第二百二十八話 反計 でござる
本格的に攻めかかる前に、将たちの意思統一をかねた評議をしておく――――。
これは何気に重要なことである。
こちらだと戦のスタンスが違う為に軽視されがちな部分だが、俺が入って以降の水島では徹底させてきた。意見を出し合うこともあれば、トップダウン型の事もある。が、いずれにせよ、これをやっておくのとやらないのとでは『軍』としての動きに天地の差が出てくる。
正直俺の奇計なんかよりも、こういった地味な部分での改善こそが、今の俺たちを支えていると言えるだろう。
トップダウン型による開戦の指示からの、部隊長の器量任せでガチンコ勝負。
これと比べれば差が出て当たり前だ。
同じトップダウン型でも、戦の流れ――連携を重視した指示をきちんと出しておけば、それだけで違う。
かといって、部隊を駒のように扱いすぎるのも良くない。
当たり前の事ではあるが、部隊を指揮している隊長格はこちらの世界の人間である。だから、何でもかんでも俺が元いた世界の方式でやっても成果は出ない。そんな事をすれば、むしろ弱体化してしまう。
未来も重要だが目先も超重要である今の俺たちにとって、『新しい戦の仕方』はほどよく取り入れるのが肝要である。その匙加減こそが大事なのだ。
変革は痛みを伴う荒療治なのだから、しゃにむにやっていいものではない。徐々に浸透させていく地道な作業を経てこそ、始めて功を奏する。
俺は、そんな信念のもと将たちに指示を出していった。
基本将らの裁量に任せながらも、俺が思い描く勝利への道筋を示す。そうする事によって、『俺たちが勝つ絵』を将らの頭の中に落とし込んでいったのだ。
小休憩が終わった後、俺たちは再び動き出す。
「……さて、葉月さん。どう出てくる?」
「どうした急に。それに、なんかやけに楽しそうだな」
「そうだな。面白いと思っているかもな」
「??」
太助の奴は首を傾げた。
彼女の『立て籠もる』高台を見上げていた俺の横に寄ってきての言葉だったが、訳分からんという顔をしている。
言われるまで意識していなかったが、確かに俺は楽しいと思っているのかもしれない。
神楽には沢山の知人や仲間を殺されて、危うく千賀や菊まで殺されかけた。俺自身も何度もあわやという場面もあった。
これで思うところがないと言えば嘘になる。もし千賀か菊が傷の一つでも負っていたら……多分俺は、自分を抑えられなかっただろう。俺はまだ、そこまでの境地には至れていない。
だが、幸いにも二人が無事だったおかげで、一つの可能性を残す事が出来た。
――――俺は確かに、葉月さん……いや、神楽の忍びたちを気に入っている。
正確には、彼女らの『能力』に注目している。
この世界にあっては、彼女らのように戦える存在は非常に貴重だ。少なくとも、一番厄介な『意識改革』を必要としないという点において、非常に希少価値が高い。
ある程度戦える上に、諜報や工作こそを得意とする。純粋な戦いでも、あの神楽の里近くでの戦いを思い返せば、使い方次第ではすばらしく強力な力となる事は明々白々である。
彼女らは、これを実際に証明して見せた――――俺たちを相手に。
しかも、惟春は彼女らの力を引き出せていないにも関わらずだ。もし引き出せていたら、俺たちは本当にヤバかった筈だ。
だから、『俺』が使ってみたいのだ。
裏切る味方を許してはならないが、有能な敵は積極的に取り込むべし――――。
これは覇道を歩む為の基本と言える。
もっとも、俺たちがこのさき覇道を歩むことになるかどうかは、まだ分からない。だが少なくとも、大和国一国を再平定し統一することを国是として掲げている。である以上、戦力の増強は必須だ。
そうとなれば、一番手っ取り早いのが、この手法なのだ。このやり方が有効である事は、元いた世界の歴史が証明してくれている。今更議論の余地はない。色々と難しいところがあるのも事実ではあるが。
いずれにせよ、そんな思いがあるせいか、今回彼女がどう戦ってくるのかにとても興味があった。注目していた。
だから、端からみると楽しそうに見えるのかも知れない。
「おっかない敵がどう出てくるのか……そう考えるとわくわくするだろ?」
「……本気で言ってるのか? 変態かよ」
なっ。
「そんな訳あるかっ! 信吾らもよく言ってるじゃないかっ。強い敵と戦うと血がたぎるって」
「……いや、あの人たちも変態だから。というか、あんたはそういう事を言う類いの人間ではないと思ってたんだが、やっぱり類は友を呼ぶんだな……」
