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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(四) 絶望の檻



 ちぇっくめいと?


 神森武は私の知らない言葉をぶつけてきた。


「何を訳の分からない事を! 紅葉! 構わない。このまま突っ込みな!」


「はっ」


 私の言葉に、更に激しく紅葉が神森武へと迫る。それを追うように銀杏も駆けた。そして、紅葉に率いられた者たちも朱雀隊の者たちと交戦をしながら、必死に前へと進んでいく。


「お前たちも遅れるんじゃないよ。私に続け!」


 私も、自分の率いる者達に発破をかける。


 皆、迷う事なく動いた。動いてくれた。


 激しい戦いになった。だが冷静に見れば、討ち死にする数に明らかな差があるのがわかる。流石に神森武直属の部隊……一人残らずみな手練れだった。


 それでも私たちは、的目掛けてひたすらに駆ける。狙うは、神森武の首一つ。


 初手で楔を打ち込めたおかげだろうか。それとも、後のない勢いのせいだろうか。


 戦況自体は、こちらが押していた。ジリジリと、本当にジリジリとだが、神森武へと迫っている。このままの勢いで攻めかかれば、必ず神森武まで届く。そんな勢いだった。


 しかし、神森武は全く動かない。


 それどころか、太助と朱雀隊の兵に囲まれて、ただ静かに馬上で笑みを浮かべていた。


 なんなんだ、あれは……。


 背中にゾクリと何かが走る。あれに近寄っては駄目だと感が告げてくる。


 だが、近寄らなくては奴の首は取れない。


 そうだ。こんなのは、ただ私が怖じ気づいているだけだ。あの『鳳雛』としての神森武に、ただただ私が怯えているだけだ。


 ひたすら己にそう言い聞かせて、腕と足をとにかく動かす。他の皆も同じ気持ちの筈だ。


 戦場となっている白い大地は踏み荒らされ、泥の池と化していった。そして、そこに生臭い赤い花がいくつも咲く。


 そんな中を、私は、私たちは飛び跳ね回る。だがその間も、目は神森武の姿を追っていた。目の前の兵を切り捨てている間も、進む道を探す間も、私の目は神森武の姿を(とら)えたまま放さない。


 その神森武は、相も変わらず全く動かずに、静かに馬上から私を見下ろしていた。


 とても、茶屋に通ってきていた人物と同人物だとは思えない目の前の男。水島の鳳雛――神森武。その力は認めよう。私で勝てる相手ではなかった。


 だが! それでも! 私はこの男を倒さねばならないのだ!


 新たに目の前に立ち塞がった足軽の男を切り捨てて、更に前へと駆け進む。


 そして、その時だった。


 今までまったく動く気配のなかった神森武が動いた。正確には、一言を発したのである。


「よし、もう良いぞ」


 もう良い? 何がもう良いんだ?


 意味が分からなかった。だが私の感は、この言葉を聞いてより一層の警告を発してくる。背筋から首筋へと走る悪寒が強くなる。


 そして、その感は正しかった。


 神森武を囲んでいた朱雀隊の中から、ものすごい勢いで何かが投げつけられたのだ。


「なっ!?」


 今までに何度も私の命を助けてくれた虫の知らせ――今回も私の命を救ってくれた。


 ぬかるんだ地面に足を取られながらも、私は咄嗟に横に跳び、転がる。泥と敵味方の血でぐちゃぐちゃの大地は、そんな私の体を抱き込んだ。


 汚泥まみれながら、私は顔を上げる。


 そして私の体が先ほどまであった場所を、ゴウと唸りながら通り過ぎていった何かを目で追った。


 槍だった。


 私の後ろを走っていた者たちの体を串刺しにしていた。その穂先は帷子ごと体を貫通し、完全に背中から飛び出している。


「な、そんな馬鹿な……」


 出鱈目にも程がある。こんな事が出来る奴など、そうはいない筈だ。


 私は泥にまみれた体をすぐに起こし、立ち上がる。そして、槍が投げつけられた方を改めて見た。


(かが)んだままというのは、中々にきついものですな……」


 そんな言葉が聞こえたと思うと、神森武のすぐ横に鎧武者がニュッと生えた。そう、まさに生えたように見えた。


 その男は周りの者たちよりも、頭一つ分は大きかった。周りにいる者たちだって、決して小さくはない。神森武を守る兵なのだから、それは当然だろう。だが、その男はそれよりも遥かに大きかった。


