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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百三十九話 壊走した先陣の行方 でござる

「なん……だと!?」


 驚いて思わず言葉が強くなってしまった俺に、鬼灯は俺にも分かる様に詳細な説明をつけてくれた。


「三森敦信がこちらに出てきているようです。『三森武士の力をとく見よ』という三森敦信と思われる声が拾えました」


「三森武士?」


「三森武士とは、三森の里の者たちが自らの剛勇を誇って口にしている呼称です。つまり、少なくとも北門前にいる者たちの一部は金崎からの兵ではなく三森敦信の自前の兵がいると思われます。ただ三森の里はそれ程大きくはないので、数はそこまで多くはないかと」


 まさか、奴がこちらに出てくるとは……。裏目るは、嵌められるは散々だな。


 先の報告では、三森敦信は南門で伝七郎と戦っていると聞いていた。だから今回この場での奴との交戦は、俺としては予定していなかったのだ。


 集めていた人物像からはかなり生真面目な性分が見え隠れしており、こんな大胆な事をやってくるとは考えていなかった。


 なにせ、こちらの本隊は北門を攻めている俺たちではない。伝七郎が出張ってきている以上、南門を攻めているあちらが本隊である。兵数的にも、もちろん南門の方が多い。


 つまり、ここ朽木を攻略するにあたって俺たち北門攻略部隊は、あくまでも分隊なのだ。


 なのに、三森敦信はその分隊を先に全力で潰しにきた。


 それも、三森敦信自身、そして道永もこちらに投入しているという事は、今この瞬間においては南門の敵将の質はかなり酷い事になっている筈なのである。それはそうだ。基準が三森敦信や道永といった名のある将のレベルなのだから、そこから見れば落ちていない訳がない。


 そして、奴らは今、その状態で伝七郎率いる本隊をなんとか押しとどめているという事になる。


 これを大胆と言わずして、何をそう言うべきか。


 意図は分かる。だが、なかなかこれは選べないだろう。


 正直三森敦信から見れば、俺率いる北門攻略部隊を速攻で片づけないと危険などというレベルではない。北門と南門では、罠や防御施設の質・量ともに差があるのも分かる。それでも、俺を片付けるのに少しでも手間取れば、奴らは終わりなのだ。


 もっとも、俺は北門を攻略する為に粘ったりしないが……しかし奴は知らない。俺たちが全力で朽木の兵力とぶつかれないのは、あくまでも俺がその先を急いでいるからであって、奴は今も、俺たちが南北門の三千ほどの兵力を全力でぶつけてくる事を想定している筈である。


 だから今回奴がとった作戦は、恐ろしいほどのリスクを承知の上で採用したという事になる。


 ずいぶんと大胆な性格をしているようで――――。


 驚きが収まると、何故か心が躍り始めた。


「だいたいでいい。どのくらいの規模の戦闘が行われているのか、分かるか?」


 ダメ元で問いかける。周りで黙って話に聞き入っている太助ら三人も、それに合わせて鬼灯の方を振り向いた。


「流石に正確な数は……。ですので、おおよそになりますが、おそらくは総数五百規模の戦闘ではないかと」


 流石に無茶ぶりがすぎたらしい。だが、前置きつきではあるものの、鬼灯は俺の期待に応えてくれた。


「五百……か。その予想が当たっているならば、うちが二百出しているから、敵の規模は三百から五百。町の外にほっぽり出されている敵兵の数からすると……三森敦信はやはり勝負に出たようだな。って事は、奴はやはりこの奇襲を待っていたって事か。ご丁寧に騙されたフリまでしやがって。あっはっはっ。やってくれるじゃないか!」


「うわあ……。神森サマ……なんか、すげぇ悪い顔してるぞ」


「あの顔、二水でも見たなぁ」


「だね。なんか変な所に火が入っちゃってるっていうか……」


 周りで小僧どもが何か言っているが気にならない。ぶっちゃけワクワクしてきたのは本当だった。現在俺たちは危険極まる状況なのだが、何故か心躍っている。俺はこんな変態ではなかったと思うのだが、自分の心の事だけに偽りようがなかった。




 街道に沿って、俺は更に軍を南下させた。


「これは酷いな……」


 朽木に近づいた俺たちの目の前に現れたのは、味方が手ひどくやられた跡だった。未だ霧は深く視界がきかない状況なので、はっきりとは確認できないが、それでもその場に近づいていけば血臭が惨状を教えてくれた。そして、さらに進めば、足下に転がる死体の数がその予測を肯定してくる。


 わざわざ全体を見渡す必要がなかった。味方の骸が街道とその脇の草原に数多く転がっているのが容易に想像できた。


 皆、俺の指示で死んだ者たちである。


 しかし、俺に詫びる資格などないし、仮にあっても今はまだしてはならない。一区切りもついていない今の状態では、将である俺が一々兵の死に動揺を見せる訳にはいかないのだ。そんな事をしても良い事は何もない。


