表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
325/454

幕 鬼灯(四) 招聘 その一

 田島について数日、私は神森武に呼ばれた。


 そう、呼ばれた。


 田島に着いた後は、神森武は私を軟禁すらしなかった。それどころか、


「好きに見ていいよ、葉月さん。もし神楽が俺たちと敵対する道を選んだら、いま頑張っておくと良い事あるかもよ?」


 と言うと、ニコリと意味ありげな笑みを作った。ひどく怖気の走る笑みだった。


 まあ、確かに神森武の言う通りだったのでしっかりと見て回らせてはもらったのだが、失敗だった。見るべきではなかったかもしれない。


 神森武の留守を守っていたらしい三浦与平によって、田島は神楽に匹敵する罠の宝庫と化していたのだ。それを見せつけられたのである。


 今も、町の周りに堀を掘り続けている。そして何より、忍びである私が言うのもなんだが、罠がえげつない。どれも必殺を信条とした罠ばかりだった。捕縛しようなんて考えてもいないのが容易に見て取れる。


 神森武から聞いた話では、三浦与平は「猟師を罠に掛けるとは良い度胸」と私たちに対抗意識を燃やして、『獲物』を獲る為の罠をあちこちに張り巡らせたのだとか。これでは、半次様といえども迂闊に近づけなかっただろう。


 田島の町には十分な食料もある。水もある。そして、今となっては兵もいる。


 要するに、どうにもならない現実を見せつけられただけだった。


 そもそも、あの神森武の事だ。私に『見せた』事自体が罠に違いない。ただ単純に、力の差を見せつけただけではないだろう。


 本当に、敵に回したくない男だ。少なくとも、私はもう御免だった。出来れば、もう戦いたくない。


 あんな気持ちの悪い戦は、生まれて初めてだった。


 打つ手に、悉く先回りされている。これまで積み上げてきた自信を、心ごとへし折られる――そんな感覚さえある戦だった。


 私は軽く首を横に振り払いながら廊下を進み、神森武の待つ部屋へと向かう。


 神森武のいる部屋につくと襖が開けられた。


 部屋の最奥に神森武。その手前に鳥居源太、三浦与平と、太助、吉次、八雲らが分れて座っていた。


 鳥居源太や三浦与平などは『葉月』がこの場にいる事にもすでに割り切った表情を見せているが、残りの三人はまだどこかぎこちない。私の顔を見る度に目を泳がせている。


 そんな部屋の様子を眺めていると、


「やあ、葉月さん。おはよう」


 と神森武に声を掛けられた。この男に至っては、鬼灯の名は知らなくとも鬼灯としての私を理解した上で、『葉月』に対しての態度とまったく同じ態度を貫いてくる。


「おはようって、もう昼だよ」


「いやまあ、そうなんだけどね」


 神森武は口元を和らげて話しかけてくる。私を殺そうとした事など微塵も感じさせない態度だった。多分、死んだら死んだで価値なしとみなせばよいと考えていたのだろう。そして死ななかったからこそ、私にも価値を再確認した――そんな所の筈だ。


 これ程に見た目と中身に差がある者もまずいないだろう。この者ほど敵に回して厄介な存在も、そうはいまい。今更の話ではあるが。


「で?」


「ん? ああ、今から大泉寺に向かおうと思ってね。それで呼んだんだよ」


 神森武はしれっと言った。


 ……なんだって?


 緊張が高まる。思わずその気配を外に漏らしそうになって、慌てて取り繕う。


 長と会うのは明日だ。今回の移動は少人数。馬で駆ければ、ここからは一刻もかからない。つまり大泉寺は、前日の昼間から移動しなくては間に合わないような場所ではない。


「……今からかい?」


 確認をする。


「そう。今からだよ」


 しかし神森武は、まったく動じる事なく答えた。




 そのあと神森武は、私、鳥居源太、そして太助を連れて、本当に大泉寺に向かって出発した。空には天頂を少し過ぎた日が輝いている。いくらなんでも、あきらかに早すぎる出発だった。


「こんなに早く行ってどうしようってんだいっ」


 駆けて揺れる馬の背で、もう何度目になるかという問いを発する。しかし、返ってくる答えは毎回同じだった。多分今回も……。


「早め早めの行動。これ日本の常識」


 やはり、同じ答えが返ってくる。巫山戯たような笑みを浮かべながら、先を走る神森武は顔だけ振り向いて、そう伝えてきた。何度聞いても怒りはしないが、同じ答えしか返してくれない。


