表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
335/454

第二百三十二話 馬鹿は死ななきゃ直らない でござる

「いえ……、何もございません。武様」


 問いかける俺の言葉に返ってくるのは、やはり同じ言葉だった。少し心を揺さぶる事は出来た様だが、結果は変わらない。


 神楽が降伏して以降、紅葉は悩み続けている。それは日を追うごとに酷くなっていっている。今日の様に、蒼月の屋敷などで顔を合わせれば何気に声を掛けてみるのだが、どうしても話してくれない。いっそ、恨まれているとか嫌悪されているとか分かりやすい態度なら対応できるのだが、そうではなさそうで、それだけにどう対応して良いかこちらも分からずにいる。


 だから、胸に何事かを秘めて苦しんでいる様子の紅葉に、なんとか話してもらおうと待っているのだが、彼女の口からこぼれる言葉は、「なんでもない」というある種の拒絶の言葉ばかりだ。


 いつものように、どうしたものだろうと鬼灯を振り向くが、鬼灯も困った顔をして小さく首を横に振るだけである。


 仕方ないから、今日も適当にお茶を濁して話を切り上げる。紅葉の事も気になるが、今は朽木攻略に向けての準備中でやらねばならない事が山盛りにあるのだ。


「そっか。分かった。でも、もし相談したくなったら遠慮なく言えよ? 物事には対処できる時機ってものがあるからな。それを過ぎれば、どうにかなるものもならなくってしまう事もある」


 例えば、千賀の親父さんがこの国を失い、妻を失い、そして自身の命も失ったように……。


 俺は胸の内でそんな事を考えながら、無理強いにならないように細心の注意を払いつつ紅葉に伝えた。感が、『これは絶対に聞いておけ』と言っているからだ。理由は分からないが、そう思えて仕方がないのだ。


「……はい。お気遣い感謝します」


 紅葉はそれでも、結局何に悩んでいるのかを口にはしなかった。


 俺の後ろで見ていた鬼灯も、紅葉に強制しようとはしなかった。そして、更に深く頭を垂れた紅葉の側を離れて、鬼灯はようやく口を開く。それは、廊下の角を曲がり紅葉から見えなくなった所での事だった。


「申し訳ございません。武様」


「ん?」


「紅葉の事です。折角お気遣いいただいたのに、あのような……」


「いや、別に問題はないよ……って問題ない事ないか。俺には問題ないが、紅葉はあれ、あきらかに何かを抱えているよなあ」


「ですね。あのような紅葉は、私も見た事がございません」


「急にああなったとして、神楽が俺たちの元に来てくれた事が原因としか思えないよなあ。彼女は、そんなにイヤだったのだろうか」


「そんな! 紅葉とて、長の判断に異論はない筈です。確かに水島家の帰順を機にああなりはしましたが、『神楽』として敵対をしていた過去はあっても、あの娘に水島家への直接の因縁などないでしょう。あの娘が水島家と関わったのは、私の下に来てからの筈です」


 俺に勘違いして欲しくないという思いからだろう。鬼灯は少し強く、そう断言する。


 もちろん俺も、無理やり紅葉を疑うつもりはない。ただ、心配なだけだ。囁き続ける俺の感も、彼女を疑えと言っているのではないのだ。ただ、『気にしろ』と言っているのである。


 鬼灯にも誤解を与えてしまっているようで困ったなあと思っていた。


 すると、そんな俺の顔をじっと見ていた鬼灯が少し安堵したように、ホッと小さく丸い息を吐いた。


 やれやれだ。


「まだ俺の下に来てくれて時間が経っていないから無理もないけど……、もうちょっとだけ信用してくれよ」


 思わず眉が八の字を作る。


「申し訳ありません。そういう訳ではありませんが……」


「まあねぇ。鬼灯の立場では、気にするなって言う方が無理か」


「まあ、それは……」


 鬼灯は言葉を濁す。俺は、そんな鬼灯を見ながら先ほどの彼女の言葉を心の中で反芻していた。


 水島に対して何かを思うほどの接触はしていない……か。となると、いよいよ分からんな。紅葉は忍びだ。余程に強い思いでも抱いていない限り、長である蒼月が決定したならば、敵味方に分れて戦った過去などに拘らないだろう。


 いや……待てよ? 


