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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(四) 鬼灯の決断

 冗談じゃない……。こりゃ一体どうなってるんだい……。


 藤ヶ崎の水島館の襲撃に失敗するわ、この高台に逃げ込んだのも読まれるわ、挙げ句の果てには準備してあった迎撃の手段も悉く躱される。


 あの男は一体なんなんだ……。


 今までにも危険な橋は散々渡ってきたが、ここまで絶望したことは一度もなかった。


 山道脇に伏せた兵の頭上に、子供の頭ほどの石が次々と投げ込まれる。


 たかが石。されど石。そんなものでも人の頭は十分に割れるし、骨を折る事も出来る。伏せてあった者たちは我慢できずに飛び出してしまい、敵の先頭にいる騎馬隊とその後ろの長槍隊に串刺しにされた。


 ならば逆にと崖の上から岩を落としてやれば、落とす前から敵兵が崖の上を見上げる。


 そんな状態で岩を落としても、大した成果など出る訳がない。


 他にも陥穽の罠。木鎚の罠。木槍の罠など……作った罠をすべてぶつけてやった。


 あまり用意している時間もなかったので、数が十分ではなかった事は認める。だが、一つもまともに成功しないとはどういうことなのか。


 落とし穴は避けて通られ、縄と丸太で作った鎚も躱される。落石と合わせて茂みの中から槍で刺そうとしても、敵兵はその茂みに近づこうともしない。


 どれもこれも、そこに罠があることが分かっていたかのように避けられた。そのせいで、ほとんど敵を減らせていない。


 神森武……あの男は、本当に一体何なのだ。


 ここからは、迫ってくる敵の様子がとてもよく見える。それ故にこの場所に陣取ったのだから、当然と言えば当然だ。しかし、こうして自分たちが一方的に押される様を見る事になるとは思ってもいなかった。


 あの男は、すべてを見通せる目でも持っているかのようだ。


 戻ってこれない筈の時間で館に戻ってきてみせたり、こちらの正体を知っているぞと言わんばかりに、あの(かしら)どもの疑心暗鬼を誘ったり……。そして、今は罠と伏兵の中を散歩でもするかのように悠々と上ってくる。


 馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 夢なら、さっさと覚めて欲しい。冗談ではなかった。


 店では、私や紅葉の乳をチラチラと見てはだらしなく相好を崩していた神森武。馬鹿な事を言っては銀杏をからかって喜んでいた神森武。


 あれが、あの男のすべてだとは思っていなかった。それは身にしみて分かっていたから。


 だが……、ここまでとは流石に思わなかった。


 化け物だ。あの男は化け物だ。


 こんなのと戦おうなど正気の沙汰ではない。私たちは、戦ってはいけない相手(もの)と戦ってしまったのだ。


 神森武の軍とぶつかった者たちは、その悉くが斬り殺されていった。神森武にこちらを捕らえる気はないらしい。


 賊徒らしからぬ根性をみせた者ほど、早く死んでいった。さっさと敵に背中を見せた者だけが、明日を生きる為の(さい)を振っている。


 その賭けに勝てた者は、ほとんどいないようではあるが。


 情け容赦の欠片もない。


 二水の町の治めようから、もう少し甘いと考えていた。とんでもない話だ。私は、何もかもを読み間違えてしまった。


「ほんと……冗談じゃないね」


 ぽつりと口から漏れる。


「冗談じゃないのはこちらの方だ。なんだあれは? あんなのと戦うなどとは聞いていない」


 背後に近づく者の気配は感じていたが……、やはりそう来るか。


 神森武らを見下ろしていた視線を持ち上げ、振り向く。


 そこには、予想していた男がいた。私が声を掛けた賊共の首領の一人。『七陣』の五之助。左まぶたに大きな刀傷を持つ、熊のような大男だ。


「……ここに何しに来たんだい? 五之助。あんたは、ここの最後の守りだろ。はやく配置につきな。神森武は、もう目の前まで来ているよ」


 五之助は一つ残った目をぎょろりと動かし私を見下ろす。そして、有無を言わせぬ口調で言った。


「ふん。知ったことか。俺たちは、このままずらからせてもらうぜ。割に合わん」


 方針を変えたか。私の側に紅葉が控えていなかったら、多分奴は無言のまま背中から斬りかかってきていただろう。忍びを背中から斬れると思っているあたり如何にも浅はかだが、気持ちだけは分からなくもない。


