


 その時、すぐ横で膝を着いていた鬼灯を始め、銀杏や何人かの神楽の忍びらが一斉に北東の方角を見た。その方向には笹島へと続く街道が延びている。


「どうした? 鬼灯」


「はい。馬が駆けてくる音が聞こえます」


 俺の耳には、兵たちが上げている勝ち鬨の声しか聞こえない。


「多いのか?」


「いえ、一頭ですね。おそらく早馬かと」


 鬼灯は再度耳を澄ますと、こちらを見てはっきりとそう言った。鬼灯も他の忍びたちも、すでに緊張が解けている。おそらく、皆同じ理解に至ったのだろう。


「蒼月からか?」


「おそらくは」


 俺は三森の里を救うに辺り、もう一つの手を打った。


 ――――もし笹島が空になったならば、神楽の里に残った者の総力を上げてこれを落とせ。


 蒼月に、そう命じたのである。この話を詰めさせる為に、三森の里へと出向く前に、鬼灯に神楽の里へ走ってもらったのだ。


 以前調べた金崎領の兵の配置から見て、俺にはある程度の確信があった。もし、笹島に集まった兵がすべて三森に出払ってしまえば、笹島を防衛する為の兵は送られてこない、と。


 朽木の町が落ちていない現在、三森と笹島は金崎領の国境より少し入った位置にあるというのが一点。もう一点が、田島や神楽がある地域と笹島の間には、二千メートル前後の高い山々が天然の要害となって立ち塞がっているという事。田島方面から笹島に攻め込むには、普通田島から一旦北上して、それから回り込まなくてはならない。


 この二点がある故に、金崎は笹島を空けるだろうと読んでいたのだ。それはそうだ。奴らとて、敵が来ない『筈』の場所に貴重な兵力を割けない。


 ……まあ、あの惟春がそこまで頭を使うかどうかは別にしてだ。いずれにせよ、『空く』と読めた。


 しかし、田島でごそごそやったり、先に三森を落としてしまったりしたら、この話は変わってくる。


 折角の好機である。逃したくなかった。かと言って、俺たちの勢力圏から笹島に攻め込むには、まっとうな線では街道ルート――三森の里経由と田島経由しかない。


 なら、まっとうな線を捨ててみようか。


 そう考えての策だった。忍び『のみ』で構成された小部隊なら、少々高い冬山でも越えられはしないかと考えたのである。


 鬼灯にこれが可能かどうかを尋ねた時、「私たちでも楽ではないと思います」と言われた。


 だが、可能かどうかとの問には可能と返ってきた。


 だから決行したのだ。


 笹島の人口は二・三千程度。もちろん武装した兵士の数ではない。これならば、神楽の防衛の為にと里に残っていた兵力をすべて投入すれば、制圧は可能と思われた。


 しかし、まったく問題がなかった訳ではない。


 この作戦を実行すれば里が空になる。空の町を襲う為に、自分の里を空にするという、高いリスクを負わねばならなかった。


 しかし相手が『金崎』である事を考えると、このリスクは著しく低下する。こんな『恥知らず』な真似は、奴らには出来ないだろう。


 だから、『やれる』と踏んだのである。


 俺はもたらされるだろう報せに期待を膨らませながら、使者がやってくる方角を見つめたまま待った。


 しばらく待つと、鬼灯が言った通りに早馬が到着し、使者が俺の前に跪いた。


 鬼灯は俺同様に使者の方を向いていたが、清信は何が何やら分からないといった様子で、俺の顔と使者が駆けてくる方角を交互に見ている。


『笹島を無事に制圧しました』


 誇らしげな様子の笹島からの使者は、この言葉から報告を始めた。そして、金崎からの反撃に備えた兵を送って欲しいとの言葉で報告を締めた。


 この報告を一緒に聞いた清信は、目を見開いて口をぽかんと開けていた。そして、ゴクリと一際大きく喉を鳴らした。余程に驚いたらしい。そして、おそらくは無意識に呟いてしまったであろう一言を漏らす。


「誤まっていたら大事だった……」


 俺は聞こえなかったフリをした。近くにいた鬼灯たちも清信のこの呟きは当然聞こえていた筈だが、皆知らぬ顔を通していた。清信自身も、自分が言葉を漏らしてしまった事に最後まで気づいていないようだった。




 この報せの後、十分な数とは言えないが、俺は朱雀隊と足軽百を重秀に率いさせて笹島へと出した。


 いくらほぼ危険はないとはいえ、いつまでも神楽をもぬけの殻にさせておくのは、あまりよろしくないからだ。


『自分たちは捨て駒。良いように使われているだけだ』


 そんな感情を、蒼月と神楽の民に抱いて欲しくはなかった。だから、国境に近い神楽をもぬけの殻にさせるのは、最小限の時間に抑えたかったのだ。


 同様の理由で、三森から出た兵たちも一旦三森の里へと戻した。


 清信自身を除いて。


 病を押して出撃してきた清信に無理をさせるのは、俺も好ましい事だとは思っていない。だが、清信にはやってもらわねばならない事があるから、もう少しだけ付き合ってもらわなければならなかった。


 俺が三森の里までやってきた理由の半分は、三森の里の安全を早急に確保し、惟春がやらかした馬鹿を最大限に活用しようというものだった。


 だが残り半分は、まさにこの清信の助けが欲しかったからなのだ。


「なるほど。私に敦信の説得をせよ……と、そういう訳にございますな」


 源太に頼んだ朽木の陣へと戻る道すがら、「頼みがある」と切り出した俺に、清信は分かっておりますと言わんばかりに頷いてみせた。


 流石に敦信の父だけあって、頭の巡りも血だけのボンクラ共とは違った。


 だが、俺は首を横に振る。


「いや、そうじゃない。確かに、無理を押してお前に同行を頼む理由の一つは、お前の――いや三森の里の投降を敦信に直接見せる為だ。だが、俺がお前に頼みたいのは、直接の説得ではない」


「説得では……ない?」


 清信は俺と馬を並べながら、意味が分からないといった様子で片眉をくいっと曲げた。


「ああ。さっきも言ったが、敦信の力は本物だ。その忠義の心も固く強い。それは、もうすでに知っている」


「…………」


 清信は、黙って俺の話に耳を傾けている。


 そんな清信に俺は告げた。


「だから最後に、俺はあいつの『思い』の強さを試したいんだ。一人の女が信じたあいつの『思い』をね。敦信にとって、『思い』と『誇り』のどちらが強いのか。それを見せてもらおうと思う」


 清信は、神妙な顔をして俺の言葉を聞いていた。そして俺は、そんな清信にもう一つ伝える。


「……結果次第では、俺はお前にひどい仕打ちをする事になってしまうかもしれない。その時は、許してくれとは言わない。ただ、水島ではなく俺だけを恨んで欲しい」


 清信は、そんな俺の言葉にごくりと唾を飲んだ。

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