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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百四十二話 戦場で紡ぐ恋物語……ですか? でござる


 朽木の町を攻略するべく伝七郎とともに町を囲んでいるが、なかなかどうして敵も手強い。と言っても、手強いのはおそらく……いや、ほぼ間違いなく三森敦信ただ一人な訳だが。


 朝霧に紛れて強襲しようとしたら、まんまと嵌められた。嵌めたつもりが、嵌め返された。こちらの世界の人間は、なんて素直なんだと思っていたのに、ただの俺の気のせいだったという事実。知恵の実を食った猿の考える事など、世界が変わっても、あまり変わらないという事らしい。楽は出来そうもない。


 日が落ちて雪がぱらぱらとちらつく空を見上げながら、そんな事を考えていた。山や林に遮られているし間の距離も距離だから、雪が降っていてもいなくても、この陣から朽木の様子は見えないが、それでも気分的に朽木の町の方角を眺めながら寒風に身をさらしていたのだ。多少なりとも、頭がオーバーヒートしそうになるのを防いでくれそうだったから。


 周りにはいくもの天幕が建っている。兵たちも、まだバタバタと走り回っていた。あちこちで灯された松明がパチパチと音を立てている。シフト制みたいなもので事実上陣中は二十四時間稼働しているような状態なのだ。


 とは言え今日は、この時間にしては動いている人数が多い。今朝の一戦の影響だ。軍の再編、傷を負った兵の治療、偵察、伝七郎との連絡、後方の神楽の里との連絡に、反撃への警戒等々、色々とやる事が多いのである。


 俺も、各所を回って自分の目で確認すべき事を確認して回った。ひと休憩したら、まだ続きもある。源太やその他の将らからの報告も、もちろんきちんと上がってきてはいる。しかしそれでも、参謀室に籠もっていられるほどの余裕はない。


 指揮をする人間と現場が乖離すると、当然ながら軍は力を十全に発揮できなくなってしまう。命を賭けた戦争では、これは容易に致命傷を招く。死にたくなければ、労を惜しむ訳にはいかないのだ。




 確認作業を終え、自分の天幕に戻ってくると、その入り口に鬼灯と紅葉が立っていた。


 鬼灯は険しい表情をしており、何か問題が起こった事を容易に想像させる。紅葉の方は俯き加減で、はっきりとその表情は見えない。


「どうしたんだ、鬼灯。紅葉も」


 俺が声を掛けると、鬼灯と紅葉は片膝をついて頭を下げた。


「武様。あの、少々お話ししたい事が……」


 そして一言、鬼灯がそう言った。


 この時、紅葉の表情が目に入った。深刻な顔をしつつも、どこかすっきりとした顔をしていた。焦りのようなものが窺える鬼灯と違って、こちらはまるで憑き物が落ちたようである。最近の紅葉の事を思うと、俺にはなおそう見えた。


「あー、どうしたんだ。二人揃って」


 すっとぼけながら聞く。おそらくは紅葉の件で何かが動いたか、発覚したか……そんなところだろう。が、まずはこちらがゆったりと構えないと、この鬼灯の様子を見るに碌な事になりそうもない。紅葉の方は腹を括っているようだが、鬼灯の方が暴走しかねない雰囲気だった。


