幕 信吾(一) 策というもの その二
話が終わると、三人揃って地面に座り込み、昼間の作業分におけるそれぞれの分担内容と人員の配分を決める。兵たちは何時でも集合できる範囲で周りに散って、各々が休憩している。
昼は全員で、夜間は各々の班を半分ずつに分け、一班ずつ運用する。監督官は俺、源太、与平の三人で、夜間は二人ずつの交代。正直かなりきつい計画だ。
「では、俺は谷道の落とし穴を担当しよう。こっちは四十人ぐらいくれ。武殿の話では、こいつはさっさと完成させておいた方がいいようだからな」
「ん。じゃあ、俺と源太で残りを半々ずつかな? 源太は川から石拾ってきてくれるか? 俺は草の球作るわ」
俺が落とし穴を担当すると言えば、与平が枯草の球を作ると申し出る。
「わかった。それでいこう。夕飯の時間までを昼の部という事でいいよな?」
そして、源太もそれを了承する。
互いが互いの呼吸を知ってるだけに、こんなものだろう。何か特別な理由でもないかぎり、特に異議が出るような事はない。
「いいんじゃねぇか? あと、人数的にさっきの割り振りだと、俺の所の兵を十、源太の所に回すから、よろしく頼むな? それじゃあ、源太も与平も気張れよ。武殿は本気でこれで奴らを崩して殲滅する気だ。それに応える物を用意してみせるぞ。なにせこれは、将としての俺らの初陣でもあるからな?」
「応」
「おー。というか、信吾のとこが多分一番大変なんだから、お前こそ頑張んなよ?」
「おう」
それぞれの分担内容が決定し、地面より尻を上げる。与平も源太もそれに続いた。
「さーて、こちらもいざ尋常に勝負と参りましょうかね? なんとしても間に合わせてみせるさあ」
そして、近くにいた十人に源太の所に応援に行ってくれと指示をしていると、与平が言葉の内容の割にはのんびりとした口調で、そう言う。源太も、男から見てすら精悍で整ったその顔に挑戦的な雰囲気を載せ、ニヤリと口角を上げる。
俺ららしいと言えばらしいのだが、なんとも緩い雰囲気だ。とは言え、この緩さは永久に治りそうもない。
尻に着いた土を払い、気合いを入れる為、両手で己の頬を一発張る。
よし、始めるかっ。
源太も与平もそれぞれの作業に取り掛かるべく、各々の兵に集合をかける。そして、各々の兵を纏めると、それぞれ担当場所に向かっていった。
「よーし。じゃあ、俺の班も集まってくれ。移動して穴掘るぞ~っ。武殿曰く、これは急ぎで作ってほしいそうだ。お前ら気張れよ~」
俺らが打ち合わせをしている間、周りに散っていた兵たちが集まってくる。源太や与平が残してくれた応援組の奴らもだ。
「おぉぉー!!」
兵たちの士気もなぜか高い。なんとかなりそうだ。
道具は……鋤が確かそこそこの数あったな。あとは籠と棒と……他には何がいるんだ? まあ、やっていって不都合が出てから考えるか。
それからは、ただ只管に土を掘り、かごで掘った土を運ぶ。それをを繰り返す。
単調で体力だけが削られていく辛い時間が延々と続く。
だが、弱音を吐く奴はいない。これには少し驚いた。でも、すぐに当然だと気付く。
よくよく考えたら当たり前なのだ。そんな軟な神経している奴が、言っちゃ悪いが、こんな負け戦に付いてくる訳がない。
今ここにいるのは、貧乏籤を好んで引くような大馬鹿どもばかりだ。こと馬鹿さ加減で、そんじょそこらのふにゃ○んどもに負ける訳がない。そもそもの気合いが違い過ぎる。
「「「一つ掘っては酒の為。二つ掘っては飯の為。三つ掘っては女の為~……」」」
調子っぱずれで適当な作業歌が谷に響く。
うん。間違いなくまっとうな人間じゃないな。結構、結構。
しかし、おまえら。そんなに即物的なくせに、よくこっちに付いたな?
