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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百三十五話 三森敦信との戦い でござる




 視界が白くけぶる朝霧の中、俺は五百の兵を率いて街道を南下している。朱雀隊が百、歩兵四百である。蒼月と神楽の里に残っていた神楽の兵は、念の為に里に残した。神楽ももぬけの殻にする訳にはいかないし、何より少数で万が一に対応となると、神楽の忍軍ほど適切な部隊もいなかったからだ。


 他の神楽の兵は、半次に率いられてすでに源太と共に戦っている。先の構築した陣の中には、総勢で四百ほどの兵力がある計算になる。俺たちが到着すれば、計九百。千弱である。これが朽木の北門を攻める。南門を担当する伝七郎の元には、三沢大橋の戦いを経て二千強となった兵がいる。


 合わせて三千である。三沢大橋での大勝により、敵は大きく兵力を減らしているので、戦の作法に沿った戦い方をしても勝利を得る事ができる差がすでに生まれている。


 もっとも、いくら勝てようが、作法に則った戦い方で無駄に兵を失う気はないし、そもそも三森敦信がそんな戦い方をしてこないだろう。奴も、覚悟を決めているように思う。


 となれば、これでもまだ、こちらの戦力は十分とは言えないだろう。攻城戦に限らず、攻撃は最低三倍の兵力でというのが大原則だからだ。……ネットで読んだ。


 だから、足りない分は他のもので補填しなくてはならない。そこで、俺が目をつけたのが『霧』である。


 昨日の早朝、その待望の霧が発生した。濃霧だった。


 それにより、俺の指示通り源太は戦端を開いたのだが、これがなかなか簡単にはいかなかった。やはりというか三森敦信の守りは極めて堅固だったそうだ。


 霧はこちらの姿も隠してくれたが、同時に敵が仕掛けた罠も発見しにくくした。


 だが半次ら神楽忍軍の活躍で、朽木の周辺に沢山の罠が仕掛けられている事だけは源太も知っていた。だから源太は、忍びらに道先案内人をしてもらいつつ、致命的な罠を警戒し、避けたり無効化したりしながら近づいていったそうだ。


 そして、そこまではうまくいったらしい。


 霧に隠れつつの早朝の奇襲――――。


 この世界の戦の常識から行けば、普通ならばこれだけでも必殺だった筈だ。しかし三森敦信は、それを想定して警戒していた。源太の接近こそ防ぐ事は出来なかったものの、早朝だろうと、自陣にいようと、警戒を怠っていなかった。


 霧の向こうには、準備万端整った兵が待ち受けていたらしい。


 その兵たちは、柵と落とし穴に鳴子を組み合わせた巧妙な仕掛けを突破した源太たちに奇襲させずに応戦してきたとの事だった。


 三森敦信、見事なりと言うしかないだろう。この世界の将の常識的に、普通ならば将兵揃って夢の中だった筈なのだ。


 だが、奇襲は失敗に終わった。


 それどころか三森敦信は、大量の罠に囲まれて動きが鈍くなっている源太らを攻撃してきたとの事だった。矢が飛んできたそうだ。


 報告書に書かれていた半次の言葉によると、朽木への接近時に、仕掛けられていた鳴子を鳴らないように処理してしまったのが失敗だったのではないかとの事だった。三森敦信は、鳴子そのものではなく鳴子を吊した綱を見ているように、配下の者たちに命じたのではないかというのだ。


 なるほどと思った。


 数多の罠と巧妙に組み合わせた鳴子を、軍という大人数が躱すのは難しい。だから、攻め手が鳴子を鳴らしたくなければ、鳴子がぶら下がっている綱ごと地面に下ろしてしまうのが、普通の対応となるだろう。


 しかし、だ。


 そうであるならば、鳴子を吊した綱のいくつかに、細く長い紐などをくくりつけておけば、鳴子は鳴らずともこちらの接近を知る事は出来る。鳴子の綱を下に下ろせば、それにくくりつけてある紐も地面に落ちるからだ。それにこの方法ならば、霧の中でも紐を見ているだけで、鳴子を無力化して越えてくる者の接近を知る事が出来る。


