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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百三十一話 紅葉の懊悩 でござる




「……なんだって?」


「同影は八島道永にございます。武様は、富山から千賀姫様をお守しながら逃げてきたおりに彼の者と戦ったと聞いておりますが……もしかして違うのですか?」


 俺の反応に、鬼灯が少し慌てる。


「あ、いや。そこは間違っていない。本当にあの道永なのか? 奴は大火傷と酷い矢傷を負っている筈だぞ?」


「はい、確かにおっしゃるとおりでした。三沢から更に北西に行ったあたり――現在継直に占領されている土地と金崎領の境あたりで瀕死になっている所を見つけ、私が惟春の下へと誘いました」


「かー、なんつーしつこいオッサンだ」


「同影は、武様をかなり恨んでおります。その……武様の首をあげて復讐するまでは死ねない……そんな様子にございました」


 鬼灯が、すこし申し訳なさそうに言葉をつっかえさせながら説明をする。


 それを聞いた源太は「ほう……」と目を細くした。太助らはよく分からないような顔をしているが、なんとなく面白くなさそうに口を噤んでいる。重秀は「拾った命を捨てに来るか。臨むところだ」などと鼻息を荒くしたし、他の百人組の組長たちも大なり小なり怒りを露わにした。


 そんな皆を見ながら思う……まったくメンドクサイ、と。


 昔の俺ならば、こんな話を聞けば心穏やかにはいられなかったと思うが、正直、今の俺の心は、『怖い』ではなく『うっとうしい』という感情が大半を占めていた。


 とは言え、降りかかる火の粉は払わねばならない。うっとうしかろうが相手をするしかないだろう。


 俺は掌底で右目をごしりと拭い、


「なるほどな……ま、あれだけ煽って嵌めたんだ。恨まれているだろうな。だが、大人しくこの首をくれてはやれん。奴に簡単にくれてやるほど、俺の首は安くない」


 と鬼灯に向かって答える。すると、


「無論にございます。それに、神森様の首を所望するという事は我ら朱雀隊を突破するという事にございます。我々もずいぶんと甘く見られたものにございますなあ」


 と、重秀が白い髭をしごきながら口にした。実にゆったりとした口調だった。だが、その目は『殺す』と言っていた。口ぶりと目が、明らかに一致していなかった。それだけ、俺の事を大事に思ってくれているという事である。有り難い話であった。


 源太はそんな重秀の様子にうっすらと笑みを浮かべ、いつも通りフッと鼻を一つ鳴らす。太助も俺の護衛が主な仕事だけに、拳を掌に叩きつけてやる気を見せてくれている。こちらの士気は、十分に高まっているようだった。


「彼の者が、これだけの将の壁を越えて願いを叶えられるとは思いませんが、それでも十分に警戒なさいますよう。あの者も凡将ではございませんし、何より今は想いが強うございます。かつての傲然なだけの男ではございません。なりふり構わぬ覚悟も持っており、以前とは全くの別人と言っても過言ではありません。十分な注意が必要かと」


 鬼灯は、少し心配そうにそう訴えてくる。


 今の道永を知っているのは鬼灯だけである。


 その鬼灯が、これ程までに注意しろというのだから、その言葉を軽んじていい訳がないだろう。そもそも前に戦った時だって、見た目ほどに余裕だった訳ではないのだ。


「分かった。教えてくれて有り難う。十分に注意する」


 俺は鬼灯に、そう答える。すると鬼灯は、ようやくホッとした顔をしてくれた。油断して足下を掬われなければやられないだろう――と、それくらいの信頼はしてくれているらしい。


 もちろん、彼女の信頼にも応えるつもりだ。それに、こうして教えてもらっておいて油断で首をとられるような事態にでもなったら、流石に恥ずかしすぎる。間違いなく、後世の歴史家に愚か者と言われる事になるだろう。そんなの嫌すぎる。