「失敬な。俺はまともだ! アレら程には酷くないっ!」
「変態は、みんな同じ事を言うんだよ……」
太助は、ものすごく哀れんだような目を俺に向けてきた。
なんか泥沼に嵌まっている気がする……。
どん引きした太助に弁解を試みてみたのだが、成功している気配はまったくない。
「畜生。もういいよ。それより、そろそろ気を引き締めておけよ」
俺は視線を前方に向けながら、太助に告げる。そこには、高台へと続く山道への入り口が見えてきていた。
葉月さんらがいる高台は、ちょっとした小山の中腹にある。そこに続く山道には、山のような罠と伏兵が配されているだろう。雪化粧された山野ほど、これらを仕込みやすい場所もちょっとない。葉月さんが永倉邸での徹底抗戦を諦めたのは、あの館が籠もって戦うのに適さないというのもあるだろうが、おそらくは、この場所を予め見つけていたからだろう。
万が一にも備えているあたり、今までに戦ってきた脳筋の敵将たちよりも遥かに優秀だ。作法の問題もあるから一概には責められないが、相手を俺と限定すれば、彼らよりも葉月さんらの方が適性は高いとは言えるだろう。
そして、これに対し俺は、『青龍隊』を除き全軍を山道に進軍させている。
もっとも、本来これは愚策であろう。
確かに、ある程度の犠牲を計算に入れて罠と伏兵を食い破るのも一つの方法ではある。これを脳筋と馬鹿にするつもりはない。しかし今回のケースでは、この方法をとるには、俺たちは『兵数』が足りていない。下手をすれば、葉月さんの思惑通りに大打撃を受けて、そのまま戦況をひっくり返される事もあり得る。
しかし俺は、あえてこれを選択する事にした。
なぜなら、彼女の策はその悉くが失敗に終わると『分かっている』からだ。
一年ほど前、爺さんと戦わねばならなくなるかも知れないと思っていた俺は、仮に爺さんに攻め寄せられてもいいようにと、罠を仕掛け伏兵を配する為の場所を『ここ』で探したのである。
つまり俺は、どこに罠が仕掛けられているのかを『知っている』。どこに兵が伏せられているのかも『分かっている』。高台のある山自体がそんなに大きくない為、罠を仕掛けるにせよ、伏兵を配するにせよ、適切な場所はそう多くはないのだ。
彼女は本当についていない。
でも、だからこそ俺は、彼女がどう戦うのかが楽しみだった。これをどうフォローしてくるのか。それを見てみたい。
葉月さんがいると思われる場所までの道のりは、ほぼ一直線だ。ここに陣を置く以上、他に場所はない。正確には、あるにはあるがあそこ以上に適切な場所はない。あの場所以外は、単純にある程度の兵がおけるスペースがあるというだけになってしまう。
もちろん、これを逆手にとって……という策もあるだろう。しかし、葉月さんは俺がここを熟知しているとは知らない。
もし知っていたら、そもそもこの場所で迎え撃つ事自体を避けていた筈である。伏兵や罠を先読みされたら、麓を見渡せるという事と、上ってくる俺たちの『後ろに回り込める小道がある』という地形以外に、この場所を選ぶメリットはなくなってしまうのだから。
あの高台自体は、決して守りやすくはない。
そこまでにいたる山道に仕掛けられる罠や、配する伏兵によって堅い守りを実現できる場所なのだ。つまり、高台のある小山そのものを以って守る地形であり、葉月さんらがいる高台自体に砦たり得る要素はない。
あの場所を本陣とする最大の利点は『見晴らし』なのだ。防衛能力ではないのである。
「吉次に連絡。前方百二十間ほど、左の藪の中に注意しろ。兵が飛び出してくるぞ」
「吉次に連絡。右の崖から岩が落ちてくるぞ。だが、左に寄りすぎないようにするんだ。雪のせいでわかりにくいが、そこの崖は急だし土が崩れやすい。落石は囮で、崖に押し出すのが目的だ。右によって、落ちてくる石は躱せ。それが一番被害を抑えられる」
――――など。
俺たちは敵の策を次々と無効化しながら進んでいる。
だが、これはあくまでも知っていたからだ。本来ならば、泣ける程にきつかった筈である。
今頃葉月さんは慌てているだろう。こんな筈はない。何故なんだと。
誰かがこちらに内通したのではないかと疑っている筈だ。藤ヶ崎の商人の件で、俺に嵌められた可能性についてはすでに気がついているとは思う。だが、今度こそ本当にやられたのではないかという不安は拭えないだろう。
虚実の狭間で、今彼女は彷徨っている筈だ。俺の幻に惑わされているだろう。
それは、今ここに至っても攻撃に変化がない事からも明らかだった。