 俺は板張りの天井を見上げながら尋ねる。


「なあ、鬼灯」


「はい」


「もしかして……、先の戦いで紅葉は親族か恋人でも失った?」


 これは、こんな状況では割とよくある話だろう。もし、そうならあの紅葉の態度も頷ける。むしろ、割りきれすぎているとさえ言っていい。俺なら絶対に御免だ。ただ、そうなると銀杏の全く含むところのない様子が今度は気になるが……。あるとしたら恋人の線か。


 俺はちろりと鬼灯の方に目をやった。


 鬼灯は軽く握った拳をトントンと二度ほど顎に当てながら考え、ゆっくりと答えた。


「いえ。あの戦にて親族を失ってはおりません。紅葉と銀杏は、ずいぶん前に両親ともに流行病で失っておりますし、育ててくれた祖父もすでに他界しております。現在は姉妹二人のみの筈です。恋人……思い人に関しては流石に把握しておりませんが、特別な相手がいるとは聞いてはおりません。……私たちはくの一ですから」


 鬼灯の最後の言葉には少し自虐的な響きもあった。仕事柄人並みの幸せなどは得られぬ……と、そういう意味なのだろう。分からなくもない。忍者なのだから。そういう稼業なのだと思う。だが、その言葉を口にする彼女は、少し寂しげにも見えた。


 とりあえず俺は、今はその事について考えない事にした。紅葉の方に集中する事にする。鬼灯とて、安易な同情が欲しくて口にした言葉ではないだろうと思ったからだ。


「……なるほど。鬼灯は、紅葉が部下になる前から彼女との面識はあったの?」


「神楽の里は、そんなに大きくはありませんからね。里の子供たちは、皆兄弟姉妹であり、我が子であり……そんな感じなのです。紅葉と私では親子という程に年が離れておりませんし、昔から姉妹のようなものでした」


「そっか。そのぐらい把握しているという事か。あ、じゃあ、鬼灯の下に付く前は、紅葉は何かやっていたのか? それとも、最初の配属から鬼灯の下だったの?」


「いえ。紅葉が私の部下になってまだ一年も経っておりません。その前は……、確か朽木から、その北にある三森、笹島あたりまでの調査をしていた筈です。流石に私程度では、自分の担当以外の案件に関してはほとんど知らされておりません。だから知っている事は多くないですが、あの頃は大規模な飢饉があって、多くの町や村、里が税を誤魔化そうとしておりました。だから、それを取り立てる為の調査を神楽は命じられ、紅葉はその一部を担当していたと記憶しています」


「飢饉? よく神楽は無事だったな。ここを見る限り、そんなに米の収穫量があるとは思えないのだが」


 俺は鬼灯に向き直り、思った疑問を率直にぶつける。すると鬼灯は、先ほどの忍びの宿命の話の時以上に自嘲気味な笑みを浮かべた。


「もちろん無事ではありませんでしたよ。あの飢饉をどうにか生き抜く為に惟春に対して負った借りのせいで、私たちは惟春の人形になっていったのですから」


「ああ、そういう事だったのか」


 神楽ほどの優秀な忍び軍団が、忠誠を誓ってもいない惟春のいいなりになっていた。某か理由があるだろうなとは思っていたが、やはり理由があったらしい。


 惟春も、なんともイヤらしい手にでたものである。実に奴らしいと言えば奴らしいが。物事を考えているようで、根本的に目先しか見えていないあたりも、実に『らし』かった。そんなやり方では折角の力を活用など出来ない――と普通は思うところだろうが、奴はそうは思わなかったようだ。


 だが、そういうやり方をした以上、惟春はおそらく神楽の優秀さには気づいている筈である。それ故に、いつでも押し潰せる程度に弱体化させようとしたのだろう。


 つまり、神楽の里という存在は弱体化させないと金崎家にとって不都合な存在である――と惟春は判断したという事に他ならない。


 考えがそこに行き着くと、思わず頬が緩んだ。


「??」


 突然笑みを浮かべた俺に、鬼灯は怪訝な表情を浮かべた。


「ああ、すまん。神楽がこちらに付いた事を知った惟春が、今どんな顔をしているかと想像したらな。思わず笑えた」


「どういう事でしょうか?」


「ん? 馬鹿は死ななきゃ直らないって事さ。教育って大事だなって話。絶対に、千賀はあんな風にはせんぞ」


 これには、伝七郎や爺さんも即答で賛成してくれるだろう。


 本人の性格というか資質に拠るところもあっただろうが、それ以上に歪んだ帝王学を施した結果が金崎惟春という男を作ったのだと思う。


 厄介なものを弱らせて、潰すなり手元に置くというのは立派に一つの手ではある。


 しかしそれは、しょせん数ある手の内の一つでしかない。ところが奴は、それがすべてになっている。王や君主といった『主』の振る舞いとしてのそれではなく、奴の中で手段と目的がひっくり返っている。だから悪手にしかならんところで、間抜けにも無駄に自尊心を発揮してしまう。そして、その力に酔ったまますべてを支配しようとする。


 駄目な『主』の典型と言えるだろう。千賀を、そんな間抜けな君主にする訳にはいかない。


「??」


 鬼灯は俺の返答を聞いて首を傾げている。


「ま、それは置いておいて良いよ」


 俺は嫌悪感で一杯になった胸の内を隠す様に、笑みをつくって鬼灯に答えた。


「は、はあ」


 先ほどから俺が度々一人で勝手に納得しているせいか、鬼灯は少し困ったような顔をしていた。しかし、これ以上の話の脱線を避けるべく、俺は少々強引ではあるが話を戻す事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