幕 敦信(二) 耐える戦い
朝矩様への報告を終えた。
実際の所は追い出された格好ではあるが、とりあえずは兵も出してもらえるので最悪の結果ではなかったと言えよう。
俺は一度、南門へと移動する。
北門を責め立ててくる神森武の方が何かと激しいが、南門の佐々木伝七郎の方が奴らの本隊だ。数も多いし、何より大将である佐々木伝七郎の手抜かりのない一手一手が、歴然とした数の差を背景に、確実に南門攻略するべく詰めてくる。神森武のような激しさはない。奇抜さもない。だが、堅実に攻めてくる。こちらも本当に手強い。
南門に配した兵たちは、北門とはまた違う苦労を強いられていた。
「むう……さすがに数が多いな」
南門に到着した俺は、町本来の外壁に向かう。町の外壁は石を平積みにして作られた石壁であり、その上にあがれば俺が南門前に展開した堀や土塁、柵などがすべて見渡せる。
朝矩様が三沢大橋で敗れて以降に作った急ごしらえの障害だが、叱責されても強行して用意して良かったと思う。
千を超える敵勢をしっかりと阻み、柵の内側から放つ矢が戦果を上げてくれている。確かに武士にあるまじき戦い方ではあるが、伏龍・鳳雛と彼の者らに率いられた新進気鋭の勇将たちからこの町を守るには、これ以外に手はなかっただろう。
もっとも、実際のところこの戦い方が出来るのは、三森の里から付いてきてくれている里の兵たちのおかげではあるが。
朝矩様よりお借りした大多数の兵たちは、弓を扱えなかった。し、そもそも朝矩様の叱責が怖いからという理由で、決して弓を手に取ろうとしなかった。
彼らも弓を手に取ってくれたならば、もっと楽に戦えるのだが、やむをえない。彼らの主は朝矩様で、俺は仮の将にすぎないのだから。朝矩様のご意思には逆らえないのだろう。
だが、こちらもそこそこに戦果をあげてくれてはいた。柵の内側へと続く道にて立ち塞がり、槍働きで藤ヶ崎勢を押し返してくれている。
やはりここでも、敵の大兵力とまともにぶつからないように工夫した事が効いていた。これも朝矩様の叱責の対象となったが、そうした価値は十分にあったと思う。
……ただ、今回出していただいた兵の指揮権はないので、次に敵の攻撃があった時にどうなるかは分からないが。
そんな事を考えていると、里から連れてきた百人組の隊長の一人がやってきた。
「奴ら、今日はいっこうに下がりゃしねー。北門の方も同じだったんで?」
家の上だ下だがまだなかった頃からのなじみ――利宗だった。
「うむ。幸い……とは言えぬが、あちらは引いた。神森武ってのは、話に聞いている通りの切れ者だな。あっさりと引いてきた。力押しもできただろうにな」
間違いなく、神森武は『ここ』を見ていない。『ここ』を見ているならば、あそこで引く理由などない。あそこで引いたのは、『ここ』の先を見ているからだ。朽木を落とす事など、神森武にとっては単なる過程にすぎないのだろう。
だから、想定外に痛み分けとなった初戦で、更に傷口を広げる事を避けたのだ。そんな所だと思う。
「おお。流石は俺たちの大将だな。あの神森武を引かせたか」
だが利宗は、細かい事はどうでも良いとばかりにニッカリと笑った。
幼い頃から戦ごっこなどをして一緒に遊んできた仲だけに、こいつが何を考えているか分かる。きっと何も考えていないに違いない。あの神森武を引かせたという事実だけを見て、十分じゃないか――と、そう言っている筈だ。
そんな単純なものではないのだが……と思うと苦笑も漏れるが、まあ、昔なじみに信頼されて悪い気はしない。
「ああ、引かせた。次も引いてくれるかは分からないがな。だが、こちらは引かず……か」
佐々木伝七郎の方も本当にくせ者のようだ。こちらはこちらで、おそらく俺がこちらにいない事を察していたのだろう。だから神森武を援護する為に、今までよりも南門を強く攻め立てた。俺が慌てて、どっちつかずの状態にでもすれば儲けものぐらいに考えていたに違いない。
どちらもくせ者だ。
片方だけでも厳しいのに、これを両方相手しなくてはならない現状には溜息が漏れる。
「でも、見て下せぇ。中央の犬上信吾も下がったし……左右の両翼も押し上げてきてはいるけど、もう引き始めてまさぁ。あの左右両翼は、こちらの弓を引く犬上信吾に向けさせない為に上げてきただけでしょう」
利宗は前方に開けた戦場を左端から右端まで指さしながら、説明してくれた。
確かに、利宗の言う通りに敵勢は動いていた。中央部は堀をほぼ埋められており、土塁を挟んでの攻防の段階にまで敵の侵攻は進んでいる。一方、比較的掘、土塁、柵といった障害物の量を少なめにして、敵を誘導しようとした左右の進路には、ほとんど戦いの跡が残っていない。どうやら、こちらがそこを進む者を集中的に矢や投石の餌食としようとした事がバレていたようだ。
佐々木伝七郎はこちらの意図を見破り、中央を食い破る事を選択したようである。
「うむ。そのようだな。しかし……、見事にこちらの思惑を避けてくるな」
「そりゃあ……、いま噂の伏龍様だしのう」
利宗は冗談めかして、そう言う。
「まあ、な」
だが、一時とはいえ、その伏龍や犬上信吾という猛将を相手に持ち堪えてみせたこいつも、十分立派だと思う。この幼なじみは、俺がいない間、この南門を引き受けてくれていた。俺としても、今この場にいる数少ない信頼できる存在である。
「北門の神森武も引いたのなら、とりあえず今日の所はここまでですかね」
「どうだろうな。こちらの弱いところは確実に見抜かれているくさいしな」
「また、俺っちらを寝かさんような真似をしてくる?」
「くるかもしれんなあ。口惜しいが、こればかりはどうにもならん。せいぜい、敵の思惑に乗らないように、無理にでも将兵を交代で休ませるしかない……。それを見越されて総攻撃をされたら反撃体勢を整える前に終わるが、かといって常に戦闘態勢をとったままではなお敵の思うつぼ。確実に戦えなくなって終わってしまう」
「詰んでますなあ」
「言うなよ。分かってはいる」
利宗と言葉を交わしながら、改めて戦場を見渡す。冷たい冬の風が、この身を包んだ。
今朝方までいくらか残っていた残雪も、戦の後ではすっかりなくなり戦場は泥田となっていた。戦場に転がる仏たちも、流血と泥にまみれてまっ黒な泥人形のようになっている。
しかし……押し寄せられ押し返してをしている割には数が少ない。つまりそれは、敵もまだ本気で攻めてきていないという事に他ならないだろう。
一方こちらは、もう出し惜しみなしで、なんとか維持できている状況だ。某か新たに手を打たなくては、遠からずこの朽木は落とされてしまうに違いない。
そして、この朽木が落とされれば、藤ヶ崎の連中が金崎領に進行する為の玄関口ができる。そうなれば、すぐに三森の里も戦に巻き込まれるだろう。
それに金崎家も、この朽木が落ちれば流石にただではすまない。
なんとかせねばなるまい。
戦場を見下ろす俺の手は、知らぬうちにグッと強く握りしめられていた。