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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第一章
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幕 信吾(一) 任命式 その一

「なあ?」


「ん? 何?」


 源太が頭を指先で掻きながら、与平に話しかける。


「さっき、飯食った後、一人武様に呼ばれてただろ? なんか言われたのか?」


 ん? それは初耳だな。


「ああ。うちの部隊から偵察出してくれって頼まれたんだよ。ほら、うちは弓が使える奴ばっか集めてあるだろ。それってつまるところ、猟師が集められた隊って事だからね。森とか山は、お手の物だよ。だから、道永の奴に貼りついて、その動きを逐一報告してくれって」


 なるほど。武殿の頭の中では、もうすでに奴らと交戦中か。


 しかし、それでいて我々の任命式にまで気が回るのか……。流石といった所よな。


 それにあの、策とか言ったか……。あの戦の方法も作法は無視してはいるが、戦場で奇をてらっているばかりではない。極めて理屈が優先されており、まさに目から鱗の戦い方だった。


 彼が考えた通りに戦が運び、彼が想定した通りに敵が壊滅するだろうと、今の段階で確信出来る程に。


 あの考え方は、今後戦と言うものに多大な影響を与える事になるに違いない。


「ほぉ。本当に武様のやり方には我々の常識が通用しないな。ん? ああ、そうか。でも、よくよく考えてみれば、別に不思議ではない事なのかもしれん……」


 ん? どういう事だ?


 源太は腕を組みながら、眉間に皺を寄せている。そうして考えながら、今気が付いたかのようにそう言った。


 言いたい事を纏めるのが難しいのだろう。なんせ型破りな賢人の思考を測ろうと言うのだ。難しいに決まっている。


「んー。そうだな。つまり、武様が俺たちに言ってた通りだという事だよ」


「どういう事?」


 与平がよくわからんと聞き直す。すまんな。俺もよくわからん。更なる説明を求む。


「あの時、武様は『狩り』をすると言っただろ? なら、獲物を見つけて、その動きを把握しなくては仕留めようがないではないか。戦の準備と思うから不思議に感じるだけで、狩りをする準備だと思えば、まったく不思議はないなあ、と。俺もうまく説明はできないが」


 ああ、なるほど。いや、うまく説明できてるぞ。源太。今のは、分かりやすかった。


 与平の奴も猟師なだけに、今の説明にはすぐ得心がいったようだ。


「ああ、なるほどね。確かにそうだね。罠にかけるにせよ、弓で射止めるにせよ、獲物その物の動きを知って感じて、先回りしてこそだものなあ」


 そういう事だな。つまり、これも戦の常識を捨てるという事なのだろう。


 脈々と受け継がれた作法として、俺たちの戦は両軍が顔を合わせる所から始まる。だが、武殿はもっと前から戦を始めている。


 そう考えると、刀を振り、槍を突いて目の前の敵がいなくなれば終わる我々の戦と違って、我々と合流する事になったあの戦以降、ずっと武殿は戦い続けているのかもしれない。


 だとすると、彼の考える戦とは、一つ一つの戦の連続ではなく、一つの大きな塊のようなものという事になるのだろうか。


 我々の戦が十個の小石を並べるようなものだとして、彼の戦はその十個の小石を袋に入れたものだと考えるのが妥当か。いや、我々が戦と言う時は小石そのものを指し、彼が戦と言う時は、その袋を指すと言うべきか。


 常識や慣習と言うものに縛られているだけで、これ程戦い方に違いが出てしまうものなのだなあ。そもそも、こんな事考えた事もなかった。


 俺ももう将だ。兵を率いる立場になる。将になるにあたって、これを知る機会があったのは大変な幸運だったと言えるだろう。


 それに正直、そんな小難しい理屈以前に、体の内で熱く滾ってくる血が抑えきれん。


 これ程異色な人間の指揮の元で俺たちがどれだけやれるのか。不安も当然あるが、それ以上に好奇心を激しく刺激する。


「で、もう出したのか?」


 横から口を挟み、与平に尋ねる。


「ああ。もう出したよ。猟師としては腕利きの人間を選んだ。少なくとも森の中で迷子になる事はないし、森に溶け込んだら探すのはちょっと大変だろうね」


 与平はそう胸を張って答える。とどのつまり、俺たちの領域で見つけられるものなら見つけてみろという事だろう。あとは武殿が欲しい情報をうまく拾ってこれるかどうかだけという事か。


