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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章
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第二百二十九話 朽木攻略の準備をしていたら、何故か童の鎧を纏っていた でござる

 大泉寺にて神楽の里の取り込みに成功した後、俺は一旦田島に戻った。朽木への進軍に備えて軍の再編をする為だ。


 そして、その間に藤ヶ崎へと鬼灯をやった。捕らえて軟禁していた神楽の者たち全員を呼び寄せなくてはならなかったからである。


 由利ちゃん――紅葉や、美空ちゃん――銀杏は、どんな反応をするだろう。


 彼女らは、鬼灯と共に俺の元にやってきてもらう事になっている。そのうち作る事になるだろう俺の館の、お庭番になってもらうつもりだ。


 だから、これから改めて、深く人間関係を醸成していかねばならない。なんとか受け入れてもらえるといいと祈らずにはいられない。


 もっとも、それは紅葉や銀杏だけの事ではない。三幻茶屋の部隊が丸ごと、俺のところに来る事に決まったからだ。


「神森様のお話を窺う限り、お望みになった鬼灯とその配下がまさに最適にございます。鬼灯の下に十名つけておりますので、そのままお使いいただければ、必ずや神森様のご期待に沿える事でしょう」


 と長や半次が勧めてくれたからだ。やはり、彼女らは里の忍びの中でも、かなり優秀な方だったらしい。


 だから俺は、この神楽の件と、大返しのために買った馬の購入代金についての報告を作り、朽木を落とす方策をいくつかしたためた書状と共に、伝七郎の下へその方向で確認の手紙を送る事にしたのである。


 どのみち、伝七郎には一筆送らねばならなかったから、そのついででもあった。


 もちろん、伝七郎に伝えるべき内容は非協力的だった牧場の件である。藤ヶ崎の不逞な輩共に関しては、鬼灯より折衝を持った人間を全員聞き出して、すでに爺さんに処理を頼んである。伝七郎には結果だけの報告でいいだろう。


 だが、牧場の方はそうはいかない。伝七郎が、うちの政務の頂点だからだ。だから、奴に処分させねばならないのだ――他の者たちへの見せしめとする為には。


 八雲の藤ヶ崎への到着が遅れたのは、八雲が向かった牧場の主に馬の買い付けを渋られたからだった。こちらの足下を見て、ふっかけてきたらしい。


 大返しは、そういう事もあると承知した上で選んだ行動だったから、その事自体に驚きはない。牧場主の持ち物をどう扱おうが、それは牧場主の自由であろう。


 ただ……俺たちへの協力を渋った牧場に俺たちがどんな心証を抱き、その者をどう扱おうとも、それも俺たちの自由である。それが権力(ちから)というものだ。特にこの世界の様に未成熟な社会であれば、それは顕著である。ここではまだ、その力の均衡が世界を支えているのである。


 だから俺は、その牧場を水島家の勢力圏で真っ当に商売ができなくなるように手を打つよう、書状の中で伝七郎に念を押しておいた。その分、俺たちに協力をした三つの牧場には、褒美をかねて便宜を図ってやれとも。


『民』に頂点を認識させる必要があるからだ。権力による暴力を振るうのである。


 油断すると、かつての世界の価値観に流されて自分を見失いそうになるが、今の俺にそれは許されない。そういった力の聖邪を問うには、今の俺たちは数百年早い。文化や社会の成熟の度合いに合ったやり方というものが存在する。それに逆らえば、むしろ社会に混乱を招いてしまう。


 社会を発展させていく為には、足を止めずに日々改善改革をしていく必要がある。しかしそれは、『今』からの改善なり改革でなければならない。単純な技術などとは異なり、社会構造でオーパーツを作った場合、まず間違いなく国にも民にも不幸しかもたらさないだろう。俺のやった『それまでの戦の慣習を捨てる』という改革でも、かなりの負担だった筈である。


