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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百四十五話 不測の事態 でござる

 もう少しで三森~笹島を通る街道へと繋がる交差点に出るという所で、俺は進軍を止めた。そして、歩いてきた枝道を逸れて脇にある森の中へと入った。


 夏と違い、降り積もった雪も行く手を阻んでくるが構わず突き進み、少し開けた場所を見つけるとそこを一時的な拠点とした。


 神楽の忍たちを放った。笹島方面と、すでに三森に向けて経ったという笹島の先発部隊の様子を探る為だ。


 三森の里には、朽木の陣を出発する前に鬼灯と数名の忍びを出しているから必要ない。彼女らとは、今いるこの辺りで合流する手筈となっている。今この時まで、合流できていないという事は、まだ三森の里の筈だ。向こうから、やってくるだろう。


 しばらくして偵察に出た忍びは戻り、俺に二つの情報をもたらしてくれた。


 一つは、三森の里に向かった先発隊の方は三森の里のすぐ側で陣を張って、沈黙しているらしいという事。


 らしいというのは、調査に使えた時間が時間なので、特別動きがないという事しか分からなかった為だ。とは言え、こちらに関しては、鬼灯から詳細な内容が報告されるだろう。だから、特に問題はない。


 しかし、もう片方は少々厄介な報せだった。


 いま俺は、自分の天幕に笹島方面に偵察に出ていた忍びを呼び、更に詳しい内容を聞いているところである――――。




 天幕の中には、俺の他には太助と銀杏がいた。太助は俺の護衛として、銀杏は鬼灯が務めている神森家のお庭番衆の取りまとめをしてくれている。重秀と百人組組長二人、そして吉次と八雲は外で他の仕事をしていて、今この場にはいない。


「笹島から出た追加の部隊の数は、およそ三百ほどと思われます」


 俺の前に跪いた忍びは、顔を伏せたままそう言った。その内容に太助は大して動じなかったが、銀杏は目を見開き驚いている。


 といっても、銀杏が小心だという訳ではない。どちらかというと、何が不味いのか気づいていないと思われる太助の方が問題だ。


 恐ろしくタイミングの悪いバッティングである。俺は、自分の運のなさを呪った。


「現在の位置は?」


「我々が彼奴らを見つけたのが、ここから三里ほどの位置にございます。あれから過ぎた時を考えますと、おそらく今は二里ぐらいの位置まで近づいているかと思われます」


「二里って……もう目と鼻の先じゃないか。……おい、太助。飯の煙とか大丈夫か? 奴らは偵察なんかは出さないだろうが、煙なんか上げていたら、そんな距離では一発で見つけられるぞ」


 すぐに太助に確認する。


 今は、丁度夕刻前。担当の者たちが準備に取り掛かりだしても、おかしくない時間帯だった。


 今回俺は、朱雀隊と槍組二隊の三百ほどを連れてきている。そんな数の兵の飯炊きの煙などを上げようものならば、数が数だけに発見される可能性が非常に高い。


「あ……。すぐに確認してくる」


「もしまだなら、俺がよしと言うまで絶対に火をおこすなと伝えろ。もちろん、(かがり)を含め焚火の類いも全部だ。全部消せ。最悪今晩の飯は(ほしい)を囓る事になるが、我慢しろと言っておけ。それと、各種作業も中止だ。大きな音を立てるなとも伝えろ。あとは重秀に直接この内容を話して、『万が一』に対応できるようにしておいてくれと伝えて欲しい」


