第二百四十話 脳筋? NO NOT脳筋 でござる
「んーむ……やはり三森敦信はこちらにいやがるのか。厄介な」
しらばくすると、四方に散っていた忍びたちが戻ってきた。
三森敦信は鬼灯が聞き取った通りに、間違いなくこちら――北門側にいるようだ。三輪や榊は、北門より少し離れたところで襲撃されたらしく、激しくぶつかった痕跡が残っているとの事だった。
そして当の三森敦信だが、今では朽木の町の北門前に作られた柵の中で、こちらの攻撃に備えているらしい。
他にめぼしい情報としては……、敵が本当に矢を使用してきているという事か。戦場に沢山の矢が残っていたようだ。
三森敦信は、やはりなりふり構わず来ている。決して上役の理解を得られぬ戦い方だろうに、何が奴にそこまでさせているのだろう。いずれにせよ、奴は本気で俺たちに抵抗しようとしている。それは間違いないと、改めて確認できた報告内容だった。
そして、源太らの現在の居場所も判明した。
いま俺たちがいる地点から南西に半里――二キロほどの位置で戦っている様だ。道永の部隊といくらかの敵足軽が、青龍隊と三輪・榊の部隊の生き残りとぶつかっているらしい。
御神川へと流れ込んでいるちょっとした川を背に戦っているようだ。若干予想したシチュエーションとの差はあるが、源太の思惑自体は、やはり俺が想定した通りだった。
あとは罠。
とりあえず、源太らがいる方向には設置されている形跡はないと言っていたが、その代わりに朽木の北門前は大変な事になっているという。特定の経路以外を通るとただではすまないようだ。そして、その特定の経路を進むと、敵の弓の斉射に晒されるというのだから、三森敦信の本気の度合いが窺い知れる。
戦で矢を使わない世界の将が考えたにしては、本当によく考えられている。おかげで、こんなに戦力差があるのに、こちらもある程度の被害を覚悟しなくてはいけなくなった。
まあそれでも、櫓は作られていないとの事なので、それは幸いと言えるだろう。しかし、いくつもの 落とし穴と堀、そして土塁と馬防柵でがっちり守られているようなので、不要に近づけば、まず無事では済むまい。櫓という施設そのものがないだけで、防衛システム的には同じ物とみておくべきだろうな。
こちらにやってきて、こういう戦い方をする武士とは初めて戦う事になる。マジで油断ならない。俺にとってはこの戦術自体は珍しいものではないが、部下の将兵らにとってはそうではないのだから。いつもよりも、細やかな気配りが必要になってくるだろう。
それに何より、今回の三森敦信との戦いでは、『こっちの武士なら、こうは戦わない……いや、戦えないだろう』という、今まで鉄板だった『常識の隙』を突く戦いは出来ないのが一番辛い。
今までも予断は戒めてきた。しかし、それでもある程度は楽に敵の動きを予見できた事も確かだった。しかし今回は、正真正銘ガチの知恵比べになる。
だが、俺たちは同じく常識にとらわれない継直を打ち破らなくてはならない。
それを考えれば、タイプは違えどもこの三森敦信との戦いは、うちの将兵たちにとってよい経験となるだろう。三森敦信はこの上なく厄介な敵ではあるが、それを考えると、ここで奴とぶつかったのはそう悪い事でもないと言える。
……俺の頭が痛くなってくるのは避けられないが。
ここでの戦力の消耗はガッツリ抑えようと思っていた甘い思惑は、この時点で破れてしまったと言えるだろう。こんな相手では、どう考えても流した血の量で勝ちをもぎ取るしかない。その流す血の量を少しでも減らせるように、頭を使うのみである。
もし、ここが金崎領への玄関口である朽木でなかったら、放置してさっさと迂回したいところだ。
だが、現実逃避をしても意味はない。戦い勝たなくてはならない現実だけが、いま俺たちの目の前にはあるのだから。
まして今は、大事な味方が援軍を待っている状況である。逃げ腰になっている暇などないのだ。
