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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第二百二十六話 荒らされた商店にて でござる

 そんな三幻茶屋の調査をしていると、吉次から早馬が来た。ちょっとこちらに来て欲しいという。


 その理由は、俺がピックアップした商人らが『全員』死んでいたかららしい。ある店では、店内を荒らされた様子もなく、閉じられた店の中で店子と一緒にのど元を掻き切られて死んでいた。かと思えば、店の戸を打ち破られ荒らされたような店もある。当然、店主店子関係なく皆殺しだそうだ。


 その報せを聞いていて、やはりなととしか感想は出てこなかった。


 想像していた通りの結末だったからだ。手口の違いは、やった人間が違うから。前者をやったのは葉月さんらで、後者は逃亡前の駄賃を稼ぎに行った賊共。これで、まず間違いないだろう。


 俺は伝令にやってきた者の案内で、吉次の元へと向かう事にした。太助と朱雀隊十を護衛につける。三幻茶屋の現場は重秀に預けることにした。この有能な副長ならば、しばらく俺の代わりを務める事くらいは問題なくやってくれるからだ。


 俺は重秀に、もうしばらく三幻茶屋の調査を続けてくれと命じた。それでも何も出てこなかったならば、市街地の南側の警邏と南門の確保と警備に移ってくれと指示を出す。そしてすぐに三幻茶屋を後にした。




「すみません、神森様。捕らえるのが不可能なのは伝令が伝えた通りなのですが、ごらんの有り様でして……」


 俺が現場に到着するやいなや、待ち構えていた吉次の奴が泣きついてきた。


 まあ、気持ちは分かる。


 俺は馬から下りると、店の外からゆっくりと現場を眺めた。


 こんなもん、どう報告しろっちゅうんじゃと言ったところか。


 時間を掛けてゆっくりと調査して情報をとりまとめて報告をと言うならば、それは可能だろう。だが、今俺たちは戦争まっただ中である。ぶっちゃけ、そんな悠長な事をしている時間などない。現場を見て、ささっといる情報いらない情報を選別して取捨をする必要がある。


 ところが、目の前の惨状ではそれはかなり難しい。特に、吉次では経験が足りなさすぎる。ついこの間まで二水の町の悪ガキAだったのだ。目的の人物らを引っ捕らえる事くらいは出来ても、これは流石に荷が重い。


 俺は何度もすみませんと繰り返す吉次に気にしすぎるなと言いながら、店の中へと入っていった。


 部屋の中は、濃い血臭が充満していた。幸い季節が冬である為、まだ腐敗は始まっていないようだ。


 つい先日まで、水島の館が賊共に襲われているなか悠長に店を開いていたこの店は、見る影もなくなっていた。


 中に入った事はなかったが、この店の事は俺も知っている。


 小綺麗で、客足も悪くない反物屋だった。綺麗に掃除がされた店先には綺麗に整頓された商品がいくつも並び、上げ床に座らせた客の前で広げては商談をしていた。


 しかし今は、綺麗だった店の壁には切り捨てられた時に飛び散ったと思われる血がべっとりと張り付いている。そのすぐ脇には、体の一部を失い腹の辺りを大きく切り開かれた死体が、血まみれの顔を恐怖に引きつらせたまま大きく目を見開いていた。賊共が持ちきれずに投げ捨てたと思われる反物も、血と臓物の池に嵌まってその半身を赤く染めている。


 それだけではない。


 上げ床の畳はささくれだち泥で汚れ、柱、壁、戸棚や葛籠などには刀傷が残っている。


 賊共は相当に暴れたようだった。おそらく、憂さ晴らしもかねていたに違いない。


「こりゃあ酷いな。自業自得とはいえツイていない。俺に捕まっていれば、もう少しマシな死に方が出来たものを」


 足下に転がる死体の側にしゃがみ込み、まぶたを閉じてやった。そして振り向き、吉次に尋ねる。


「で、何か見つかったか?」


「塩が見つかりました」


「塩? ここで?」


「はい。あちらに」


 吉次に案内される後ろについて店の奥へと進む。


 すると、店の奥にあるとある一室に、反物屋であるこの店には相応しくない塩俵が山積みになっていた。俵詰め作業が途中のものもある。


 そして反物入れと思われる、男でも一抱えにするのは大変そうな大きさの木箱。それが、部屋にあるだけでも二十箱はあった。箱には屋号が書かれており、間違いなくこの店のものだった。そしてその箱は二重底になっていて、反物の下には塩が敷き詰められていた。


