第二百四十六話 三森の里を救う為に 初戦 でござる
ワアっと鬨の声が上がる。
どうやら、敵の先鋒を務めていた百人組組長の首を吉次が上げたようだ。つい先ほど、この部隊の大将・米倉吉右衛門の首は重秀が上げているから、あとは残った最後の百人組組長の首を八雲が上げてくれれば、この急襲は大成功のうちに終わる。
笹島から三森の里へと続く街道上で、俺たちは笹島から出た三森の里を襲う後発隊三百に襲いかかった。
敵は現時点における戦闘を想定していなかったようで、伏兵による横撃から容易に部隊を割られて混乱した。朽木を攻めていた俺たちが、朽木を落とさぬまま北に上ってくるとは考えていなかったようだ。見事に奇襲は成功した。
神楽に偵察を命じ、敵の部隊の隊列と将の位置が把握できていたので、敵の隊列が半分通過したところで、街道脇の林の中からいきなり襲いかかってやったのだ。
この辺りは、元々道がそこまで広くなく、敵の数も三百と多くない。だから意図的な横撃を繰り出せば、容易に隊列を割る事が可能だったのだ。
その上で『頭』を狙った。
敵の数は三百。実戦闘における部隊単位は大概百人ひと組である事が多い。だから、敵の潰す頭は通常三つとなる。
戦が部隊同士の正面からのぶつかり合いである為、こちらの隊は細かく細分化していない事が多いのだ。五人組、十人組という単位はあるが、それは部隊単位というよりも管理単位と言うべきものなのである。
だから敵の指揮系統を機能不全にする事を目的とするのならば、まず『大将』。そして、『部将』。次に『百人組』の組長を狙うのが効果的と言えるのである。
今回の敵部隊においては部将が大将だった。だから、大将と百人組の組長を狙えば、あとは烏合の衆となるのは明白だった。百人組組長未満では影響力が小さすぎて、崩れようとする味方をまとめ上げる事はまず不可能だからだ。
そして、その読みが見事に的を射たのである。
細い雪道を通る為に伸びきった敵部隊は、俺に率いられた八十名の急襲部隊によって、中央から分断されて完全に右往左往していた。
一部は、偶然にも俺たちが兵を伏せていない森の中へ、雪の降り積もった藪を無理矢理かき分けて逃げていった。だが大半は、来た道を戻ろうとするなり、進む予定だった方角へ全力で駆け出すなりして、逃げ始めた。街道をそのまま使おうとしたのである。
それは、俺たちにとっていい『的』だった。
こうなるだろうと、敵の隊列を割った俺の部隊の中に、三十ほど弓を持たせた兵を混ぜておいたのだ。
流石にこの者たちでは、与平の部隊の兵ほどには弓の技術も練度もない。だが、それでもこの三十名は朱雀隊なのだ。精兵だけに弓騎兵としての訓練も施されている。だから彼らは、それなり以上には弓を使いこなす事が出来た。
この者たちにとって、雪に足を取られながら逃げる敵の背中を射る事など、大して難しくはなかった。なにせ、敵味方を分ける必要のない場所にいる、ゆっくりと動く的である。そりゃあ、射る事に難しさなど感じていないだろう。
だから、一方的な虐殺となっている。
今も直、それは続いている。限られた少数の兵で襲いかかったにしては、望みうる最高の成果を上げる事ができたと言えるだろう。
気を抜くつもりはないが、もうこの戦の趨勢は決していると言っていい。俺たちの圧勝だ。
「武様。どうやら最後の組長も討ち取れたようです。八雲さんの部隊が方向を変えました」
銀杏が側で俺を守りながら、戦況を見て的確な報告をしてくれている。普段、鬼灯がしてくれているように。同じように頑張ってくれていた。
「神森サマ。どうする? 八雲は吉次と協力して、逃げ遅れた敵兵をこのまま挟んで圧殺するつもりみたいだな。俺たちも重秀様と協力して同じようにするか?」
太助も、周りに敵がいないから戦況を分析して進言してくる。ついこの間までとは比べものにならないくらい、将として磨かれてきていた。俺自身もそうだったが、やはり百の訓練よりも一の実戦らしい。
「だな。太助」
「おう!」
「お前は、このまま笹島方面の残敵を重秀と挟め。それで、この戦は『ケリ』だ」
「はっ!」
いつもは生意気な口ばかり叩く太助だが、俺が将として命じた時には、いっぱしの将の顔つきになって、将としての口をきこうとする。本当に変わってきていた。
「よしっ、いけ!」
「はっ! 槍隊の者たちは俺に続け! 残った敵を押しつぶすぞ!」
「「「「おう!」」」」
威勢の良い声が上がり、太助に率いられた槍隊の者たちが敵に向かって走って行った。
「これで決まりだな」
「はい」
銀杏が俺の呟きを拾って、同意してきた。いま俺の周りには、銀杏と弓隊三十が残っているだけだった。とは言え、逃げていく敵の背中を今も狙っている弓兵は、朱雀隊の者たちなのだ。いざとなれば、いつでも腰の刀を抜いて俺の護衛に回れるだけの技量がある。だから、太助が一時側を離れるくらいはなんという事もないのである。
しばらくの間、俺は太助らの戦い振りをのんびりと眺めていた。
