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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百四十三話 塞翁が馬をめざせ でござる

 天幕の中にまで時折風が吹き込んできて、時折油皿の炎が揺れる。少し風が出てきたらしい。


 そんな中、兵たちは次の戦に備えて懸命に準備に奔走している。本当に、ご苦労様と頭が下がる。


 だからこそ、俺は俺で自分の仕事を全うしなくてはならない。


「……で、紅葉」


「はい」


「今の鬼灯の説明に何か付け加えたい事はあるか?」


「いえ。私は、独断で三森敦信と接触しました。そして、三森の里が金崎惟春に狙われている事。その為の兵が笹島に集まっている事を伝えました」


「それ以外の事は?」


「何も話しておりません」


 言い淀む事なく、紅葉は俺の問に答えてきた。内容は、鬼灯が説明してくれた通りである。


 それに、だ。紅葉自身も自分がした事がどういう事なのかは分かっていると見える。


 分かっていてやった。だから、申し訳なさそうにもするし謝罪もするが、反省をしているようには見えない。する気もないだろう。覚悟の上でやったのだから、今更省みる事などあろう筈もない。


 さーて。これをどうしようか……。


 悩ましい。切り捨てるだけなら簡単だ。仮にそういう判断をしたとしても、鬼灯も神楽も妥当と判断するだろう。


 だが、それではあまりにも『もったいない』。


 紅葉が行動した理由ははっきりしている。それだけに、切り捨てた場合はただ単純に才能の損失となる事が分かりきっている。


 規律を守る為にもきっちり処罰する必要があるが、杓子定規に命を取るような真似は何とか避けたい。


 んーむ……。


 俺は目の前の鬼灯と紅葉を交互に見やる。


 鬼灯は強く責任を感じているようで、相変わらず思い詰めた顔をしている。


 紅葉の方も変わらずだ。俺の目を真っ直ぐに見て、どんな沙汰でもお受けいたしますと言わんばかりである。


 ん……、よし。ならば……。


 じっと俺の目を見つめる紅葉の目を見返しながら、俺も腹を決める。そこまで心を決めているというならば、それに付き合ってやろうと。


 頭の中の計画を再構築する。計算し直す。


 ……よし。


「紅葉」


「はい」


「自分がした事がどういう事なのかは、理解できているな?」


「はい」


「結構。ならば、沙汰は追って出す。それまでは牢にて待つがいい」


 俺は淡々と命じた。


 藤ヶ崎にて軟禁した時とは違い、今回は明確に牢屋へと送る。ケジメは必要だ。板と細めの丸太だけで作った仮設牢が、この陣にはある。冬のこの時期、押し込められるだけでもかなりキツイ造りの簡易牢だ。


 俺は無表情のまま、叱責すらする事なく、そこに入っていろと紅葉に命じた。


「はい」


 だが紅葉も、一切不満を口にしない。その素振りすらなかった。表情通りに、すべて受け入れるつもりとみえる。


 俺はその様子に、(やれやれ……)と内心嘆息しながらも、無表情を貫き通して人を呼んだ。


「誰かある!」


 そして、やってきた兵に紅葉を牢に入れるように命じると、天幕の外にそのまま連れ出させた。


 紅葉は、やはりまったく抵抗しなかった。それどころか、一礼して自ら出て行った。


 紅葉が兵に連れられて出て行くと、天幕の中には重苦しい沈黙だけが残った。鬼灯は眉根に皺を造りながら口元をきゅっと噤んでいる。一際強い風が吹き、ひゅうという音が天幕の中まで聞こえてきた。その時、それまで噤まれていた彼女の口が開かれた。


「監督不行届でした。申し訳ございません。私もどんな処罰でもお受けいたします」


 改めて頭を下げてくる。


「ははは。まあ、内容的には上も責任とらざるをえないものだけどさ。うちもそんなに人が余っている訳じゃないからな。責任を感じるのは分かるけど、なんとか功を立てて埋め合わせてくれ。失態を埋め合わせられるのは罰だけじゃあない」


 あまりに深刻そうにしている鬼灯に、先ほどまでとは打って変わって殊更軽い調子で告げた。


 俺の様子の変わり様に、鬼灯は思わず伏せていた顔を上げて、まじまじと俺の顔を見つめてくる。


「どうかしたか?」


「い、いえ……、その……」


「おかしいか?」


「いえ、決してそのような……」


 鬼灯は完全に調子が狂ったようで、しどろもどろになっている。


「ま、言いたい事は分かるがな。でも、俺としては『罰』で失敗を償ってもらうより、『功』で埋めてもらいたいんだよ。今回の紅葉の件、確かに決して軽くない罪があると思うし、鬼灯……お前の監督責任も問われるべきだと思う。紅葉がやった行為自体は、間違いなく背信行為だからだ。だがな……」


