第二百二十三話 同士討ち でござる
翌朝、本陣が置かれた部屋にて源太と高木高俊を筆頭に、百人組の組長らに太助、吉次が俺の前に左右に分れて座っていた。集合を掛けたのだ。現場で敵の襲撃に備えて指揮を執っている者以外はみな呼んだ。
「さて、まずはお疲れだ。援軍の到着まで耐えてくれていた者、藤ヶ崎を守る為に駆けに駆けてくれた者、みなご苦労だった」
そんな労いの言葉で始める。
「こちらの人数も揃った。皆も、館に引っ込んでいる事にも飽きてきた事だろう。そろそろ反撃に移ろうと思う」
俺がそう言うと、将たちはそこはかとなく嬉しそうな顔をした。こちらの世界の武人である彼らにとって、今の応戦の仕方は甚だ不本意だったに違いない。元いた世界の常識も持ち合わせている俺としては、こういう守りの戦の重要性も説きたいところだが、骨の髄まですり込まれた価値観はそう簡単には払拭できないだろう。
「まずは高木高俊」
「はっ」
「申し訳ないが、高俊には引き続き後方を固めて欲しい。今まで通りに館での指揮を頼む。忍びなんてものまで出てきている以上、全員で出て行く訳にはいかんからな。ここは俺たちにとって絶対に敵に渡す訳にはいかん大事な拠点だ。お前に任せたい。頼まれてくれるか?」
「はっ!」
「あと、赤白黒の三色の旗を用意しろ。大きい奴な」
「は? 三色の旗にございますか?」
俺の言葉に高木高俊は、軽く首をひねった。
「そうだ。それを、そうだな……二組用意してくれ」
「は、はあ」
「そして用意できたら、押し寄せてきた敵部隊のうちから二隊を選んで、それぞれに向かって振ってやれ。意味ありげに、思わせぶりにな。どんな振り方でも良いが、肝は同じ振り方で何度も繰り返す事だ。後方で順番待ちをしている部隊や支援部隊が選べそうなら、そちらを優先しろ。きっと効果的だ。なにせ『寄せ集め』だからな」
「ああ、なるほど。承知しました。三色の旗を二組ですな」
俺の説明に、高木高俊はようやく合点がいったと大きく頷いた。
「そうだ。よろしく頼む。その旗を振る事によって、敵の連携は崩れるだろう。二隊を選んだら、徹底的にその二隊に向かって振ってくれ」
「はっ」
「残りの者は、一度館正面に押し寄せさせた敵を力尽くで押し戻すぞ。まずは敵を引き剥がさないといけない。いきなり攻めかかっても勝てはするだろうが、無駄にこちらの死人を増やすだけだからな。死ぬのは敵だけで良い。俺たちは少しでも楽をしながら、奴らの首を刎ねにいく」
「「「「応ッ」」」」
「た・だ・し・だ。高俊が選んだ二隊は徹底的に無視しろ。その二隊はかなりの確度で狂ったように攻め立ててくると思う。が、うまくいなせ。その二隊の者に関しては、攻められても決してこちらからは攻撃するな。うまくじゃれ合ってみせるんだ」
いくらかいる百人組の組長たちは、俺のその指示にとりあえずは頷きながらも、なんとも言えない顔をしていた。しかし俺の妙な指示には慣れている源太や太助、吉次、重秀……そして先ほど俺の戦い方を知った高木高俊などは、むしろニヤリとしている。
この辺りには、色々な意味での経験の差が如実に現れていた。
そんな彼らに、俺は自信満々で告げる。『軍師』として。
「まずは、館に迫ってきてうっとうしいのから処理してくれる。その次は町に行くぞ。水島を裏切ってくれた商人共のもとにな。対象の商人は、すでに書き出してあるから、あとで各自確認しておいてくれ」
「捕縛すればよろしいので?」
源太が確認してきた。
「……もし、生きていたらな」
俺は、嫌らしい笑みを作って源太に向ける。
「生きていたら?」
「もしかしたら、対象のうち何人かはすでに死んでいるかもしれない。それでなくとも、俺たちに瓦解させられた賊共が、この町から引く時に襲うだろう。何せ店が開いているからな。撤退中でも、ちょっと寄って駄賃を得る事くらいは出来る。奴らは、己の罪に裁かれるんだ。相応の末路を迎える事になるだろう」