「なら、あとは待つだけだな」


「もちろんだ」


 俺が奴の言葉の意味を正確に汲み取った事に満足したのか、与平は満面の笑みでそう答えた。なるほど、こいつもこいつで、自分の率いる兵たちに自信が持てたという事か。


「ん? おい、おまえら。雑談は終わりだ。姫様が着かれたみたいだぞ?」


 源太が遠目に見る様な仕草で目を細めながら、そう言う。


 見れば、確かに姫様と侍女たちに護衛役の兵。そして、伝七郎様とあれは武殿か? が、こちらにやってくるのが見える。


 一瞬誰かわからなかった風変りな黒装束に白の羽織を纏った男。額には白の鉢巻。その長く余した鉢巻の先が、山に向かって吹き上がる風に舞っている。


 羽織と鉢巻、そして、その手に握る一振りの刀。これだけで、随分と印象が変わるものだ。


 その一団がこちらに向かって歩いてきている。


「お待たせしました。さっそく始めましょう」


 一団が到着すると、すぐに伝七郎様が我々にそう告げた。


 伝七郎様も戦装束に着替えて鎧を纏っておられた。そして、いつも優しいその表情は、緊張のせいか、やや険しく見える。


 一方、姫様は、多くの兵の視線が集まっているせいか、きょろりきょろりと周りを見回して落ち着かないご様子だ。


 ただ、その手をしっかりと菊殿が握っているせいであろう。不安と言うよりは好奇心が先立っているように見受けられるが。


 その姫様の傍にたえ様もおられ、その後ろには侍女たちが並んでいる。きよも何事もなかったかのように、侍女の列に加わっていた。


 だが、何よりも目を引くのは武殿だ。先程遠目で一瞬彼だとわからなかったのは、その装いのせいであろう。しかし、今目の前に立っている彼を見ても、やはりその印象の違いに括目させられた。


 その表情は何かが吹っ切れたような……そう、明鏡止水の境地に達したかのような、そんな表情だ。緊張と落ち着きが程よく乗せられた、その表情。その心境が表に出ているのか、なかなかの風格を纏っている。


 俺らが見ていたどこか飄々とした印象の武殿とは違う、初めて見る彼だった。


「よっ。おまたせ。さあ、始めようぜ?」


「ええ。では、三人ともあそこに上って膝を着き、伏して待機してください」


 目が合った武殿はそう切り出す。入り口の左右にかかる梯子のうち、左にある梯子を指さし、伝七郎様も我々に言った。


「「「はっ」」」


 揃って応の返事を返すと、我々は言われるままに梯子を上っていく。


 梯子を上りきると、上はちょっとした舞台のようになっていた。上で作業していた二人と違い俺はここを見るのは初めてだ。


「ほう。こんな風になってるのか」


「ああ。信吾は初めて見るのか。多分、伝七郎様たちの粋な計らいだろう」


「ちょっと照れくさいけど、やっぱうれしいよね?」


 二人とも俺の傍まで歩いてくると、周りを見ながらそう言った。


 梯子を上ってちょうど右前辺りに比較的平らな大岩が埋まっており、ちょうど一尺ほどの高さが地表に出ている。


 なるほど。兵たちから見ると、今立っているこの場所自体が高舞台のようなものなのか。そして、この岩の上に姫様が立ち、その前に俺らが膝を着けば、ちょうど側面からその様子を見る事が出来るのか。


 実に心憎い演出だな。こんな急場の式で、ここまで考えてもらえるとは光栄の至りだ。どんな立派な式にも負けてない。そう誇れる。


「こ、怖いのじゃあ~。た、たける。ゆらしちゃだめなのじゃあ~……」


「わかった、わかった。下に伝七郎もいる。絶対に大丈夫だから。安心しろって」


「わ、わかったのじゃあ。でも、怖いのじゃあ……」


 見れば姫様を抱いた武殿が梯子を上ってきている。姫様は怖いのか、武殿にしがみついていて、ぎゅっと目を閉じている。


 おおう。姫様も姫様なりに頑張ってくれている。感無量だぞ。


 はっ、いかん。


「おい、おまえら。今姫様が上がってこられている。位置につくぞ」


「ん」


「おっと、いけない」


 源太も与平も感慨に耽っていて、言われるまで気が付かなかったようだ。


 俺たちは埋まっている岩の前に膝を着き、顔を伏せて待機した。

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