 俺はそこで一度言葉を切った。


 鬼灯は、真剣な顔で俺の言葉の続きを待っている。


「紅葉は俺たちを裏切ってはいない……いや、行為自体は裏切り行為だな。だが、心までは裏切っていない。……もし、紅葉がやった事が、先ほど彼女が語ってくれた通りならね」


「……私にこんな事を言う資格がないのは承知しておりますが、それは寛大すぎる解釈ではございませんか? 我らを裏切る気であれば、どうとでも話を作ります」


「そうだな。でも鬼灯は、今の自分の言葉を自分で信じているのか? 一般論ではなく、今回の紅葉の件に関して」


「それは……」


 問う俺に、鬼灯は言葉を失って視線を迷わせた。鬼灯も、本心では紅葉を信じているのだ。


 そして、俺も紅葉を信じていた。『だから』、牢に送った。


「今の言葉が俺への忠言であった事を承知の上で言うが、自分でも信じていない事を他人に信じさせる事なんて出来はしないぞ?」


「…………」


 鬼灯は黙ってしまう。


 俺も、彼女を言い伏せつもりで語っている訳ではないので、さっさと話題を変える事にする。彼女には、これから頑張ってひと働きもふた働きもしてもらわねばならないのである。沈んでもらっては困るのだ。


「さて、鬼灯」


「……はい」


「やってもらいたい事があるんだ。これから忙しくなるぞ。神楽にいる蒼月の元にも走ってもらいたい」


「長の元にも?」


「ああ。失敗すれば失う時間が痛いが、やってみる価値はある。それに……」


「それに?」


「それに、紅葉の奴に『相談したくなったら遠慮なく言え』などと格好つけた手前、相談するに足る実績をきっちり作ってやらねば立場ないからな。説教の一つもできなくなってしまう」


 俺は、わざとらしくニヤと嫌らしい笑みを作ってみせる。


「は、はあ」


 鬼灯は、よく分からないといった感じの返事をした。


 だが、その事に関して、俺はこれ以上説明する気はない。俺みたいな奴にだって、ささやかな美意識くらいはあるのである。


 それに鬼灯の処分については、現実的な問題との兼ね合いもある。


 鬼灯まで謹慎処分とかにしてしまうと、色々と手が足りなくなる。かといって、減俸とかにしてしまうと、今度は背信行為とその監督不行届という罪が軽じられはしないかと心配だ。


 これらは決して口に出して説明する訳にはいかないが、現実の問題を処理する為には避けて通れない話である。


 だから今は、多少無理矢理気味でも適当に誤魔化してしまった方がよかった。信賞必罰を最終的にきっちりと守る為に。


 俺は鬼灯に「ご苦労だった」と言って、とりあえず解放した。彼女は、どうにも不可解だといった顔をしたまま天幕を出て行った。


 とりあえず、鬼灯はこれでいい。


 問題は紅葉だ。


 彼女らには、なんとしてでも『功』で罪と失態を注がせる。俺の頭の中の基本方針は、その方向ですでに決定している。


 だから俺個人の気持ち的には、紅葉に対しても鬼灯と同様の処理にしてもよかった。しかし、彼女に関しては組織的にそうもいかない事情がある。内通の疑惑、および情報の漏洩の疑いのある張本人だからだ。


 だから、紅葉は牢送りにした。


 だがそのせいで、ここからはタイムトライアルになる。


 あの簡易牢は吹きっさらしだ。真冬の山の中では、いくら忍びといえどもそう長くは保たない。凍傷になったり、命を失ったりする前になんとかしなくてはならない。


 紅葉がどうなってもいいならば、わざわざこんな面倒な真似などしない。鬼灯が出て行った後、俺はすぐに行動に移る。


 まずは、伝七郎への今回の顛末の書状をしたためる。そこには、今回の紅葉の独断専行を受けての朽木攻略に関する方針変更と、新しい策を合わせて書き記していく。


 次に源太を呼び、やはり朽木攻略の方針変更と新しい策を伝え、そして兵の再編と『俺の代わり』を頼む。


 最後に、もう一度鬼灯を呼ぶ。


 今度はきちんと説明をしてやる。彼女にも、目一杯働いてもらわねばならない。彼女とその部下の忍びたちの力を、大いに借りる事になる。蒼月との連絡でも、内容が内容なので鬼灯自身に走ってもらう事になる。


 もしこの修正がうまくいけば、当初の計画よりも、継直との決戦に向けてずっと良い結果を得られるだろう。その一方で、失敗すれば失われる時間が取り返しのつかないものになるかもしれない。


 だから、なんとしてでも成功させる。


 すべての段取りを終えると、兵を連れて陣を出た。街道を『北』へと進んでいく。もう賽は投げられたのだ。後戻りは出来ない。

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