 半次は、書状の中でそう言っていた。


 まあ、この通りかどうかは分からない。だが、いずれにせよそういった通常と異なる手口で、三森敦信はこちらの接近を察したのは間違いないだろう。現場を見ていないので確信は持てないが、この報告に書かれている事は十分にありえる事だった。


 まったくもって、三森敦信もやってくれるものである。


 そう感心せずにはいられなかった。


 多分、奴は俺の事を調べたのだろう。だから警戒して、こんな二重のセンサーを考え出したに違いない。名が売れてくるのも善し悪しだった。完全にノーマークだったら、今回もずいぶんと楽が出来た筈だったのだ。


 結局、そういう事態となって不意打ちは失敗。源太と三森敦信は正面からやり合う事となり、そのあと信吾も南門に到着し、一応挟撃の形はとれたそうなのだが、それでも三森敦信はまったく崩れなかったという事だった。


 寡兵をよく統率し、尽きる気配のない矢にて、果敢に反撃してきたそうだ。


 槍兵の指揮を得意とすると聞く三森敦信だが、慣れぬ弓兵の指揮も見事に熟したとの事だった。連なる堀と馬防柵を越える為に足を止めざるを得ないこちらの軍に、間断のない斉射を繰り出してくるとか、弓将でもないくせに優秀すぎる。戦で弓を扱い慣れていない者が考えた戦いぶりとは思えない。


 三沢大橋での伝七郎の戦いぶりでも聞いて参考にする事にしたのだろうが、こちらにとっては不運以外の何物でもなかった。この三森敦信の優秀さは、ツイてなかったと表現するしかないだろう。


 いずれにせよ、そんな相手に無理な力押しをすれば、ただでは済まない。仮に勝っても味方の被害も甚大となる為に、残念ながら即撤退せざるをえなかったそうだ。


 それが初戦の結果だった。


「敵さんの士気は今頃うなぎ登りだろうなあ……」


 馬上で俺が呟くと、俺の馬を引いている太助がこちらを振り向いた。


「初戦で源太さんと信吾さんを退けてんだろ? そりゃあ、俺でも調子こくぞ?」


「ばーか。お前はそうでも、三森敦信ってのはかなり慎重な性格という話だぞ? 勝ったといっても、この程度で浮かれてなんてくれないって」


 俺の右を歩く吉次が、それに続いた。


「まあ、そうだね。でも、その配下や兵はどうだろう」


 吉次の反対側、俺の左を守って歩いている八雲が、吉次の言に異を唱える様に口を挟む。


 ははは。こいつらもずいぶんと『らしく』なってきたもんだ。


 俺とて、偉そうに言える程の経験を積んでいる訳ではないが、それでもあの二水の町から引っ張り出した時から比べると、随分とたくましくなっている。こうして行軍中に交わしている会話も、いっぱしのそれになってきていた。


「まあ、そうだな。八雲の言う通りだろう。三森敦信自身は、勝ってむしろ警戒していると思う。俺たちが奴の想定した通りの行動に出た訳だからな。今回は防げたが次も防げるとは限らない。多分今頃、頭を抱えているだろうよ」


 そこまでは容易に想像できた。真面目そうな奴だから、次も同じで良いとは絶対に考えていないだろう。


「……でも、部下や兵はそうではない?」


 太助が確認する様に上目遣いで尋ねてくる。


 うん。やはり成長している。目を向けるべき所に、きちんと目が向いている。


 俺はその事を喜びながらも、澄まし顔で答える。すばらしい成長には違いないが、こいつらには、これが当たり前になって欲しいからだ。こいつらならば、そうなれる。最近、その事は確信していた。


「だろうなあ。上から下までそんなに優秀だったら、金崎領はもう少しまともに運営されているだろう。頭の天辺から足の先まで全部腐っているからこそ、金崎はああである訳で。三森敦信は単なる例外だ。掃き溜めの鶴だよ」