「なるほど……すべては武様の掌の上という事ですか。怖いですなあ。世の中には敵にしてはならない存在というものがあります。あの者たちも、それを思い知る事になるでしょう」
今までの説明だけで、源太には俺の策の全体像が把握できたらしい。もう共に戦って一年を超えるし、だいぶ慣れてきているようだ。
「で、だ。あと神楽の里のものと思われる忍びたちだが……。残念ながら、こいつらだけはどう動くのか予想がつかない。決して油断しないように。特に、兵が油断しないように注意を払ってくれ。館外の匪賊との戦いはおそらくは圧勝するだろう。だがその圧勝に酔えば、そこを狙われるぞ。忍びというものは、そういう者たちだ。そうなれば、最悪勝ちすらもひっくり返される。完全に勝ちきるまで、決して気を抜かないように注意してくれ」
「はっ、承知いたしました」
皆を代表して、これにも源太が答えた。だが、周りで黙って話を聞いていた将たちも口は開かずとも首肯している。俺の言いたい事は概ね伝わっているようだった。
反撃は、予定通りに賊共がやってくるのを待って始めた。
いつも通りに、正門、裏門、政務棟方面の三方からの敵の攻撃が始まったのだが、高木高俊は蔵から染められた布を持ち出してきた作った一メートル四方ほどの旗を、櫓の上から大きく振る。
白を二回、黒を一回、そして少し置いて赤を一回。
この動作そのものに意味はない。だが高木高俊は、俺の指示通りに同じ調子で繰り返し振った。さも意味ありげに。
十分おきくらいに繰り返している。その結果、俺が予想していた以上の事が起こった。
「神森様ッ! 好機ですぞ! 例の二隊が仲間に襲われています!」
櫓の上から、下にいた俺に向かって高木高俊が叫んだ。
「あらら」
思わず顔が苦笑いを作る。
「ずいぶんと気が短い輩どものようですな」
「そのようだな」
源太も苦笑いを浮かべていた。というか、それ以外の反応などしようがない。
正直俺は、内通を疑われた二隊――二組の賊が、各々の頭の指示で内通の疑いを晴らすべくこちらにしゃにむに突っ込んでくるというシナリオを想定していた。だから、これから外に打って出るにあたり、この二隊を無視するように各将に命じたのだ。
ところが、目の前の匪賊連合の方針は、『疑わしきは殺せ』らしい。高木高俊に選ばれた二隊には、弁明をする時間も疑いを晴らす機会も与えられなかったようだ。
俺たちは、どうやら当りを引いたようだった。
敵が集めた匪賊の集団の中にあって、おそらくは中堅辺りの賊を高俊は選んだのだろう。誰も逆らえない程に強くもないが、かといって捨て置く事も出来ない程には強い――そんな当りくじだ。
そして、俺たちにとってはこの上なくラッキーな事に、この二隊を襲う為に、後方に控えていた兵までもが出てきたとの事だった。その様子を、櫓の上から高木高俊が捉えて報告してきた。
疑っていた通り、武家町の方から出てきたらしい。爺さんの館あたりから出てきたとの事だった。多分、予備兵力はその周辺に分けて潜伏させているのだろう。爺さんの館は一番大きい。本陣に選ぶならあの館だとは思ってはいたが、やはり間違いなさそうだ。
高木高俊が敵が減らないといっていた手品の種も、これだろう。本陣周辺に、かなりの数が伏せられている筈だ。そして、それを交代させているに違いない。
届く報告から、状況が次第に明確になってくる。
とりあえず、俺たちの目的地は早々に定まったな。
俺は確信を持って、全軍に号令を出す。
「よぉぉしっ。この戦もらった! 敵は永倉邸にあり! このまま門前の敵を蹴散らして、そのまま突っ込むぞ!」
「「「「応っ!」」」」
「鳥居源太ッ!」
「応ッ!」
「お前が一番槍だ。賊共に、本物の精兵の力を見せつけてこい!」
「はっ!!」
「他の者も後に続け! 出撃する!」
「「「「おおおお!!」」」」
兵たちの雄叫びが上がり、ホラ貝が吹かれた。太鼓が鳴り響き、敵がたむろったままの正門の扉が開かれる。
俺たちの反撃が、この瞬間始まった。