 大胆な真似をしていた割には、なかなかに手の込んだ事もしていたらしい。


 思わず立場を忘れて感心してしまった。


 が、それはそれとして、だ。


「これはまた……。ずいぶんと沢山あるな」


「はい」


 少なくともトンの単位に及ぶと思われる。


「これは何か? 闇取引でもする気だったんかね。この店は塩を扱えない筈だ」


「反物屋ですしね。とは言え、塩の値が馬鹿みたいに上がっている今なら、やろうと思うのも分からなくないです」


 今の市場の相場ならば、莫大な利益が上がる。吉次の言う通りであろう。俺もそう思う。


 だが、おそらくそれだけじゃあない。


 この塩不足が更に加速した後で、金の他に名誉も手に入れようと考えていた筈だ。そうすれば、この塩不足の混乱を救った救世主になれる。


 うまくいけば、俺たち支配者には疎まれるが、彼らの客である藤ヶ崎の市民からの強烈な支持が得られた筈だ。そこから更にうまく立ち回れば、町の裏側で新たな秩序の中枢となれた可能性すら低くない。


 そこまで思うと、これか……とすぐにピンと来た。


 葉月さんがこいつらを釣った餌は、この塩だったのだ。


 何せ国の外には普通に物がある。それどころか国境沿いには、本来藤ヶ崎に持ち込まれる筈だった塩が余っている。だから、それを有効に使ったのだ。


 そう考えれば、この前の藤ヶ崎の港の様子……あれも理解できる。船問屋が、せっせとこの塩を運んでいたのだ。


 俺たちが負ければその作業も無駄に終わるが、俺たちを破るのに大いに協力した訳だから、その後は勝ち組。逆に俺たちが勝っても、あの段階で塩を運び込んでおけば、次の手が打てる。


 こんな計算だったのだろうな。 


 賊を囲い込むのにはき出す金は、高騰した塩の利益で埋めればよい。おまけに、この藤ヶ崎をめぐる戦においてどちらの陣営が勝とうと、藤ヶ崎における商人としてのこいつらの地位は必ず上がる。


 提案としては、中々……いや、かなり魅力的だ。よく出来ている。ハイリスクではあるが、超ハイリターンが期待できる仕組みになっている。


「他の店も、だいたい似たようなものか?」


「ですね。そこになぜ――という店に塩俵があるのは一緒です。人の殺され方、店の荒らされ方には差がありますが」


「ああ、それは理由がはっきりと分かるからいいよ」


「さっき言ってた葉月さんらと、賊らということで?」


「ああ。荒らされていない店の死体は、少し時間が経っているだろ?」


「はい。流れ出た血が固まっていますし、死体の色もこれらとは違います」


 吉次は足下の死体を眺めながら、そう言った。


 目の前の死体は、つい先ほど殺されたと思われる新鮮な物だが、荒らされていない店の死体はそうではない……これは、やった連中が違うことを示している。


 葉月さんが率いる賊軍がやったという意味では一緒だが、殺された時間と目的が違う。


 葉月さんらはおそらく、水島の館から撤退したその足で出向き殺したのだろう。つまり、こちらが殺された商人たちの中でも、直接葉月さんらに接触していた者たちということになる。


 俺の言葉について、真偽の確認はしなかったに違いない。


 聞いても裏切っていないと言うに決まっているし、今この状況で本当かどうかをじっくりと吟味している時間もない。だから、問答無用で殺す事を選んだ筈だ。


 非情ではある。が、ある意味正しい判断でもある。


 後ろから俺たちの圧力がある以上、悠長な事をしていたら自分たちの身が危なくなるからだ。


 一方、この店を含め荒らされている店は、葉月さんらに殺された者たちにぶら下がろうとした者たちだろう。


 こちらは、つい先ほど物取りを主目的として襲われた。無論、敗戦の憂さ晴らしや裏切りの復讐も兼ねてはいただろう。が、目的の物は金品の類いだった筈だ。こちらは、単純明瞭である。


 いや、待てよ。そうとは限らないか。


 賊共のこの蛮行も、葉月さんがけしかけた可能性が残っているな。彼女の立場だと、そうせざるを得ないのだから。


 今回、彼女が使ったのは匪賊。


 いま兵を失えば、葉月さんには次に打つ手はない。それは、なんとしても避けねばならないだろう。


 そして、今の彼女の状況でそれを避けるには、正真正銘の賊の親玉を演じるしかなかった筈だ。


 もし俺が彼女の立場だったら、やはりそうする。やった後で良心の呵責に苛まれる事にはなるだろうが、現実問題いま彼女が兵力を手元に残すにはこの手しかない。匪賊などやっている人間は獣そのものだ。獣に芸をさせるには餌で釣るに限る。


 彼女は忍びだ。俺以上に、その辺りは割り切ってくる筈である。


 だがそうなると、あの賊共はまだ葉月さんの指示に従っているという事になるな。いっそ、賊が賊らしく暴れてくれていただけの方が楽だったのだが、あまり期待できそうにない。


 再集結した敵との戦闘を想定しておかないといけない……か。


 襲われた商店を再度眺めながら、辟易とせずにはいられなかった

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