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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(四) 神森武の罠



 悲鳴と怒号が風に乗って耳へと届く。


 とうとう始まったのだ。


 私は、(かしら)を失った『七陣』をそのまま残して、最後の勝負に出た。もう手札は残っていない。雇った賊共をすべて犠牲にしての策――正真正銘の、最後の一手だ。


 山道に伏せた者たちは、すでにやられた。


 見たところ、敵の数はほとんど減らせていない。罠も不意打ちも、まったくの無駄に終わったのだから当然の結果だった。


 時間稼ぎすらも碌に出来ていなかった。逃げ惑っているところを、容赦なく狩られただけだ。


 私たちは、賊共が狩られているうちに、高台にあった獣道を通って神森武の軍の後方へと回り込む。


 道と呼ぶには全く整備されていないが、そこには確かに人が一人か二人並んで通れる程度の道が出来ていた。本来ならば、下生えの木々の中にぽっかりと道が出来ているのを見ることが出来るだろうが、今は雪に埋もれてかなり分かりにくくなっている。移動はしにくいが、不意打ちを仕掛けたい私たちにとって、これはむしろ都合が良かった。


 その道程の半ば辺りまでやってきた所で、私たちは神森武が高台へと攻めかかるのを待っていた。少々場が開けた場所で、私たちは一度足を止める。


 この五十人ほどだけで、何倍もの神森武の軍を相手にしなくてはならないのだ。藤ヶ崎を攻めた当初とは真逆の立場だった。最適の『刻』を窺い、すべての力を一点に注いで貫くしかない。


 高台の状況、後ろに回っている鳥居源太率いる青龍隊の動き、そして神森武率いる本隊の動き……それらを確認する為に斥候を出す。


 これが最後なのだ。絶対に抜かる訳にはいかない。


 しばらく待っていると、高台の方に偵察に出ていた紅葉が、まず先に戻ってきた。彼女の装束は、いつもと違って『真っ白』だ。もちろん、私を含めた奇襲部隊全員が同じ色の装束に着替え直している。


 高台にいる時までは、いつも通り枯れ茶の装束を纏っていた。だが、この雪山で真っ昼間に奇襲をかけるのに、そんな装束を纏っているのは敵に見つけてくれというようなものである。


 だから着替えたのだ。戻ってくる紅葉を見て、それで正解だったと改めて再確認できた。十分に周囲の景色に溶け込めていた。動きづらくて敬遠しがちになる雪にも感謝しないといけない。真っ昼間では、何をどうしようが身を隠しづらいのだから。


「後ろに回り込んだ青龍隊が高台に到着したようです。神森武に先駆けて、七陣に襲いかかりました」


「ほう。神森武の到着を待たずに始めたのかい……」


「はい。そのようです」


「分かった。ご苦労」


「はっ」


 紅葉は私の質問が終わると、スッと一歩後ろに下がって己の定位置――私の二歩後ろに控える。周りは神楽の者ばかりなので、もう少し楽にしても大丈夫だとは思うのだが、そういう気性なのだ。


 本当に、『由利』の時とはだいぶ違う。そんな風に思って内心苦笑していると、今度は妹の方が戻ってきた。


「神森武が高台に到着。即座に攻めかかりました。その結果挟撃となり、すでに七陣は崩壊しかかかっています。そろそろ頃合いかと」


 銀杏だ。側までやってきて膝を着くと、口元を隠していた頭巾をクイと引っ張り下ろして報告してくる。


 こちらも『美空』とはだいぶ違う。姉妹揃って、演じる役は本来の自分とは真逆の性格を選んでいた。ぼうっと何を考えているのか分からない『美空』と違って、銀杏の方は歳に似合わず非常にしっかりとしている。


「そうかい。じゃあ、私たちも動くかね。銀杏、案内を頼んだよ」


「はい」


 銀杏は静かに頷き、再び頭巾の端を口元を隠すように引き上げた。




 雪の降り積もる山の中を駆けていく。雪の中を極力足跡を残さないように駆ける。雪が溶けて剥き出しになっている部分をなるべく選び、本来は滑るからと避けられる『氷』の上を好んで走る。そうする事で、可能な限り足跡を消していく。高台からずっと、そうして移動してきた。