 それに、そもそも俺たちには、倫理観を許容する強さすらまだない。力のない理想も、これまた民を不幸にする要素の筆頭だ。


 あの牧場を潰す事で、民が頂点を認識し、次の火事場で足を引っ張られる事がなければ、とりあえずは良しとするべきだ。お前たちの主は誰なのかという、国としての最低限の規律は少なくとも明確にされるだろう。次も手かせ足かせ付けて乗り切れるとは限らないのだから、これはそれを民に示す良い機会だった。国が民を幸せにする為には、民に優しいだけではダメなのだ。きちんと恐怖も示さないといけない。人間も特別ではない。所詮は獣なのである。


 ただ、あの書状を読んだ伝七郎が、盛大な溜息を吐く事は容易に想像できた。


 奴にも、そのぐらいの権利はあるだろう。会えば、いろんな意味で泣かれる事も分かっている。俺も、それは甘んじて受け入れる所存だった。一晩、奴のやけ酒に付き合う覚悟はもう出来ている。


 もっとも、そんな伝七郎の方でもいくらかの問題が発生しているらしいが。


 あちらがどうなっているのかは、源太から報告があった。


 三沢大橋にて、突っ込んできた川島朝矩を相手に大勝したまではよかったのだが、朽木は落とせずにいるようだ。ひとえに、三森敦信のせいらしい。


 三沢大橋の戦いから逃げ帰った川島朝矩は朽木に閉じこもり、三森敦信に我々の迎撃を命じたらしいと源太は俺に語った。


 川島朝矩は、おそらく三森敦信に責任を押しつけたのだろう。だがそれにより、三森敦信にとっては今までよりも自由に力を振るう事ができる環境が整ってしまった。つまり朽木勢は、三沢大橋で沢山の兵を失ったが、その代償に繋がれていた虎の鎖を絶つ事に成功したと、そういう話だった。


 これは、俺たち……特に、伝七郎にとっては厄介極まる話である。


 確かに戦は数だが、『名将』と呼ばれる者の存在は、時にその定石を覆してくる。名将に率いられた少数の兵が無能に率いられた大軍に勝る事は、ままある事例なのだ。


 そして三森敦信は、自身がその名将である事を示しつつある。


 奴は町に閉じこもった川島朝矩に代わり、町の外に出て遊撃戦を仕掛けてきたとの事だった。しかも罠を張った上で。


 朽木に正面から近づいた伝七郎らを、三森敦信は横撃し続けたらしい。そして、それを無視して進軍を続けた伝七郎は奴が仕込んだ陥穽に嵌められたとか。


 源太は苦々しい顔をしながら、俺にそう説明した。


 少数の横撃を無視した伝七郎の判断は正しいと思う。流石と言ってもいいだろう。


 だがその横撃は、伝七郎らの注意を自分たちに向けて、正面に施した罠から目を反らす為のものだった。その結果、前に急いだ先陣の部隊は、そこにあった穴に嵌まる事になった。


 そう、伝七郎は『策』に嵌まったのである。


 三森敦信が、策を策と認識して使ったかどうかは定かではない。いや、おそらくは認識していなかっただろう。しかし、これはどこからどうみても『策』である。


 つまり、三森敦信も常識の殻を破ってみせたという事になる。それは、奴も伝七郎と同じ『天才』だという事を示している。


 伝七郎でも、三森敦信はそう簡単にいく相手ではないだろう。早々に援軍に向かわねばならない。持てる力はすべて使って戦う必要のある相手とみて間違いないだろう。下手をすればこちらが負ける事も十分にあり得る――そのぐらいの認識で気を引き締めておく必要性がある。


 とりあえず俺は、そうならない為に、少しでも兵たちに連携の訓練を施しておく事にした。源太や与平、太助ら三人も、皆がその意識を共有して頑張ってくれたのである。


 そして一通りの準備を終えた俺たちは、田島を出て神楽の里へと出発した。




「だーッ! このガキどもっ! このガキどもっ!」


 剥いでも剥いでも飛びかかってくる少年・少女忍者……否、それ以下のたまごたち。


 神楽の里を抱え込む事には無事成功した。しかし、よもやこのような『内乱』が起こる事になろうとは、この神森武にも流石に読めなんだわ……。


 足腰にまとわりつく童どもは、きゃーっなどと楽しげな声をあげていたりもするが、ガキの鎧を纏ったような状態になっている俺にとっては、「ははは、こやつめ」で済ませる段階はとうに過ぎていた。