重秀は、その豊富な経験を生かして少しでも味方の被害の少ない戦い方をしようとしてくれている。太助と吉次は、敵に向かって力の限りにぶつかっていっていた。重秀と比べると若さの出ている戦い方と言える。だが、それでもついこの間までの二人とは比較にならない若武者振りを見せていた。八雲は、親友二人とはまた違った戦い方をする。太助・吉次のように勢いに任せて兵を突っ込ませずに、俺率いる弓隊を計算に入れた理詰めの用兵を試みているようだった。
こうして見ると、ほんとそれぞれに個性がある。俺たちの未来は思ったよりもずっと明るそうだ。
そんな感想を覚えた。そして、ほどなくして俺たちの大勝利が確定した。
「いつもながらに見事な勝利、祝着至極に存じます」
笹島から出た金崎の兵を完全に駆逐した重秀が俺の元へとやってきて、そう言った。その後ろには、太助ら二水三人衆もいる。どいつもこいつも、『ドヤッ』と言わんばかりのいい顔をしていた。
「ご苦労だった、重秀。お前らもな。この勝利で兵数の秤はこちらに傾いた。次は、俺たち優位の戦ができる」
「すでに三森の里に張り付いている部隊との戦ですね」
八雲が確認してくる。
「そうだ。数は二百ほどいる。しかし、この戦での死傷兵の数を引いても、今ここにいる数だけで二百七十ぐらいはいるだろう。里の兵との挟撃ができれば、なお勝ちは揺るぎないな」
「里の兵?」
太助が首を傾げた。
「奴らの先発隊だけでも、三森敦信と里の兵を朽木に送ってしまっている三森の里にとっては脅威だった。たぶん、笹島の先発隊に落とされるような兵力しか三森の里には残っていないだろう。だが、俺たちと挟撃が出来るなら話は別だ。数のうちに入るようになる。……例え、それが子供や老兵たちだったとしてもな。挟み撃ちをくらうってのは、そのぐらい厳しいんだ。お前らも、いずれ兵を率いる時の為に覚えとけよ」
「いや、そりゃ、神森サマの下で戦ってるんだから、それは実感できているけどさ。そうじゃなくて、なんで三森の里が俺たちと共同戦線を張ってくれる事になってんだ? 鬼灯の姐さんから何か連絡があったのか?」
「いや、まだだ。だが、よほど馬鹿でない限りは、そうしようとする筈だからな。話では、病床に伏しているものの、あの三森敦信の実父が三森の里にはいるらしい。なかなかの人物だとか。だから今回、こちらが笹島の増援を破った事を知れば、腹を決めるだろうよ」
「決めるだろうって……まだ決まっていないのかよ」
太助は、俺の言葉に呆れたように言う。
そんな太助に俺が説明してやる前に、重秀が溜息交じりに太助を振り返った。
「決まっていなくとも、決まっているという事もあるのだ」
「決まっていなくとも決まっている?? どういう意味です?」
太助がまったく分からないと聞き直している。
今度は、重秀のあとを次いで俺が説明してやる事にした。
「いいか? 惟春の手勢が三森に向けられた段階で里の長である三森清信は、こう考える。『このままでは、そう遠くなく金崎惟春に里は滅ぼされる』。例え今回を凌いでも、また次に何かあれば滅ぼしに来る。そう確信しただろう」
「ふむ」
「そうなると清信としては、里が生き残る為の方法を模索しなくてはいけなくなる」
「そりゃあ、そうだわな」
「そこで、だ。今手頃なところに、それを助けてくれそうな勢力がある……俺たちだ。となれば、清信は惟春の暴挙を受けて、俺たちを意識せずにはいられない」
「だが、鬼灯の姐さんは戻ってきていないんだろ? もしその通りなら、姐さんはとっくに朗報を持って帰ってきているんじゃないか?」
太助がそう言うと、その横で吉次もそうそうと同意する。八雲は、ンーと唸っていた。
そんな三人に意味ありげな視線を送った後、断言してやる。
「そうとも限らない」
そして、疑問符を頭の上に沢山並べている太助と吉次に向かってかみ砕いて説明してやる。
「清信は……というか、三森家は金崎家への帰順した際に一度失敗しているからな。今度は、仮に俺たちへの帰順を心に決めても、少しでも『高く売る』事を考えるだろう。それに、惟春の庇護が得られないとしても、今俺たちに付いて良いかどうかも、正直まだ迷っている筈なんだ。いくら金崎家では三森の先がないと分かっていても、俺たちが頼りなければ寄りかかれないからな。何も自ら寿命を縮める真似をする必要はあるまい?」
「それは……そうだな」
太助は少し考えて、こくりと頷いた。吉次も「あっ」と口にして、すぐに「なるほど」と呟いた。
「だから、鬼灯が俺から遣わされてきた段階で、清信は俺の動きを、目を皿にして見ていた事だろう。俺たちに付いて良いかどうかを見極める為にな。そして今、俺が笹島の後発隊を破った事で、清信が腹を決めるならココという時に来ている。つまり、今ようやく鬼灯が仕事できる環境が整ったという事だな。鬼灯がまだ戻って来ていない理由として、こういうのも考えられるという事だ……最悪の事態以外にもな」
俺の説明に、太助と吉次はポカンとした顔でこちらを見返してきた。肝心な部分はわざとはしょって説明したので、煙に巻かれたような感覚を覚えているのだろう。そんな二人を見て重秀は、まだまだだなとばかりに苦笑を浮かべる。
しかし、そんな中で八雲は、
「ああ……なるほど。だから神森様は……武様は鳳雛と呼ばれているのか……」
と誰に向けたとも思えぬ呟きを漏らした。
なにか妙な勘違いをしていないといいのだが、とりあえず八雲は、八雲なりに理解した事があったようだった。