夜は半分ずつ、朝日が昇ると再び全員が動き出す。驚くべき速さで作業が進んでいく。
「おら、お前ら。ここが勝負どころだぞ。そろそろ疲労も体に馴染んできただろ? このまま、一気に仕上げるぞ。目標は今日の夕方だっ。いいな? 気張れやっ」
「「「「おおぉ~っす」」」
こいつら乗りがよすぎだが、これで只の乗りのいい兄ちゃんの集団ではないから侮れん。
こいつらには危機感を感じる脳みそがない筈だ。そんな脳みそがある奴は、今ここにいる訳がない。また、その心臓は貼り合わせる皮の向きを間違えた蹴鞠の鞠そのものであろう。見事に毛むくじゃらである筈だ。俺は、それをほぼ確信している。
そして、ただの馬鹿ではない事は、実際の作業の進行具合が証明していた。まさに、ただならぬ馬鹿だ。きっと、こういう奴らの事を世間様では、大馬鹿者もしくは阿呆と呼ぶのだろう。
昼を過ぎ、夕刻に差し掛かろうとして、更に作業速度は加速していく。
こいつらの気合いの入り方には大いに満足だ。ただそれでも、ちょっとばかし予定には間に合いそうにない。ま、それでも日が沈む頃には仕上がるだろう。
感想を言えと言われれば、見事としか言い様がない。
そして、作業が終わる頃、伝七郎様と武殿が顔を出した。
「ご苦労様です。どうですか? 作業の進行具合は?」
まず労いの言葉をかけて下さる。こういう所が伝七郎様の良い所だ。
「お疲れ様です。少々予定よりは遅れましたが、もうほとんど終わりです。武殿もおっしゃっていた事ですし、本当はもっと早くに仕上げたかったのですが。これが限界でした」
胸を張ってそう答える。あいつらの頑張りはそう断言するに値するものだった。
「十分さ。ご苦労さん。本当によく頑張ってくれたと思うよ。ここを先に仕上げてくれとは言ったが、最悪間に合わないかもしれないとすら、俺は思っていた。多少遅れたといっても、お前の報告した予定から遅れただけで、俺の想定よりは圧倒的に早いよ。ありがとう」
武殿は本気でそう思っているのだろう。とても優しい顔でそう労ってくれる。この方も伝七郎様と同じ人種なのか……。
我々のような農民など、ただの牛馬として扱う輩は掃いて捨てる程いるのが実状だ。我々は、上役には本当に恵まれている。
ただ、武殿は若干やつれているように見えた。さすがに重責が尋常ではないのだろう。顔色の悪さだけは隠しきれていない。
だが、部下としては、これには気が付かない振りをすべきだ。彼の立場なら苦悩などあって当然。
男が覚悟を決めて、すべてを抑え込んでいるのに、それを理由もなく不躾に口にするのは仁に悖る。いや、それ以前に、同じ男であるならば、やってはならん事だ。やる奴は『かま』だ。
女には、そういう男に付き合う別の方法も、あるいはあるのかもしれん。
だが、金○がついてるならば、こういう時、取っていい行動は知らないふり一択というもの。
「有難うございます。武殿にそう言って戴けるならば、皆も報われましょう」
伝七郎殿も武殿も俺に声をかけてくれたかと思うと、すぐに他の皆にも声をかける為に皆の方へと向かう。そして、それぞれが皆に労の言葉をかけていった。
一通り周り皆に声をかけ終ると、二人は再び俺の元へと戻ってくる。
「皆本当に頑張ってくれたのですね。見事な出来栄えでしたよ」
「ああ。予想以上に上等な仕上がりだ。どういう形になるかは奴ら次第だが、絶対に役立ってくれるだろう」
二人とも、振り向いて出来上がった穴を見ながら、とてもうれしそうにそう言ってくれる。これだけ喜んでもらえるなら、気張ったかいがあったと言うものだ。奴らも満足だろう。
「ありがたきお言葉。改めて皆にも伝えおきましょう」
「ああ。何度でも褒めてやってくれ。褒められるだけの事をやり遂げた者は、相応に褒め称えられて然るべきだ」
「はっ」
武殿はそう言うと、再び仕上げの作業をしている兵たちを眺めていた。口を開くこともなく、兵たちが懸命に作業している姿をじっと見つめ続ける。
どれ程そうしていただろうか。四半刻ほどだろうか、もっと短かったのだろうか。
いや、今着目すべきはそんな事ではない。見るべきは、作業する兵たちを見ていた武殿がこちらに振り返った時、彼の顔に強烈な意志が宿っていた事だ。
先程のどこかやつれた様な表情ではなく、圧倒的な気力を放っていた。
ああ、彼の中で何かが決着したのだ。それが何かはわからぬが、ただそれだけはわかった。
「それでは私たちは戻りますが、作業が済んだら、明日に備えてゆっくり休んでください。すでに見張りは別に用意してありますので、あなたたちはこのまま休んでいただいて結構です。食事ももうできている筈です」
そんな武殿に少し気を取られていると、伝七郎様がそう指示をくれる。
このまま戦えと言ったら、こいつらはそれでもやりそうだ。しかし、さすがに戦の前にゆっくり体を休める時間を用意してやりたかったので、これは本当に有難かった。
「はっ。有難うございます。では、そのように致します」
「はい。では、あとよろしくお願いしますね」
「じゃあ、あと少し。悪いが頑張ってくれ」
それぞれが最後まで声をかけてくれる。
「はっ。確かに承知いたしました」
「ん。じゃあ、伝七郎、帰るか?」
「はい」
そんな言葉を残し、彼らは陣へと戻っていった。
「よーし。最後のひと頑張りするぞ。おまえら、この作業仕上げたら今日は終いだ。あと少しだ。頑張れーっ」
「「「おーーーっす」」」
しかし、本当に新米の将軍にはもったいないくらいの兵だ。