「ですよねぇ……」


 解説する俺に、八雲はうんうんと頷いて同意する。


「じゃあ、余裕ですね」


 そんな俺の言葉を受けて、吉次は少し明るい声で言った。それを、俺はぴしゃりと否定する。


「馬鹿言うなよ。頼むから油断なんかしてくれるなよ? 『一匹の獅子に率いられた百匹の羊は、一匹の羊に率いられた百匹の獅子に勝る』なんて言葉を残した人もいるくらいなんだぞ? 攻めるより守る方が有利な上に、敵の頭が能なしから三森敦信に変わってんだ。油断なんかしたら、即やられるぞ」


「うっ、は、はい」


「怒られてやんの」


「五月蠅い、黙れよ」


 茶化す太助に、吉次が後ろからその尻を蹴った。


 八雲は、俺を挟んで反対側でじゃれ合っている二人を見ながら言葉を続ける。


「それにしても、随分と珍しい例えですね。羊に獅子なんて……」


 俺は思わず首を傾げてしまったが、どうやら羊やライオンは、まだここにはいないようだ。八雲曰く、「羊という生き物は、むかし異国の王から皇家に納められた事がある。獅子は想像上の生き物」との事だった。


 確かあっちの世界では、日本に在来種の羊はいなかった筈だ。羊の一発目が入ってきたのは聖徳太子の時代だったと記憶している。ただ、色々な理由で定着しなかったらしいが。ライオンは……調べた事はないが、おそらくは上野動物園あたりだろう。あそこが最初の動物園だった筈だ。


 だが、とりあえずはその事はどうでもよかった。農民の出なのに、随分と博識な八雲に感心する方が先だった。


 それに、八雲の話の中には俺にとっても思わぬ発見があったのである。


『異国の王から』


 これだった。


 伝七郎や爺さんと話していても、外国というものを意識するような事は今までになかった。そのせいで、今の今まで、外の世界の事を真剣に考えた事はなかった。


 しかし、今の八雲との何気ない会話の中に、少しだけ未来を見た気がしたのだ。あちらの世界で、日本の外にユーラシア大陸やアメリカ大陸などがあったように、俺たちがしのぎを削っているこの国の外にも『外国』があるらしい。


 つーか、そういや伝七郎と出会った時に天皇家について質問したら、横文字風で返ってきたっけ。……うん、やっぱ、色々あるのだろう。


 思わず、そんな事を思い出して苦笑いが漏れる。気がつけば八雲の奴が、


「武様? 武様? 大丈夫ですか?」


 などと、俺の顔を心配そうに見上げていた。


「え? あ、ああ。ちょっと考え事していただけだよ。勿論、大丈夫だ」


 俺は慌てて答える。


 今まで黙って側に控えていた鬼灯も、八雲の言葉にこちらを気にする様な視線を送ってきていた。俺は鬼灯にも、本当に大丈夫だからと視線を返した。すると彼女は、安心した様に再び周囲の警戒に戻っていった。


 いけないいけない。


 俺は軽く首を振る。最近では迂闊な事が出来なくなっている。常に皆の視線を集める様になってしまっているからだ。


 もう諦めて認めるしかないだろう。完全に運命の悪戯だとは思うが、俺は本当に偉くなってしまったのだ。


 現に、周りを見渡せば、鬼灯が忍びたちを使って、太助らよりも広い範囲で隊列の外から警戒をしてくれている。一方俺のすぐ側では、太助らや朱雀隊の者たちがガッチリと護衛をしてくれており、完全に周りを固めてくれている。


 まず、今の俺に不意打ちを食らわせるなど不可能だろう。


 まるで大統領の護衛みたいな状態だった。こんなのは、この世界に来るまではテレビの中でのみ存在する状況であり、まかり間違っても俺自身がその中心にいるような事態など考えられなかったのだが……。


 俺の様な若造が言っても言葉の重みに欠けるが、それでも言わずにはいられない。


 人生って分からんもんだよなあ、と。

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