第二百二十一話 反撃の前夜 でござる その一
その後俺は、妙な敵を相手にどう戦うべきかを考えていた。
手始めに、いつも通りに敵情を探る為の兵を出そうとしたが、すぐに気づいて止める事にした。
そういや、葉月さんたちがいるな……。
神楽の忍たちは決して舐めてかかれる相手ではない。もう何度も痛い目をみた。今回だって、もしほんのわずかでも俺の到着が遅れていたら、千賀や菊たちがどうなっていたか……。あまり考えたくはない。
今ここにいる兵を急遽にわか偵察兵に仕立て上げても、無駄に死体に変える事になるだけだ。やってみなくても分かる。道永との戦以降、今まで使っていた伝七郎麾下の偵察兵たちは伝七郎が連れて行ってしまっていていないのだから。
いや、違うな。彼らがいても同じ事だろう。残念ながら、彼らでも本職の忍びたちと比べたら一段も二段も落ちる。
となると、高木高俊がやっていたみたく現場対処をするしかないのか……。
だが、正直それもきつい。
今まで武器にして勝ってきたように、情報の有用性というものは何物にも代えがたい。これを敵に握られたままというのは、両手両足に枷を嵌めて戦うに等しいとてもつもないハンデだ。キツすぎる。
どこかに突破口はないものだろうか。
「うーん……」
館の正面玄関を入ってすぐの場所にある二間続きの部屋で、俺は鎧に身を包んだまま大の字になって唸っていた。今この部屋は本陣として使われている。部屋の中には、太助のほか百人隊長が何人かいた。その他は敵襲に備えて現場にいるか、休んでいるかしている。
俺が休まないと太助も休めないので、本来ならば部屋に戻って休まないといけないのは分かっていた。しかし、どうしても色々と気になって休めなかった。
まあ、太助も二水から出てきたばかりの頃とは比較にならない程の成長をみせており、こんな状態でも俺の側に控えつつ体を休めてはいる。色々な意味で、ずいぶんと逞しくなっていた。
両目を閉じて部屋の片隅の柱に背をもたせかけながら座っている太助から、辺りに目を移す。
すでに日も暮れている。
しかし部屋の中には沢山の明かりが持ち込まれ、非常に明るかった。流石に蛍光灯の下とは比ぶべくもないが、こちらの感覚からするとまさに『真昼のような』と形容するのが相応しい明るさだった。
剥き出しの火があちこちで揺れているというのに、部屋の中はしっかりと冷え込んでいる。冬の夜の空気は特別だ。心底すべてのものを冷やす。ここ藤ヶ崎のそれも例外ではない。だがそれでも、解決できない問題に火を噴きそうになっている俺の頭を冷やしきる事は出来なかった。
「だーッ、クソ。なんとかならんのかっ」
「何がだよ」
突然喚き始めた俺に、太助が閉じていた目を片方開く。
俺もガバリと体を起こして、太助の方を向いた。
「葉月さんら神楽忍軍だよ。神楽の里近くで戦った時にも言われたろ。『この様な場所にいて良いのか?』って。多分、今回の首魁は葉月さんだ。どうもそこそこの地位も持っているみたいだったし、何より彼女はずっとこの町にいた訳だからな。工作はしたい放題だっただろう」
「ああ、あれはびっくりしたな。俺には分からなかったが、あんたよく分かったよな」
「当然だ。あれだけ通ってたんだぞ。少しくらい声を作ったって俺を誤魔化す事など不可能だ」
向こうの世界にいた頃、どんだけ女の尻を追いかけたと思ってんだ。俺を舐めんなよ。
「いや、そんな胸を張って言われてもな。というか、そろそろ控えておけよ? 菊様にバレたら大変な事になるぞ」
ぐっ。
「お前だって、連れて行った時はハッチャけてたじゃないか! 俺一人を生け贄にするような真似はやめろ。茜ちゃんに言いつけるぞ」