 言われた通りに気を引き締め直す。そして、皆に向かって軽く頭を下げた。


「とりあえず、そういう事らしいので、皆よろしく頼む」


「「「「はっ」」」」


「でも、俺たちはそういう意味ではツイていたな。鬼灯や半次らと戦った経験が、兵たちを今度の戦いにも適応させるに違いない」


 武士同士の戦いから見ると、ちょっと特殊な部類の敵という事になるだろうからな。


 俺の言葉に、源太や重秀、百人組の組長たちはみな頷いた。


「他には……爺さん――永倉平八郎からも連絡が来ている」


 首肯する将らに満足しながら話を続ける。


「無事国境まで押し寄せてきた佐伯の軍勢を撃破したらしい。藤ヶ崎の件を連絡しなかった事で、書状には俺への説教も書き連ねられていたが、今では無事藤ヶ崎に戻り守りについているそうだ。それまで藤ヶ崎を守っていた高木高俊らも、それぞれ配備先へと戻ったという話だ。だから、俺たちは朽木に集中できるぞ。戦況は、ようやく追い風となったって感じだな」


 と俺は皆に、改めて状況を説明した。

 

 先日、藤ヶ崎に戻った爺さんから書状が届いたのだ。


 相手が佐伯だから、目の前の戦いに専念してもらう為に連絡しなかったのだが、その書状には俺への文句が大量に書いてあった。その様な一大事を連絡せんとは何事だと、いつになく荒々しい字で書かれていた。思わず一人で苦笑いだ。端から見たら、ヤバイ人だったかもしれない。


 しかし、この報せのおかげで俺たちの後顧の憂いはなくなった。目の前の戦いに集中できるようになったのである。これは、正直言ってかなり大きい変化だった。


 だから、それを皆にも伝えたかったのだ。


「左様にございますな。田島には与平がおりますし、永倉様が藤ヶ崎にお戻りになり、高木殿も東の砦に戻ったならば、領土の東から南にかけては心配なくなります。佐伯が次の行動を起こす前に我々も朽木を落とし、そして金崎領を攻め取ってしまいましょう。そうすれば、いよいよ継直めと戦う準備が整います」


 俺の言葉を聞いた源太は、俺にそう進言してくる。その顔は自信に満ちあふれていた。


 そんな源太と俺を、蒼月と半次は唸りながら見ていた。やはり……といった感情と、ずいぶんと大胆な計画を立てたものだという呆れが半々で見て取れた。


 俺はそんな二人の視線を見て見ぬふりをする。


 おいおい、『こちら』に取り込んでいけば良い。今は体だけでいいのだ。彼らの心までも取り込んでいけるかどうかは、これからの俺たちの努力次第なのである。




 夕刻――。


 評定が終わり、俺は鬼灯を連れて割り当てられた部屋へと戻る。その途中で、雪のちらつく庭を少し眺めた。


 ちらちらと舞い注ぐ粉雪が、庭の竹林を、そして通路に敷き詰められた石畳を、白く飾り始めている。ここ数日は降っていなかったが、今日は少し冷え込むなと思っていた。そうしたら、やはり降り出したのだ。


 ただでさえ竹林に囲まれた蒼月の屋敷は、日当たりは良好とは言えない。そこにこの天気では、夕方と言ってもかなり暗い。だが、まだ辛うじて庭の様子を見る事が出来た。


「こうして見ると普通の庭なんだけどなあ」


「ふふ。ご注意下さいませ。そう見えても、この庭は罠の山にございます。決して、私どもを側に置かずに庭に降りられませぬよう」


 鬼灯はそう言って微笑む。


 うーむ。やはり地雷原か。埋まっているのは地雷じゃなくても、似たようなものだろうな。


 体がぷるりと震えた。俺自身よりも、本能の方が素直であるようだ。この庭からは、確かに『嫌な気配』がする。


 そんな事を思いながら庭を眺めていると、外へと出て行った紅葉がちょうど帰ってきた。竹の格子戸がキュイッと音を立てながら開く。そして、中に入ってきた紅葉と目が合った。