 俺たちが千賀の為にと頑張っているように、こいつらは神楽の者たちにとっての宝の筈である。粗末には扱うまいぞ……と思って、ついうっかり一緒に遊んでしまったら、この有り様だった。


 三森敦信との戦いに向けて手塩にかけて育てていた緊張感が、色々と台無しである。緊張感? 何それ? とばかりに霧散している。


 どうして、こうなった……。


 そう思わずにはいられない。


 確か俺は、神楽に到着してすぐに長の家に向かった筈だ。密かに忍者の里という奴にわくわくしていた俺は、神楽の里に着いた時にそのあまりの『普通』さに、がっかりとさせられたものだ。うん、覚えている。桃色頭巾の忍者少女がそこらを走っている事もなかったし、怪しげな修行場が立ち並んでいるような事もなかった。


 その事を、素直に鬼灯や紅葉、銀杏に尋ねたら笑われた。彼女ら曰く、「そんな物で溢れかえっていたら、それは『忍ん』でいるとは言えないでしょう」との事。至言である。


 言われてみれば、さもありなんだ。俺は納得し、長の家に向かおうとしたんだ。そうしたらあの時も、このガキ共がどこからともなく湧き出てきたんだよな……。


 だが、あの時はまだ、このガキ共にも遠慮というものがあった。


 鬼灯たちの元に駆け寄ってきたと思うと、俺や一緒にいた源太や太助らを見て怪訝そうな表情で見上げていたのを覚えている。


 それがどうだ……。


 朽木まで、軍として動いても一日ちょっとあればいける神楽の里を、俺の指揮する軍の拠点と決めて五日。伝七郎とやりとりしながら、長やら半次やら鬼灯やらを引き連れ、神楽の里を見て回っているうちにガキ共に妙に懐かれてしまった。


 ガキンチョと言えば千賀である。


 そんな俺は、ここのガキ共も同じように扱ったのだが、それがいけなかった。気がついたら、砂糖に集るアリのような勢いでガキ共に襲撃されるようになってしまった。今では、歩いている姿を見つけられたら終わりである。


 とは言え、性分的に無視ができない。そればかりは俺には無理だ。


 ちんまいのがいたら、ついつい構いたくなってくる。だから俺も悪いのは重々承知している。だがガキというものは、どうしてこう一気に来るのだろうか。もう少し、ほどほどで良いと思うんだ。アリストテレス先生も中庸がいいと言っていたぞと声を大にして言いたい。


 そして実際に言ってみたのだが、


「??」


「あり……とすて?」


 ボーイたちは「何それー」とはやし立てるだけだし、足に張り付いてくる更にちんまいガールに至っては、それなんですかと聞き返さなくてはならない謎単語を生み出す始末。


 爺さん大活躍で、最近俺の『鳳雛』の通称は有名になってきているが、ちんまいのに集られてもみくちゃにされるこんな姿は、とてもではないが民らに見せられない。


 にも関わらず、太助や源太も、そして鬼灯たちの誰も助けてくれなかった。


 奴らは、誰かしら側にはいたんだよ。俺の護衛をしてくれていたのだ。


 だが俺は、奴らの仕事ぶりを評価する側の人間として、こう言わざるを得なかった。


 この給料泥棒共がっ!


 ――――と。


 俺の命が危険に晒されないかぎり、奴らは放置プレイしかしない。俺が困っているのを見てニヨニヨとしている。助ける気などまったくないのは、一目瞭然だった。


 菊……助けて。


 俺が心の内でそう呟いたとて、誰が俺を責められるだろうか。千賀で困ると、菊は苦笑を浮かべながら何時も助けてくれる。そんな彼女の姿が、脳裏に浮かんで仕方がなかった。

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