 だから、『にほん』ってなんなんだい……どうしたもんかねぇ。


 頭が痛い。気を緩めると、溜息を吐いてしまいそうだった。そもそも、これから敵に会いに行こうというのに、神森武は鎧も着けていない。いつもと同じ(かみしも)だった。


 いや、まだ神森武はいい。護衛二人までが同じく普段着の裃や羽織袴姿なのはどういう事だろうか。もちろん帯刀はしているが、それだけだ。揃いも揃って、ちょいと散歩にでてきたような格好である。


 だが、その割にあれだ。


 チラリと、神森武の先を行く太助の背に目を走らせる。


 大きな葛籠(つづら)を背負っていた。私の後ろ――最後尾を走る鳥居源太も同様の葛籠を背負っている。


 あの葛籠は一体なんだい。


 最初は、人を隠しているのかもと疑った。部下は二人と指定したのだから、たかが二人増えるだけでも、これは脅威である。


 しかし、二人が馬に乗った時の体裁きと、駆けだした後の葛籠の揺れ方で、その予測が誤りだと気づいた。確かに人が入れない事もないほどの大きな葛籠ではあるが、人が一人入っているにしては二人の動作も荷物の揺れ方もおかしかった。鎧でもないだろう。中身は、もっと軽い物の筈である。


 あー、もうっ。本当に厄介だね、この男はっ。


 いつも私の頭を混乱させる。ここまで、読めない男も初めてだった。


 それから一刻ほどの間、私たちはゆるりと馬を走らせ無事何事もなく大泉寺へと着いた。


 大泉寺は、ちょっとした小山にある古い山寺だ。その麓には小さいながらも村が出来ている。角が取れ苔むしたニ、三百段はあろうかという古い石の階段を上ると、階段以上に古めかしい大きな寺が見えてくる。山の木々に隠されるように建っている寺ではあるが、決して小さくはない。三重の仏塔や鐘楼などもあり、規模は小さいながらも回廊と呼べそうなものまで作られている。


 そんな寺に着くと、神森武は住職に挨拶し私を解放した。


 そう。解放したのだ。田島の町での私の扱いと同じであった。


「後は好きにして良いよ。ここから先は、葉月さんは俺たちの捕虜ではなく、神楽の忍びとして振る舞って良い。ここで神楽の長と合流するべく待つのも良いし、葉月さんがそうしたいと言うならば、これから神楽に向かっても良い。明日、また会おう」


 神森武は、住職に案内された待機部屋に着くなり、そう言ったのである。


 藤ヶ崎には紅葉や銀杏、その他の仲間たちも捕らわれているので素直に喜べるものではないが、私自身に関してはとりあえずお役御免という事のようだった。


 この男の事でこれ以上驚くまいとは思うのだが、この男は何度でも私を驚かせる。本当に、色々な意味で常識を知らない男だった。


 だが結局、私はこの場に残る事にした。


 長や半次様からの指示は、水島側が不穏な行動に出ていないか目を凝らしておけというものである。その指示に従うには、この場にいるのが一番だったからだ。


 その晩は、私は女ということで別の部屋を用意され、そこで寝るように住職に言われた。おそらくは気を遣ってくれたのだろうが、この日に限っては一緒の方が都合が良かった。とは言え、あからさまにそれを訴える訳にもいかず、それを受け入れ別の部屋にて休む事にした。


 しかし翌朝、酷く後悔させられた。失敗だった。


 起きて男衆の部屋を尋ねると、三人とももうそこにいなかったのだ。


 本気で焦った。


 だが、すぐにその行方は分かった。住職の話によると、陽が昇り始めるずいぶんと前から、三人は長と会う場として用意された本堂にその身を移したというのである。しかも、長らがやってくるまで、誰もここへは通さないようにと言伝を残したそうだ。


 あの男は、一体何を考えているのか。


 鳥よりも早く起きて、そんな場所に行っても誰もいない。人を伏せようにも、鳥居源太と太助しか連れてきていないのは明らかなのだから伏せようがない。罠? 借りた寺にそんなものを仕掛けられる訳もない。そんな真似をすれば、水島家がこの寺の一派を敵に回す事になる。


 本当に奇矯な行動が目立つ。


 仕方がないので、私はそのまま長らの到着を待った。そして、昼すぎごろ長らが到着し、私らは住職の招きで神森武らが待つ本堂へと案内された。


 そして、今度こそ言葉が出てこない程に驚かされる事になった。これは完全に想定していなかった。長や半次様も、本堂の扉が開かれるなり目を大きく見開き固まってしまっていた程である。


「よくぞ、おいでになられた。さあ、こちらへ」


 狩衣(かりぎぬ)を纏った礼装の若武者が、部屋の中でにっこりと微笑んでいたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