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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章

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幕 菊(一) 藤ヶ崎の館攻防戦 その四




 後事を高木殿に託し、私は姫様の元へと戻る事に決める。だがその前にと、政務棟の方と北側を担当していた百人隊長の下へと向かう。破られたとの報告はなかったので、なんとか堪えてくれている筈だ。


 戦場となっている場所へと近づくと塀の瓦はあちこち割れたり落ちたりしており、政務棟の敷地と本館の敷地の間にある二つの門もかなり損傷していた。


 ここも正門同様に武殿の指示で門が二つ並べられている。武殿は、一枚目の門が破られた後にそのまま流れ込めないようにしたのだ。そして、二枚目の門に詰まったところに、二枚目の門の両脇に備えられている櫓から矢が射かけられるようになっている。


 本当によく考えられた造りだった。


 館に籠もるという発想が私たちにはなかったので、こんな物を造ろうなどと考えた事もなかった。しかし今この事態を迎えては、やはりこういう物も必要だと言わざるを得ない。


 ちょうど敵が引いたところなのか。見張りの兵以外は、あちこちで座り込み肩で息をしながらぐったりとしていた。二枚目の門の損壊の度合いもかなりのもので、正門から援軍に送った槍武者たちもかなり疲れていた。


 あちこちに亡骸も見える。私が指揮していた正門の戦よりも、ずっと激しい戦いだったようだ。


 私は皆を労い、高木殿に指示を仰いで交代して休むようにその場の指揮官に告げる。すると彼は、


「ようやく兵たちを休ませてやれる。有り難うございます」


 と安堵に目の端を塗らしていた。よく心折れずにいてくれていたと感謝するしかなかった。


 その後、北側を担当してくれていた百人隊長の下へと向かったが、こちらはすでに助之進と交代していた。ちょうどひと波去った後のようで、こちらも静かなものだった。


 確認しにきたと告げると助之進は、


「呼びましょうか?」


 と尋ねてきた。しかし私はそれは断り、助之進からだいたいの状況を聞いた。状況が分かれば良いだけだったので、先の百人隊長にも少しでも休んでもらいたかった。


 こちらも一枚目の門は破られており、二枚目の門を巡っての攻防に終始していたらしい。言われて確認すると、政務棟方面ほどではないが、やはりあちらこちらが壊れかけていた。戦なのだから当然と言えば当然なのだが、綺麗な状態の数日前の館を思い返すと少し哀しくなってくる。


 昨日よりも確実に押し込まれていた。


 高木殿らも到着したので明日以降はもう少し堪えられるとは思うのだが、それでも武殿が用意してくれていた備えをだいぶ痛めてしまった為に、高木殿らは余計に苦労する事になりそうだ。ボロボロの門扉やその周辺に、そんな哀しい予測が立たなかった。


 もっとうまくやれれば良かったとは思う。だが、それは贅沢というものだろう。


 冷静に考えれば、高木殿の到着までを堪えられただけでも儲けものだった。物事がうまくいくと人間欲が出るが、二百の兵に自分のような素人と百人隊長がたった二人しかいなかったのだ。それを考えれば十分すぎる戦果だと言えた。


 私は助之進を労い、姫様が待っておられる部屋へと向かう。そして、本来の自分のお役目に戻る。


 姫様の部屋までやってくると、部屋の障子はすべて開かれていた。見通しのよい状態で武装した侍女らがあちこちに立っている。


 雪のちらつく寒さの中ではあるが、見えない敵ほど怖い物はない。だから、打って出るにせよ逃げるにせよ、こうして姿を晒しつつ次の行動に迅速に移れるようにしているのだろう。


 隠れるというもの一つの手には違いないが、見つかった時にはほぼ逃げられない。次の行動に移るにはもう遅いという事態になる事が多いのである。


 だから、それを避けているのだと思われた。


 私は、咲さんやおきよさんら同僚に挨拶をしながら奥へと進む。


 すると部屋の一番奥に、姫様とたえ様と茜が座っていた。みな白鉢巻きに白襷姿ではあった。姫様は茜に抱きしめられて座っており、口をへの字に曲げながらも、小さな両手をグッと握っている。