 天幕を出て行こうとする太助に、後ろから現場への命令を矢継ぎ早に伝えた。


 しかし太助も慣れてきたのか、こちらを振り向く事もなく、


「承知した」


 と、そのまま足早に出て行った。


 とりあえず、これが最善の対応だろう。あとは、後の祭りだったという事がないように祈るだけだ。


「……で、その三百は誰が率いているんだ?」


 太助が出て行ったのを見届けて、俺は話を戻す。


「旗印から米倉吉右衛門かと」


「金崎家家老・鏡島典親に近しい者ですね」


 答えた忍びの言葉を、銀杏が補って説明してくれた。やはり、先に銀杏に聞いた通りのようだ。しかも、予想していた最大の兵数を三森の里に向けてきている。


 たかだか山里の一つや二つで、家老の影までチラつきだすか……。惟春の奴……俺たちが侵攻してきたこの機に、本気で邪魔者を一掃するつもりか。


 奴の自信は、一体何を根拠にしているのだろう。理解に苦しむ。いや、もっと正確に言うと理解不能だ。


 このタイミングで内部にまで敵を作って、無事に済む訳がない。少しでも物を考えられたら、普通は出来ない事だ。


 他人は自分に逆らわない。他人は自分に尽くして当たり前――驕りも、ここまでくると一種の感動すら覚える。


 (くん)は権利ではない。責任なのだ。それをはき違えた帝王学を施すと、こうなるという典型だった。


 おそらく惟春は、自分に疑問を持った事など一度もないだろう。周りも、それを当たり前のように許した――――御輿は馬鹿に限るから。


 おそらくは千賀の親父さんが苦労したのと、同じ病巣を金崎家も抱えているのだ。千賀の親父さんはそれを何とかしようとしてなんともならずに倒れ、惟春はその病巣にいいように持ち上げられて今に至っている。多分、ただそれだけの差だ。


「どこもかしこも大変なこって……。しかし、困ったな」


「何がです?」


 銀杏が俺の呟きを拾って、コテリと小さく首を傾げた。こんな所は年相応で可愛らしい。


「ん? 予想よりも、金崎家の腐り具合が激しそうだからな。金崎領を吸収した後が大変だろうな、とな」


「あ……なるほど」


 銀杏は、たったこれだけの説明で理解できたようだ。


 そう。俺たちの目的は、金崎領を手に入れる事ではない。あくまでも、金崎領の併呑は過程にすぎないのである。目的は継直の首と、大和の国の平定だ。


 となると、である。


 手っ取り早く継直の軍と戦える体制を整えるには、金崎家の領土を吸収すると同時に、その臣下と兵もある程度流用できればそれに越した事はなかった。


 しかし、それが少々難しくなった。いくら人が欲しいと言っても、腐ったミカンはいらないのである。


「ま……仕方ないな。なるようになる……ってか、なるようにしかならんものな。とりあえずは、目先の事から一つずつ片づけるしかないか」


 ゲンナリとした自分の心に活を入れ、気持ちを切り替える。


「敵の数は先発の分が二百で、後発が三百。合わせて五百。こちらが三百。ちと差が大きいな。さしずめ、まずはこれから何とかしないと不味い。正直、笹島の全部隊といきなりぶつかる事になるとは思っていなかったからな。三森の里を口説いて、それからの筈だったのに予定が狂った。鬼灯からは、まだ何も言ってこないのか?」


 銀杏に尋ねる。


「はい。鬼灯様からは、まだ連絡は何もありません。しかし……」


「しかし?」


 銀杏は少し考える仕草を見せてから、慎重に口を開いた。


「この連絡の遅さが、交渉の余地があった事を示しているのではないかと、私にはそう思えます。もちろん任務に失敗して命を落としたり、捕まったりしている可能性もありますが、それなら神楽から連絡が来ると思うのです」


「神楽から?」


「はい。私たちは鳥を使いますので。そんな事態になれば、鬼灯様は鳥を飛ばすのではないかと」


 伝書鳩みたいなものか。


「なるほど」


 それがないという事は、俺が頼んだ交渉が難航しているなり、某かの理由で作戦が遅れているなりしているだけだと銀杏は言いたいのだろう。


「となると、ここで見送って素直に先発隊と合流させるのは、あまりよろしくなさそうだな」


 三百対三百。敵より多く兵を集めるのが兵法の基本だが、数は互角。今までの無茶な戦いに比べれば、いささかマシな条件とは言える。


 銀杏は、俺の言葉にコクリと頷き同意した。そして、尋ね返してきた。


「武様は、鬼灯様に三森清信様との交渉を命じられたのですよね」


「ああ。こんな状況だからな。三森の里ごと先に寝返らせて、三森敦信はその上でなんとかしようと考えている」


「となると、鬼灯様の連絡の遅れには、笹島の兵の行動の早さも関係しているのかもしれません。三森の里も後発の兵の情報をすでに掴んでいるのかも……。もしそうであれば、今の三森の里や鬼灯様がどのような状態にあるにせよ、ここで笹島の後発の兵を叩いておく事は鬼灯様を後押しする事にも繋がると思われます」


 いや、大したもんだ。やはり、この銀杏は本当に情報を分析する事、扱う事に長けているようだ。まだ少女と呼べる年頃だというのに。


 俺は大いに感心させられながら、その銀杏の分析に同意した。


「だな。少々の危険を犯す事にはなるが、それだけの価値はありそうだ」


 腹が決まる。


「銀杏。改めて重秀らの元へ走ってくれ。静かにするのは中止。すぐに戦闘準備に入れ、と。笹島から降ってくる三百の兵をぶっ叩くぞ!」


「行ってきます」


 銀杏は俺の言葉にコクリと頷くと、音もなく早足で天幕の外へと駆けていった。

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