忍びたちからの報告を聞いた後、まず俺は孤立した味方を救出するべく、本隊ごと直行させる事にした。
鬼灯以外の神森家所属の忍びたちに、最前列で念の為に罠や奇襲を警戒させた。亀の歩みにならざるをえないが、霧の中で移動している事を考えればやむを得なかった。
そうして進む途中、俺の馬を引きながら太助が尋ねてきた。
「神森サマっ。後ろから行って挟むのは分かるが、この霧の中では源太さんには俺たちが分からないんじゃないか?」
本当に、よく考える様になったと思う。
こいつも、吉次も、八雲もだが、はっきりいって、ここまで将来有望な人材だとは考えていなかった。
二水を安定させる為に、最低限の教育を施せればと考えていただけだった。だがこの分だと、一人前になった時に二水に戻すという約束が守れるかどうかが怪しくなってきた。このまま成長してくれると、水島の中枢にも食い込んでいける可能性もでてくるからだ。
そんな事を考えながら、太助に答えてやる。
「まあ、一般的にはその危険もあるな」
「だったら……」
「はは、心配か? だが安心しろ。お前が考えている様な事にはならんよ」
「なんでです?」
太助ではなく、八雲が疑問を口にした。
俺は、そんな八雲にニカと笑みを見せて、その後に鬼灯に目をやった。すると鬼灯は、目を伏せ一つ頷いて俺の代わりに八雲に答えた。
「私がいるからね」
「え? どういう事なんです?」
八雲は首をひねる。側で、吉次もどういう事だという顔で鬼灯の方を見ていた。
「忍び笛を使うのさ」
そんな二人に向かって、鬼灯は説明した。口元を覆っている布を引き下ろすと、指で輪を作り軽く咥える。そして、小さめに吹いた。
ピューイ――――。
綺麗に澄んだ音が鳴った。
所謂、指笛の一種だ。俺が元いた世界にもあった。俺は、霧の中での行動を計画するに辺り、この話を鬼灯や半次らから聞いていたので、霧の中の行動でもさほどの不安は感じていなかった。少なくとも、同士討ちの心配をしなくて済むというのは、視界がきかないという条件下では極めて大きなアドバンテージになる。
「おおう……。すごいな、姐さん」
吉次は目を丸くして感心しきりである。
「強く吹けば、もっと大きな音も出せるよ。その音を聞けば、私たち神楽の忍び同士は互いの存在を理解できるし、調子の意味などを予め決めておけば、ある程度の意思疎通も出来るのさ」
鬼灯は口元から指を離すと、ニコリと笑う。
八雲と吉次の二人は、そんな鬼灯の説明に感心しきりだった。俺はそんな二人から太助へと視線移す。
「と、まあ、そういう事だ、太助。向こうには半次とその配下が一緒にいるからな。同士討ちは、ほぼ避けられるってこった」
「なるほど……」
「とは言え、気をつける必要はある。これだけ見えないと、よっぽど近づかないと判断つかないからな。予め互いが互いの存在を把握していても、一つ二つの間違いは起こりうる状況だ。だから、決して油断してはいけない」
「分かった」
太助は素直に頷いた。吉次や八雲にも視線を送れば、二人とも静かに頷き返してくる。
かつて、この世界は脳筋野郎共の世界だと思ったものだが、実は違う。最近気づいた。
伝七郎らの存在もそうだし、神楽やこの三人を見ていても思うのだ。三森敦信もそれを証明しているだろう。
確かに、この世界は体力チートどもの巣窟だが、実は見た目ほど脳筋ワールドでもないのである。
この世界で脳筋なのは、人ではなく慣習なのだ。
だから、個人レベルで判定すると、知識の蓄積に差があるだけで、資質においては脳筋とは呼べないレベルという結論に達してしまうのである。
俺は当初、惟春を破り継直を倒した後、水島の家と大和の国を治める為に人材をかき集めて教育しなくてはいけないと考えていた。
しかし最近は、何気にもう人材は十分に集まってきているんじゃなかろうかと、そんな風に思えて仕方がなくなってきている。
これは、俺にとって本当に嬉しい誤算だった。