第二百二十四話 青龍の槍 でござる
「ひぃぃぃっ」
「踏みつぶせ! 賊徒どもに思い知らせてやるのだ!」
源太に率いられた青龍隊を先頭に、我が軍の猛突を受けた館に押し寄せていた敵兵は、まさに鎧袖一触の勢いで弾き飛ばされた。
正門から飛び出した源太の青龍隊は、門が開くのをいい事に奇声を上げてなだれ込もうとした賊共を文字通り貫いた。豆腐に箸を刺したかのようにあっさりと突き抜けた。
これに驚いたのは賊共であった。
今日の今日まで自分たちが襲う方だったので、実力を勘違いしていたらしい。最初の突撃の進路から逸れていて、幸運にも青龍隊の突撃から逃れた者たちは、ほぼ例外なくポカンと立ち尽くしたのである。
しかし、奴らの不幸はそれだけでは済まなかった。
俺に煽られて気勢の上がった我が軍は、この馬鹿共に対して全く遠慮を見せなかったのだ。
「イェヤアアアアアアッ!!」
裂帛の気合いと共に、次々と槍の穂先が賊の胸に埋め込まれていく。そこかしこで吐血の花が咲いた。しかも、さっさと倒れないと踏みつぶされる前に槍の柄で張り倒されるおまけまで付く。
奴らにとっては悪夢以外の何物でもないだろう。
しかし、物は考えようである。それで首の骨を折れば、楽にあの世へと旅立てるのだ。馬に踏みつぶされて死ぬには、踏まれるまでの恐怖がもれなく付いてくる。あっさり死ねる分だけまだマシとも言えるのだ。奴らの同意を得る事はできないだろうが。
なんにせよ、我が軍はまさに巨大な槍のようだった。青龍隊という名の穂先は妖しく光り、敵陣へと鋭く突き込まれていったのである。
高木高俊の同士討ちの成功によって支援もない。混乱を立て直す時間も与えられない――相手にとっては、堪ったものではなかっただろう。現にその必殺のひと突きで、本日正門前を担当していた賊は壊滅の憂き目を見る事になったのである。
正直、軍事用語としての意味を正確に適用するならば、殲滅というべき成果だった。ぺんぺん草も残っていないとはこういう事を言うのだと、勉強する事が出来た。
同士討ちをしていた賊共も、双方共に手を止めて皆こちらを見ている。どいつもこいつもポカンとした馬鹿面をこちらに向けていた。
「神森様。敵は壊滅。次のご指示を」
その様を冷めた目で眺めながら、重秀が尋ねてくる。
俺はこくりと頷き、
「源太に連絡。次は目の前の馬鹿共――同士討ちになっている場所だ。選ばなくて良い。どちらもまとめて処分しろ。さっさと片付けて、一気に武家町になだれ込むんだ。そう伝えろ」
「はっ。伝令走れ!」
その重秀の号令に、後ろに控えていた伝令の一人が馬に飛び乗って前の源太の元へと走った。
「副長!」
「はっ」
「次の戦いからは、ここまで楽じゃないぞ。俺たちは、源太が後ろを付かれないように警戒しながら戦う。忍びの襲撃もいつあるか分からん。気を緩めるなよ?」
「はっ!」
俺と重秀は再確認し合いながら、源太が動き出すのを待った。
その次も、そのまた次も俺たちの勢いは止まらなかった。むしろ、交戦を重ねる度にその鋭さと勢いが増していっている。完全に勝ち戦に乗っていた。
不安視していた圧勝続きによる兵の気の緩みがないか――俺は、それに気を配り続ける。
俺の直卒部隊である朱雀隊には、その気配は全くない。この辺りは、流石に精鋭部隊だった。武技だけでなく、その心持ちも確かに精鋭部隊だったのである。
俺の脇にずっと控えていた太助は、そんな朱雀隊の様子を真剣な表情で見ていた。学ぼうとしているようだった。
俺は、その様子に頬がほころぶのを感じずにはいられない。こいつは、更に化ける。そう思えたからだ。
俺の周囲については、問題らしい問題はなかった。
もう少し遠くに視線を飛ばす。源太の青龍隊も問題はなさそうだ。
ここらはまあ、当然といえば当然だろう。源太に統率された精鋭部隊なのだ。そんな無様を晒す訳がない。
吉次に率いられた田島からやってきた者たちも、なんとか纏まっている。吉次の奴も、信吾らにしごかれて化け始めていた。それが如実に表れている。むしろ、一組連れてきた百人組の隊長よりもうまく率いている程だった。