「はっ。……その、申し訳ございませぬ!」


 鬼灯は顔を伏せたまま、更に深く頭を下げた。その横で、紅葉も倣うように頭を下げてくる。


 やはり、何かやらかしたか。


 予想があたっている事を確信した。


「はは。急にどうした。いきなり謝られても、俺には何が何やらさっぱり分からんよ。まあ、こんな所じゃあ風邪を引いてしまう。話なら、中で聞こうか」


 俺は天幕の入り口の布をかき分けるようにして、二人を中へと誘った。 


 天幕の中へ入ると、手に持っていた油皿の炎をいくつかの油皿へと移す。真っ暗な天幕の中が明るくなった。


 部屋の中央に敷かれた大きな布の上に、どかりと俺は胡座を掻く。二人は天幕の中へと入ってくると、その布の上までは来ず、敷かれた布の外――冷えた土の上に片膝をついた。


 この様子では、持って回った事をしても意味がないだろう。俺は、二人に向かって率直に尋ねる事にした。


「……で、一体何があった? というか、紅葉」


「……はい」


「そろそろ、お前が何を悩んでいたのかを教えてもらえるか。この話、それ関連だろう?」


 そう尋ねると、紅葉は観念したように、伏せぎみだった顔をゆっくりと持ち上げた。


「おっしゃる通りにございます。ただ此度の事、あくまでも私の独断にてした事にございますれば、鬼灯様も里もまったく関係ございませぬ。どうか、処罰は私のみに……」


 そして、そう説明を始めたが、その言葉を鬼灯が遮った。激しい調子で、紅葉を叱責する。


「愚か者! 自惚れるでない! 此度のお前の行動が、どれ程の軽挙妄動かも理解できぬのか! 私はおろか、長の責任も追求されてしかるべき内容だぞ!!」


「……はい」


 鬼灯の剣幕に、紅葉は二の句が継げなくなってしまう。


「おいおい、鬼灯。どうやら相当な事があったようだが、まずは落ち着け。話を聞かせてもらわなくては、俺にはどうしたらいいのかも、さっぱり分からんよ」


 あまりに深刻な様子の鬼灯に、俺はことさら軽く振る舞うしかなかった。これで俺まで深刻になったら、著しくバランスを崩した状態で話をせねばならなくなる。それだけは避けたかった。


「はっ。申し訳ございません。実は――――」


 鬼灯は俺の言葉に小さく深呼吸をし落ち着きを取り戻すと、以降は紅葉の代わりに淡々と説明していった。俺は鬼灯の話を聞きながら、時折横の紅葉の様子も確認していた。狼狽えている様子はまったくなかった。すでに覚悟を決めているようで、事実確認にも一切隠すような様子もなく答えが返ってくる。


 最大の問題点は、敵――三森敦信と勝手に接触を持った事。これだった。


 確かに由々しき事態である。平常時でも大問題だが、今は戦争真っ最中だ。命じられた訳でもなく独断で接触したとなると、普通は内通を意味する。


 紅葉の様子は、このところ悪化する一途だったらしい。


 そんな紅葉の様子を心配しながらも、鬼灯は相談してくれない紅葉を見守り続けた。しかし、昨日事態は急変したようだ。


 継直の本拠である富山方面の様子を探っていた銀杏が帰ったのである。


 銀杏は、朽木から見て北西にある富山からまっすぐにこの陣中へと戻らず、一度東進し、笹島、三森を通って北東から戻った。


 継直領でも、ちょうど金崎領との国境あたりになる笹島に兵が集まっている事が噂になっていたらしい。そこで銀杏は、多少遠回りになっても何某か情報が拾う事が出来れば儲けものぐらいの感覚で少し遠回りをして見てきた――と、そういう報告を受けている。


 そして、そこで得た情報が『どうやら惟春は、敦信が怪しい動きをすれば、即三森の里を襲うつもりらしい』というものだった。


 田島、神楽に離反された惟春は激怒し、敦信の離反を許さぬよう実父や民を、いわゆる『人質』としてとる事にしたようだというものだったのだ。


 実に馬鹿な事だと思う。そんな事をすれば、人の心は更に離れる。当り前の事だ。


 だが惟春は、他人は自分に尽くして当然だと思っている。だから、これがどういう事になるのか分からない。その結果、こういう事を当たり前の顔をして実行してしまう。某かの計算もなく。


 そして、銀杏からこの話を聞いた紅葉は、もう耐えられなかったそうだ。あまりにも敦信が哀れすぎると。


 紅葉と敦信は、個人的に面識があったようだ。恋仲かと尋ねたら、違うと言われたが……目をそらしながら。


 やれやれだ。


 片や豪族の息子、片やくの一。身分が違いすぎる。


 だが少し考えてみて、なるほどと腑に落ちた。だから、かと。


 少なくとも紅葉の気持ちに敦信への少なからぬ好意……いや恋情があるのは間違いなさそうだ。本人は否定していたが、この部分だけはどう見ても嘘……というか、強がりにしか見えない。


 ……というか、ぶっちゃけた話、紅葉の話を聞く限り、紅葉と敦信の二人が両思いでなければ、こんなハプニングなど成立せんだろうに。


 惟春の命で三森の里の脱税を探るべく潜入した時に二人は出会い、互いに想いを口にする事なく、心だけで繋がっていた――とまあ、こんな感じだろう。


 正直俺は他人の事を言えるようなタマじゃないが、それでも言いたい。


(なんつー不器用な奴らなんだ)


 胸の中で呟かずにはいられなかった。とは言え、菊と出会えた今の俺には、二人の気持ちがなんとなく理解できる。ちょっと前の俺ならば、この話を聞いただけで発狂していただろうが。


 結局紅葉は、悩みに悩んだ末に敦信の元へと三森の里の危機を報せに行く事にした。敦信が三森の里の民を本当に大事にしている事を知っていたから。


 うん。気持ちは理解できる。気持ちは理解できるのだが……。


 やはり、この紅葉の独断専行を不問に付す訳にはいかない。そんな事をすれば、規律も何もあったものではなくなってしまう。


 さあて、どうしたものか……。


 このところの紅葉の様子についての謎は解けたが、また一つ悩ましい問題が発生してしまった訳だ。


 俺は心の中で、そっと溜息をついた。

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