「やめろよ。あいつジッと耐えるから堪えるんだよ」
「だったら、俺にも協力してくれ……って、そんな話じゃねーよ! お前が余計な事を言うから話がズレただろうがっ」
「あー、それで葉月さんがなんだって?」
俺が責めると、太助は分かった分かったとばかりに、話を適当に流しやがった。
生意気な奴めっ。
まったく、こいつときたら、なぜ俺にだけはこうなのだろうか。千賀に、爺さんや伝七郎、信吾ら、婆さんに菊たち……おおよそ俺以外に対してはきちんと敬意を払うくせに俺だけ蚊帳の外だ。まあ、今更敬われても「お、おう」となってしまう訳だが、こんな時ばかりは不条理を感じずにはいられない。
俺は軽く溜息をつきながら話を戻す。
「彼女が首魁って事は、館外にいる馬鹿共の正体はあらゆる可能性を帯びてくる。忍び、金崎の兵、そしてもともと報告にあった通りただの匪賊……。ただ、あの洗練されていない戦い方を見ても、忍びや正規の兵が賊を装っているようには思えない。多分、本当に賊なんだろうと思う」
「そうなのか?」
「そりゃそうだ。演技で死ぬ馬鹿はいないだろう。わざと下手くそに戦って死のうって奴が、そう何人もいてたまるか」
「あー、確かにそりゃあそうだな」
「と、なるとだ」
俺は前置きをして続ける。
「葉月さんは賊をかき集めたんだよ」
「かき集めた?」
「そう。かき集めたのさ。悔しいが、俺の油断を突かれたんだ。俺が二水に行きお前たちと出会うきっかけとなったのは、継直や金崎に塩止めをされたからだ。それは、もうお前も知っていると思う」
「ああ」
太助が頷く。そして気がつくと、部屋にいた他の者たちも黙ってこちらを見たまま話に聞き入っていた。
聞かれて困る話でもないので、それを横目に見ながら俺はそのまま続ける。
「その時に、商隊を襲っている者らを捕らえるべく俺たちも色々動いたんだが……結局、その者たちを捕まえる事は出来なかった」
「じゃあ、その者たちが?」
「いや、違う。あ、違わないが、それだけじゃあない」
「どういう事だ?」
「塩止めをしていた者たちもいるかもしれないが、他の賊もいるって事だ。あの時、俺たちは周辺の賊を調べた。だが、その時にはこんな大規模な集団は存在しなかった。小さいのがいくらかあるだけだったんだ。だから、脅威にならぬと、とりあえず俺は放っておく事にしたんだよ。だが……ここを突かれた。五百の集団は確かにいなかった。だが五十を十集めても五百になる。あの高台から見た限り、多分五百じゃなくてもっといるだろうがな。それなら、高木高俊も言っていた敵の妙な動きにも説明がつく」
「ちっ、なるほどな。あ、でも、待てよ? それはないんじゃないか?」
太助は、渋面を作りながらも納得しかけたのだが、何かに気がついたようにハッとした顔をした。
「どこかおかしかったか?」
「賊だろ? 互いが協力しあうなんてする訳がない。一つ二つならともかく、そんないくつものなんて」
太助は俺の顔を見つめながら、真顔で言った。俺はそんな太助に静かに頷いて見せる。太助の言っている事は正しい。
だが、それが起こりうるケースもあるのだ。
「いや、それは出来るんだ。企画者がいて餌を用意出来ればな」
「企画者と餌?」
「ああ。今回の場合だと、企画者は葉月さんだ」
「餌は?」
「それは分からん。銭なのか、何か他の物なのか……。が、それを出したと思われる奴は分かる」
「出した奴?」
「ああ。金崎からの資金だけじゃないだろう。あの町の様子……証拠がある訳ではないが、まず間違いなく町の商人連中の中に葉月さんと手を結んだ奴らがいる筈だ。そして葉月さんは、そいつらに出資させて雇ったんだよ。賊たちを」