もちろんその百人組の組長も、よくやってはくれている。ただ、やはりこの圧勝劇に酔いそうになる兵たちに苦労しているようだった。
とは言え、彼の場合は率いている兵の質が他将とは違う。彼が率いている兵は、田島で組み込んだばかりの新兵たちだ。だから、単純に比べるのは不公平ではあるだろう。しかし、明らかに抑えきれていなかった。
少し落ち着いたら、もうちょっと教練が必要だな……。
そう結論しながら、俺は視線を自軍から戦場全域へと移した。
とりあえず、これで館の正門前と周辺は片付いた。
政務棟方面の敵は、こちらの様子がはっきりと分かるから、おそらくはもう退却体勢に入っている事だろう。
あとは裏門だが……こちらは高木高俊に任せておけば問題ない筈だ。今まで三方の敵と戦っていたのだ。それが一つに絞れるとなれば、高俊ならば鼻歌を歌いながらでも片付けるに違いない。
俺は、自軍の様子、敵軍の様子を眺め戦況を分析しながら、すばやく判断していった。
これならば、次は正門前から続く道沿いに西に向かえばいい。政務棟方面に圧力を加えながら武家町に突入すればいいだろう。
そう思ったところで、再び源太が動き出した。
俺たちは武家町方面へと進軍して行く。
青龍隊を先頭に、吉次の騎馬隊が続き、そして長槍を持った足軽隊が更に続く。俺の朱雀隊は最後尾だ。
「神森サマ、そろそろだぜ? あ、源太さんたちが敵とかち合ったみたいだ」
横で護衛に付いている太助が、手綱を片手に前方を指さしながら言った。
見れば、武家町に入るか入らないかといった位置に切り倒した木で作ったと思われるバリケードが築かれ、その前方には、即席で作ったと思われる真新しい穴まであった。
それらの後ろでは、必死で槍を構えてこちらを威嚇している敵が見えた。
源太らは、バリケードを前にして五十メートルほど手前で立ち止まっている。
……へぇ。
目の前のバリケードと穴を見ながら、ちょっと感心してしまう。
こちらの戦ではとんと見なかった代物だったからだ。俺が使う事はあっても、敵に使われた事は未だない。この先も、まだしばらくはないと思っていたのだ。だから正直、ちょっとした驚きであった。
だが、それはそれである。現実は非情なのだ。その程度では、源太率いる青龍隊は止められない。
俺の思いを代弁するかのように、源太が叫んだ。
「そんなもので我々を止められるかっ! まっすぐに! 力尽くでこじ開けよ! 突撃!!」
そして、自身が先頭に立って突っ込んでいく。
青龍隊の皆もそれに続いた。
青龍隊はバリケード手前の穴を飛び越え、更にバリケードまでをも飛んで、敵のまっただ中へと突っ込んでいく。
そのまま乱戦になった。
賊共は、よもやここまで真っ直ぐにくるとは思っていなかったようで、正門前の連中同様に大混乱に陥っていた。
そこに吉次に率いられた騎馬隊までもが到着する。こちらは穴だけ飛び越えて、バリケードの前で下馬しての参戦を選んだようだった。そして更にそこへ、遅れて到着した足軽隊までもが加わる。
賊共に抵抗する術はなかった。
完全なるパワーゲーム。俺たちには今まで縁のなかった言葉ではあるが、とうとうそう言うに相応しい戦が今回は出来ていた。
バリケードの向こうでブルっていた敵を、容赦なく圧倒的な数によって蹂躙していた。それによって、程なく武家町入り口を制圧完了したのである。
またしてもの大圧勝であった。
ただ、ここで高木高俊が妙だ妙だと言っていた言葉の、本当の意味が俺にも理解できた。
確かに、俺たちの軍による疾風怒濤の制圧劇は一瞬だった。だが、それに対し敵方の動きがまったくなかったのが腑に落ちない。
間に合わなかったという話ではないのだ。
援軍を寄越す気配すらまったく感じられなかった。それが問題なのである。いくら敵が寄せ集めで、それぞれの部隊が身内と見なす範囲が狭いとしても、どうにも引っかかる。
圧勝に次ぐ圧勝ではあったが、その点が気になり、素直に喜ぶ気にはなれなかった。