 だから、念の為に確認をしてやる。


「……裏切ろうってのかい?」


 私は五之助の目を正面から見据えて尋ねた。しかし、五之助も賊の頭をやっている男。その程度では引き下がらない。


「裏切ったのは、お前の方だ。なんだ、あれは。お前の話では、藤ヶ崎の主力はしばらく戻ってこられないという話ではなかったか? 話が違うではないか」


「その筈だったさ。私は嘘はついてないよ」


「じゃあ、あれはなんなんだ」


「私が教えて欲しいくらいさね」


 話をはぐらかした訳ではない。正味、私にも分からないのだ。


 五之助の言い分はもっともである。私が同じ立場だったなら、やはり同じ言葉を口にする。


 だが決して頷いてやる訳にはいかない。今この者に……否、この者が束ねる『力』に逃げられる訳にはいかないのだ。


 五之助が率いる『七陣』は、私が声を掛けた匪賊たちの中でも最大のものだ。だから、『ここ』の守りに割り当てたのである。


 私としては、それを手放す訳にはいかなかった。


 なら……これしかないだろう。


「どうしても抜けると言うのかい?」


「くどい。金にもならぬ、こんな戦いを続けられるか。そも、どう見ても負け戦ではないか」


「そうかい。私はまだ諦めていないよ」


「勝手にすれば良い。もう俺たちはお前には乗らん。それと忠告だ。次見かけたら殺す。俺たちをこんな目に遭わせてくれた事は忘れんからな」


 五之助はそう言いながら、忌ま忌ましそうに側に控えている紅葉を見た。やはり、二対一では分が悪いと考えているらしい。その程度の分別はあるようだった。


 五之助は唾を一つ吐き捨て踵を返す。


 背中を見せた五之助に向かって、私はゆっくりと言葉を贈った。


「そうかい。ご忠告痛み入るよ。今までの協力を感謝する」


 私がそう言うと、側に控えて膝を着いていた紅葉の手元が光った。するりと立ち上がる仕草に紛れて、その右手が鋭く動く。


 五之助は、後ろに手を回す。腰の辺りに多少の違和感を覚えたらしい。しかし、そのまま立ち去っていった。


 私はその背中を見送った。


「……さようなら、五之助」


 そして、私の目の中からその姿が消えないうちに、七陣の五之助はこの世から旅立っていった。


 そこに銀杏がやってくる。


 目の前に(くずお)れるように息絶えている五之助に気づいても、一瞥しただけで気にもしない。今の銀杏は、神森武が愛でていた少女ではないのだ。


 私の側に紅葉しかいない事を確認してから、銀杏が口を開く。


「鬼灯様。神森武の下から離れた鳥居源太率いる騎馬隊が、山の後ろに回り込んでいます。目標は街道の模様。神森武率いる本隊とは逆側から、街道沿いにここまで駆け上ってくるでしょう。挟み撃ちかと」


「やれやれ。よくもまあ次から次へとやってくれるもんだね。だがこれは、『今』の私にとっては朗報だ。お前たち、準備しておくんだよ」


「はっ」


 紅葉は、うんもすんもなく頷く。


「こちらから出向きますか?」


 銀杏は、感情を殺した忍びの目をしながら確認してきた。


「ああ。五之助が生きていたら、流石にこの手は選べなかったがね。『七陣』を挟み撃ちにさせて、その間に私たちで神森武の首を取る!」

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