 男は、顔を守っている面頬に手を伸ばす。そして、ひもを解くとポイッと投げ捨てた。


 見覚えのある顔だった。


「鳥居源太……」


 そう、鳥居源太だった。青龍隊を率いている筈の将が、朱雀隊に紛れ込んでいたのである。鳥居源太は腰を叩きながら、ゆっくりと背筋を伸ばしていた。その後、面頬に続いて兜も脱ぎ捨てる。そして、


「やはり、この方がいい。兜も面頬も、どうも好きになれません」


 などと、神森武に向かって言う。


「そうか。すまなかったな」


 それを聞いた神森武も、まるで茶屋で馬鹿話をしていた時のように、ゆったりと笑顔のまま応じている。


 冗談じゃなかった。


 どうして鳥居源太がここにいる。奴は神森武の下を離れて、裏手から攻めてきた筈だろう。


「そんな……回り込んだ部隊の旗は、確かに鳥居源太のものだった筈……」


 銀杏が動揺していた。銀杏は、私に『鳥居源太率いる騎馬隊が、山の裏側に回り込んでいる』と報告したのだから、その鳥居源太がいきなり目の前に現れれば驚かずにはいられなかったのだろう。


 要するに嵌められたのだ……『神森武』に。


「なんで……、なんでお前がここにいるんだ! 鳥居源太!」


 聞かずとも分かっている。しかし、叫ばずにはいられない。あの男が神森武の側にいる……それは、この奇襲が失敗する事を意味するからだ。


 認めたくない。認められなかった。


 紅葉や他の者たちは、今もなお私の命令を実行するべく、神森武を目指して武器を振るい、敵の攻撃を躱しながら進んでいる。銀杏も心を立て直し、再び短槍を振り回し始めた。


 そんな、部下たちの愚直な姿を目の当たりにして、叫ばずにはいられない。


 だが、その叫びに鳥居源太が応える事はなかった。


 こちらに目をやりながら悠然と新しい槍を受け取り、太助の横まで出てくる。そして、振りかぶって構えただけだった。


「そりゃあ、待っていたからだよ。『ここ』に来る事が分かっているのだから、『ここ』で待つだろう」


 鳥居源太の代わりに神森武が応える。神森武は、相も変わらず静かにこちらを見下ろしていた。その顔には、優しげな笑みさえ浮かべている。私には、その顔がどんな鬼よりも恐ろしく映った。


「葉月さんは、もう俺を直接狙うしかない。そうなるようにしたからな。だから、ここに源太を置いといたんだよ。俺という『点』が狙われるのだから、その『点』に最強の駒を配しておけばいい。馬鹿な将なら、こちらのどこが弱くなっているのか気づきもしないだろう。でも葉月さんなら、きっと来てくれると思っていたよ」


 神森武は気負った様子もなく、ただ淡々と告げてくる。


 私はその神森武の言葉に、思わず心を折られそうになった。足が、自然と止まってしまった。


 しかし紅葉らは、そんな神森武の言葉も聞こえている筈だが、まったく意に介せず、戦い続けている。それを見て、私は折れかけていた心を無理矢理引き起こす。思わず止めてしまった己の足に活を入れ、再び攻撃に移った。


 どうせ、他に打つ手はもう残っていないのだ。鳥居源太がいようといまいと、私たちにはこの場で神森武の首を取る道しか残されていない。そうするしかないのである。


「ちぃっ!! 邪魔だ!」


 今まで以上に激しく敵兵にぶつかっていく。命ある限り、ただひたすらに神森武を目指す。私たちには、もうそれしか出来ない。


 だが、神森武は容赦なかった。


 私たちが十分に近寄った所で、


「足軽隊。囲め」


 ――――冷然と腕が振られる。


 すると、それまで左右両翼から私たちに向かってきていた足軽の槍隊の兵たちが、大きく回り込むような動きをみせた。そして、あっという間に私たちの退路を塞いでしまった。神森武は、この状況にあっても自分を守る盾を削って、私らの退路を断ちにきたのだ。


 正気とは思えなかった。勝ちが見えている戦いなのに、なぜこの男は自らの命を平気で危険に晒すのか。


 いや、違う。神森武は、己がやられるなどとは毛ほども思っていないのだ。


 ただ、一つはっきりしている事は、いよいよこれで、私たちの後が本当になくなったという事である。もう、私たちは助からない。計画が成功しようが失敗しようが、この場で殺される事が決まったのだ。


 だが、そのおかげで私の迷いはなくなった。ここで神森武だけでも討てたならば、里の事は長らがきっとなんとかしてくれる。


 覚悟が決まった。


「神森武! その首をよこせ――――ッ!」


 腹の底から叫び、敵味方入り乱れた中を私は全力で疾走した。

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