 その顔に胸が締め付けられた。今はどうしようもないとは言え、姫様にこんな顔をさせている事が辛かった。


 部屋の中に持ち込まれた篝火があちこちでパチパチと爆ぜる中、


「菊か」


 姫様のすぐ側で静かに目を閉じていたたえ様が、目を開けた。それと同時に、姫様が茜の腕の中から飛び出してきて無言で私に抱きつく。


 そんな姫様の前に跪き抱きしめながら、私は


「はい。ただいま戻りました」


 とたえ様に返した。


「まだ戦いの音は続いておるのう。戦況はどうなのじゃ?」


「東の砦におられた高木殿が到着され、また北の砦からの援軍も着きました。ここまで来れば、多少は安心できるでしょう。あとは伝七郎殿と武殿の援軍を待つばかりです。どちらかが到着すれば戦況は大きく動くでしょう。守りから攻めに移る事も出来ると思います」


「そうか。姫様は、やはりこの場に残っている方が安全のようじゃな」


「はい。ただ昨日、忍びたちが中に押し入ろうとしたようですし、警戒は今のまま厳に保つべきかと思います」


「うむ、承知した。ご苦労じゃったのう。お主が自ら戦場に出て行くと言った時には驚かされたが、流石は平八郎殿の娘御よのう」


 たえ様はそんな事を言いながら、やっと微かに笑みを浮かべてくれた。


「……もう、ずっと側にいてくれるのかや?」


 私とたえ様の話を聞いていた姫様が私の顔を不安そうに見つめ、声を震わせながら尋ねてきた。


 私はたえ様に黙礼しながら、そんな姫様をそっと抱きしめる。


「はい。この菊が必ず姫様を守り通してみせます。だから、どうかご安心下さい」


 すると姫様はきゅっと抱きつき返してきた。




 高木殿の到着から三日……館を襲撃されてはや四日経った。


 館が襲われた時、武殿も伝七郎殿も片道三日から四日の距離にいた。報せを聞いてすぐに救援を出してくれていても、どちらも到着まではまだもう少しかかるだろう。


 現状何とか持ち堪えられてはいる。


 高木殿は伊達に部将ではなく、巧みだった。将兵らを的確に指示をして、しっかりと休ませながら、敵の攻撃を完全に防ぎきっている。焦れた敵が、忍びと共に夜闇に紛れて攻撃してきた事もあったが、それにも見事対応してみせた。


 本来ならば、敵はそろそろ息切れしている筈だった。


 しかし、その気配がない。これには高木殿も首を傾げていた。


 報告されている敵の数は五百だった。館に攻撃を仕掛けてきている数もそのくらいだと思う。だが、倒しても倒しても敵が減らない。妙だった。まるで、こちらのように交代で攻撃しているような気さえしてくる。


 ただの賊が?


 それを考える度に、このことがひっかかった。賊が、そんな組織だった真似をするだろうか。どこかの軍隊ではあるまいし。


 この事と、まるでいくつもの小隊があるような動きが、とても気になった。


 それを調べる為に、人を外にやったりもした。だが誰も戻ってこなかった。だから、敵も攻めあぐねて焦っているようではあるのだが、こちらも正直困っていた。何も正確なところは分からず、想像で動くしかなかったから。


 そしてそれは、今も続いている。高木殿にもこのことは話し。高木殿も様子を探るべく人を何人も送っているようだが、やはり私の時同様に誰も戻ってこないようだ。


 昨日も、


「いやあ、参りました。誰も戻ってこない。これでは手の打ちようがありませんな」


 などと苦い顔をして頭を掻いていた。


 今のままだと、うかつに攻勢に出る訳にも行かず、かと言って守るだけではキリもなく、高木殿も手詰まりのようだった。


 敵の情報が入るか、もしくは更なる援軍の到着を待って圧倒的な数で押せるようになるまで待つか――いずれにせよ、次の局面まで待つしかないという歯がゆい状態が続いている。


 高木殿も、不安にさせないように姫様や私たちの前では穏やかに笑っているが、内心苛立っている事だろう。


 そんな事を考えながら、私は今日も姫様の部屋で、お側について守りを固めていた。このまま時間が過ぎて、武殿や伝七郎殿の援軍が着いてくれればと思いながら。


 しかし、そんなに都合良くはいかなかった。


 それはそうだ。敵だって馬鹿ではないのだ。いつとは分からずとも、そのうち更なる援軍がやってくる事くらいは分かっているだろう。おまけに、高木殿が指揮するようになって私の時のようには攻略がうまくいっていない。


 だから、しびれを切らしたのだと思う。


「なあ、菊。菊っ」


 ずっと続いている表裏の門の攻防戦の喧噪を聞きながら、じっと姫様の側で待機していた私の着物の袖がちょいちょいと引っ張られた。


「なんです? 姫様」


「あれはなんじゃ?」


 そして姫様は、四方が開かれた部屋の正面――庭のある西の方を指さした。


 そこは、少し離れた岩の影だった。


 だがよく見ると、人が一人潜んでいたのだ。

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