「あと少しです」


 銀杏が言う。


 確かに戦の喧騒が近くなってきていた。


 走っていた足を止める。


 すると他の者たちも、それに倣ってすぐに止まった。


 そんな皆を見渡し、私は最後の命令を下す。ここから先は、四組に分れて動くので、それぞれの組長の指示に従って動いてもらう事になるからだ。


「じゃあ、ここらで散るかね。配置はすでに話した通りだ。八郎、九郎の部隊で神森武への道を切り開いておくれ。そこに私と紅葉の部隊で突っ込む」


 皆、静かに私の話を聞いている。この指示がどれほど危険なものか。それが分からない者などいない。それでも、騒ぐ者など一人もいなかった。


 里の明日を守る為には、私たちが命を張って働くしかないのだ。その事を分かっていない者は、ここにはいない。


 私はその事に満足しながら、言葉を続ける。


「もう私たちにはこの手しか残っていないからね。悪いが命を賭けておくれ」


 誰も返事はしない。ただ一つ、無言で頷くだけだ。すでに、皆の中でも『仕事』は始まっているのである。


 私も、声を出すのはこの言葉を最後にした。もう敵が近い。音は出来るだけ立てないに限る。


 私は一つ頷くと、さっと腕を横に振る。


 すると、八郎と九郎が動いた。九郎は正面の森の中を進み、八郎は大きく回り込む。


 神森武は高台に向かって、山を南側から登っていった。今回の奇襲はあくまでも神森武の首が目的。北側に回っている青龍隊は無視して、朱雀隊を核とした本隊を狙い撃たなくてはならない。


 だから七陣が破られ高台に入られる前――まだ神森武が山道にいるうちに、八郎は西側から九郎が東側から挟撃するのである。そして、『引く』。そうすれば、僅かに神森武の下へと伸びる道が出来あがる。そこを私と紅葉の隊で強襲するのだ。


 いくら神森武と言えども、突然の不意打ちならば多少はまごつくだろう。私たちは、そこに活路を見いだすしかない。あの数の兵を指揮する神森武に勝つ事など、今の私たちには不可能なのだから。それどころか、今は青龍、朱雀と精兵隊が二つもいる。まともに戦おうとしたら、万に一つの勝ち目すらもないだろう。


 私と紅葉の部隊は、八郎と九郎の部隊が走った後、神森武に気づかれないようゆっくりと移動を始める。神森武自身が上ってきた山道に出る為に。そして、注意の外れた後ろから必殺の刃を打ち込む為に。




 私たちが神森武の後背を取ると、八郎と九郎の挟撃がすぐに始まった。そして、計画通りにそれぞれが東西に護衛の兵を釣り出して引っ張る。神森武を守っているのは朱雀隊だ。精兵部隊だけあって、大きく釣り出されてはくれない。それほど甘くはない。


 だが、間違いなくそれはあった。私たちの正面に、神森武へと続く細い道が出来上がっていた。


 雪もちらつきだした戦場で、私にはその道が光って見えた。


 これこそが私たちの希望。これを逃したら、もう私たちに打つ手は残っていない。


 そんな思いが、喉と腹に力を込めさせる。


 少し離れて待機している紅葉にも聞こえるように、力一杯声を張り上げる。


「今だ! かかれ!」


 その掛け声は、神森武らにも聞こえただろう。だが、もう構わない。矢は放たれたのだ。


 私と紅葉の隊の者らが、山道脇の下生えの影から次々と躍り出る。そして、迷う事なく神森武に向かって突っ込んでいった。


 それに合わせて、東西に朱雀隊を引っ張っていた八郎、九郎の隊も反転して攻撃を再開する。朱雀隊が、私と紅葉の部隊の強襲に気づいて隊列を締めようとしたからだ。


 ただ朱雀隊といえども、一度開いてしまった道に楔を打ち込まれては、立て直すのは中々難しい。絶好機の到来だった。


 吹雪き始めた戦場を、私たちは疾駆する。


 もう、目に映るのは神森武だけだった。


 あの首が欲しい。あの首で、里は、チビどもは生きていける。


「おどき! 邪魔だよ!」


 私の前に立ちはだかろうとした敵兵を切り捨てる。少し前では紅葉と銀杏も、姉妹の息を合わせてまっすぐに神森武へと向かっていた。


 神森武は、馬に乗ったままこちらを睥睨するかのようにジッと見ている。いや、観ている。その横には、為右衛門の息子もいた。


 ちっ。気に入らない。その余裕ぶった顔を、すぐに慌てふためかせてやる。


 そう思いながら、私は、いや、私たちは神森武へと突っ込んでいく。もう、目と鼻の先、この手が届くところまで来ているのだ。あと、もう少しだった。


 だが、そんな私たちを見て神森武は――――笑った。


 そして、言ったのである。


「葉月さん。チェックメイトだ」

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