 だから、心の中でそっと手を合わせる。


 しかし、そんな俺がこっそり黙祷をする間もなく、鬼灯が呟いた。


「武様、右手前方でまだ戦いが繰り広げられているようです。馬が駆ける音が聞こえます」


 すぐにそちらを振り向く。


「同影か。或いは源太らか、か」


 三輪・榊の部隊と入れ替わったにしては、青龍隊がまだ戻ってきていないのはおかしい。それに馬の死体がほとんど転がっていない以上、青龍隊はまだ隊の体を保っている筈である。急げば間に合いそうだ。


「このまま西進し、青龍隊と合流するぞ。――鬼灯!」


「はっ」


「配下の者を四方に走らせろ。敵の伏兵がないかを警戒してくれ」


「はっ!」


 俺の指示に、鬼灯は指笛を吹き紅葉ら配下の者たちを呼び寄せる。そしてその者らに指示を出すと、鬼灯自身も含めてそれぞれが散っていった。


「重秀!」


「はっ」


「俺たちはこのまま戦場に直行するぞ。伏兵には十分に気をつけろ。あと、馬蹄の音が青龍隊のものではない事も十分あり得る。先頭の槍隊には、いつでも槍衾を作れる様に準備させておいてくれ」


「はっ!」


「では、このまま前進せよ!」


「承知いたしました」


 この霧の中である。いくら味方が襲われているらしいという状況でも、遮二無二に急ぐ訳にはいかない。そんな事をすれば、万が一それが俺たちを呼び寄せる餌だった場合、敵の待ち伏せをまともに受ける形となり、酷い被害を被る事になるだろう。


 逸る気持ちを抑えながら、俺は粛々と隊を前進させた。


「……源太さんならば大丈夫だ」


 太助がぽつりと漏らす。


「あの馬鹿の事なら安心しろ。あれは最強の騎将だぞ。同影だかなんだか知らんが、道永ごときヒヒ(じじい)に大人しく討たれるようなタマじゃあない」


 俺は当然だと言わんばかりに答える。自分に言い聞かせるように。


「ですよね」


 八雲も不安そうな声ながらも同意した。吉次は厳しい顔のまま、ただ前方を見つめている。スイッチが入っていた。


 短い期間ではあったが、こいつらは信吾、源太、与平に鍛え上げられた生徒たちだ。それだけに通常の兵たちよりも強く、今のこの事態を受け取っているようだった。




 足下しか見えぬ様な霧の中、俺たちは源太らが戦っている方へと進んでいく。まだ霧こそ晴れないが、日も昇りかけており、先ほどまでよりも多少視界がきく様にもなってきた。


 戦場は街道脇の草原だった。幸い今は冬なので草の丈は高くない。枯れた草の高さはあっても腰までだ。


 しかし、如何せん雪が降り積もっている。これが俺たちの足を遅くした。


 青龍隊もこの足場には苦戦しているだろう……。


 多分源太は、三森敦信の某かの策に嵌まって壊走した三輪・榊の兵も連れて移動している筈だ。もし青龍隊だけならば、あの者たちの技量があれば追撃を振り払って俺たちに合流できている。それができていないという事は、それなりに事情がある筈なのだ。


 となると、青龍隊の機動力が完全に殺されている訳だから、もし戦うとしたら四方を解放した状態では戦っていない筈。源太は、俺と一緒に結構戦っているし、あいつのセンスがあれば、そのくらいの事は真似ているだろう。


 ……って事は、だ。


「重秀!」


「はっ」


「おそらく源太は、俺の援軍を当てにして崖を背に守りを固めている筈だ。逃げ切れないと考えているだろうからな。だから俺たちは、敵が見えたら敵の背後に回る。そのまま押しつぶしてくれるぞ。ただし、それは槍隊に任せろ。朱雀隊の的は敵騎馬隊だ。押しつぶされた奴らは左右に逃げる筈。そいつらを追えるのは、お前たちだけだ。だから朱雀隊は、いつもとは逆に討ち漏らしを狙え。少しでも敵騎馬を減らしておけば、後が楽になるぞ」


「はっ」


「だが、深追いは厳禁な? 追い切れないと思ったら、さっさと諦めてくれていい。あくまでもこの区域から追い払うのが目的だ。その辺りはうまくやってくれ」


「はっ、お任せを」


 重秀は頭を下げて了承を示すと、すぐに準備を始めた。重秀は朱雀隊の副長だが、今回は他が百人組長らしかいない為、副将の役目も買って出てくれている。すぐに伝令を他の百人組長らにも出し、俺が理想的な戦いをする事が出来るようにと動いてくれた。


 年の功もあるのだろうが、本当に勿体ない程に有能な副長である。

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