 紅葉は、鬼灯と一緒にいる俺を確認すると、小走りに駆け寄ってきて側まで来る。そして膝を着き、頭を垂れた。


「お疲れ様にございます、武様」


 あー、そっか。こういう事になるのか。


「あはは。……ねぇ、紅葉」


「はい」


「普段は今まで通りで良いんだよ?」


「いえ。そういう訳には参りません」


 紅葉は頭を下げたまま、そう答える。三幻茶屋で由利をやっていた時には、小悪魔的でもっとアバウトな性格をしているように見えたのに、紅葉はまったくの逆だった。堅い。堅すぎるくらいに堅かった。


 まあ、銀杏もそうだしなあ。タイプは違うけど、二人とも演じていた人物とは似ても似つかない点は一緒だ。


 彼女らを、俺のお庭番として迎えた日の事を思い出す。口数少なく内気っぽかった『美空ちゃん』が、静かながらも正確にキビキビと話す姿に面を喰らったものだ。結局、それが銀杏の本来の姿だった訳だが、最初のインパクトは相当なものだった。


 だが衝撃度では、この紅葉の方も甲乙付けがたしである。


「鬼灯もそう言ったけどね。でも、本当にもっと楽にしてくれていい。必要な時には切り替えられるだろう? 俺としては、それで十分だ」


「はっ、申し訳ありません。善処いたします」


 駄目だった。


 言っている意味は理解できているだろうに、生来の真面目な性格が頓珍漢な事を言わせてしまっている。


 俺は困り果て鬼灯を振り返る。だが鬼灯は、コクリと小さく頷いただけで俺の味方をしてくれるつもりはないようだった。これが本来の紅葉なのだから受け入れてやって欲しい……彼女の目はそう言っていた。


「あ、あはは。ま、まあ、もう少し肩の力を抜いてね。うん」


「はい」


 あかん。まあ、でもこれが素だというなら、これが紅葉の一番楽な状態なのかもしれんし……あんまり先を急ぐもんじゃないか。


 気持ちを切り替える。


 それに……今一番伝えたい事はこんな事じゃない。


 俺は面を伏せている紅葉に向かって、今の今までタイミングが悪くて伝えられなかった言葉を伝える事にする。


「……なあ、紅葉」


「はっ」


「もし、何かに悩んでいるのなら――いつでもいい。俺に正直なところを伝えてくれ。聞いてやれる話なら、出来る限りなんとかしよう。俺はお前たちの主となった。だから、それらしい事くらいはさせろ」


 その言葉を聞き、紅葉はびくりと体を振るわせた。そして、顔を上げる。その視線は、真っ直ぐに紅葉を見下ろす俺の視線とぶつかった。後ろから、鬼灯が緊張している気配が伝わってくる。部下の様子を俺に疑われたと思っている訳ではないだろうが、それでもまだ俺たちの元にやってきたばかりのデリケートな時期である。だからか、緊張せずにはいられなかったようだ。


 だが俺は、そんな鬼灯をとりあえずは置いておいた。目の前で必死に無表情を装っている様に見える紅葉の方をなんとかしなくてはいけなかったからだ。


 紅葉は迷っているようだった。口が何度も開きかけては噤まれる。


 そんな紅葉を、俺はただ黙ってジッと見つめ、そした待った。だがしばらくすると、紅葉は視線を地面に落とした。


 駄目か……。でもやはり、何かあるようだ。しかし、それを口にする事はできないらしい。


 一応粘ってみる。


「どうした、紅葉。何か言いたい事があるなら言って良いぞ? 後になって聞けぬ話も、今ならどうにかなるかもしれない。とりあえず言ってみるといい。何を悩んでいるのかは分からないが、まずは言ってもらえねば、俺もどうしようもない」


 俺がそう言うと、紅葉は再び顔を上げる。しかしその目は、三幻茶屋で見た由利のものでもなく、そしてくノ一という仕事に徹した紅葉のものでもなかった。縋りたいけど縋れない……、先ほどまでと同じ、そんな風に取り繕った顔だった。

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